12話 そして稲葉山は勝手に陥ち去りました
「はあ?」
今日たまたまシフト日らしかった半兵衛ちゃんが、平和そうなノンビリ顔で、サルに微笑みかけた。
「あら? ひょっとしてページがずれてた?」
「いや、印刷の順番じゃないでござるぅ! 拙者、アンタを引き抜きに来たんだったっキー!!」
「ん? 安藤事務所からヘッドハンティングってコト? 安藤社長の見てる前でそんな話?」
「い、いや? だから……あのー。ちがうにゃー! 斎藤家からだけど?」
「ああ、斎藤家! そうよねー忘れてた。斎藤さんとこで働いてたんだった。でもわたしたち、クビになったみたいなものだしねぇ……」
「ヴィッキィィ、そりゃますます行幸でござる! 無職ならば、なお話を進めやすいキキ、帰蝶さまが、あ、いや、信長旦那が半兵衛ちゃんたちを欲しがっているんだ、キキ!」
「あのー、だからぁ。とっくに聞いてるって思うんだけど、わたしこないだ主君の斎藤龍興をイジメて泣かせて、世間をドン引きさせたんだよ? そういう人たちなの」
「そこ! そこなんだキキ!! その時の半兵衛ちゃんの意気込みってか、熱意が気に入ったんでござる! いや! 世間は、民は、貴公の事を嫌ってなどおりませんぞ、むしろ貴公のような人気と実力のある人が、その持てる能力を民の為に使わない方が嫌われましょうぞっ!! 今こそ立て若人よ、美濃人の将来はあなたの双肩に掛かっている! 半兵衛ちゃんよ、永遠に! (そのときサルは思った。オレってカッコ良くね?)」
「えー、ちょっと何言ってるのか分からないけど。熱心に口説いてくれてるのは分かりました。それと一生懸命喋ってるときのあなたのキーキー声が好きになりました。……確かにこのまま龍興さまに仕えていても、お互いの為にはならないでしょうし。彼ももっとしたいことがあるはずでしょうし。ウン。それじゃあ今からお城に行って、ちゃんと最後のあいさつをします」
周りがそれを聞き、
「わたしも!!」
「ワシも!」
「ワシもじゃあ!」
「じゃ。わたしもそーしよ」
と、続いた。なんて安直な。
「あのー、ひとつ聞きたいのだキキ」
「意外とあっさり承知してくれたんだけどさ、何で過去に二回も断ったの?」
首をかしげる半兵衛ちゃん。
「えーと、三顧の礼?」
「半兵衛ちゃんは諸葛亮孔明のファンなんじゃ」
「ファンじゃありません。わたしの前世です」
「その通り! 彼女の得意料理は《赤壁トースト》と《五丈原ゆで卵》なのだ!」
……あー、やってもたー。
サルは心底、反省したのだった。トンデモナイ人罪を採用しちまったぞ、と。
◇ ◇ ◇
そんな時、一方の信長は。
「あのねー。いつになったらワシは稲葉山城に帰れるのじゃあ? 答えてくれぬかノブー」
帰蝶が、信長に出陣をねだっていた。ホントうぜえ。
「何なら五千人ほどワシに兵を預けてくれたら稲葉山城を付けて倍、いや、三倍にして兵をお返しするが」
「パチンカーおやじかテメエは。はいはい、城ねー。どーでもいーじゃん。ここで面白おかしく暮らしときゃ十分マンゾクっしょ?」
「バカか、オメーは? 男子たるもの、常に志を高く……」
「はいはい。そーゆーアンタは、男子じゃなくて幼女だけどな」
城を攻めたって、誰にも評価されんだろ。ボクの求めてるのは不幸! 悲惨! ただでさえ最近、あの稲葉なんとかって城から勝手に人が抜け出して来やがって、許可なく織田の味方になっちまってるってのに。
こんなタイミングで攻撃とか仕掛けたら、また桶狭間みたいになるだろーがよ!
「ユーチューバーとして気にしてるのじゃな? 大丈夫! ネタはあるぞ。これは超極秘機密事項じゃから口外無用なのじゃがの。じつはワシの忍びからの情報での、息子の様子が最近おかしいらしいのじゃ。おかしいと言うか、ハッキリ言って異常なのじゃ。名前を変えたりもしてると聞く。いま城を囲んだりしたら、きっとトチクルッテ同士討ちとかするやも知れんぞ。こりゃ派手なショーが見られるかものう? どうじゃ?」
帰蝶よ。二点ほど指摘しよう。
まず、その忍びというのはサルのことだよな? だったらボクの部下であって、オメーの部下じゃねーし。それにその息子とやら、龍興だっけ? ソイツがダメ息子ってのは先日オマエの口からとっくに聞いてた話だぞ? どこが極秘なの?
そして二つ目、この物語は良い子も読んでくれることを想定してるんだ! 同士討ちとか残虐なシーンを連想させるワードを口走るなっ!
「悲劇!! 悲劇ぃ! 息子に成敗された忠臣の末路があ! 狂気の主の刃の錆い!! フハハハ」
「ダメだコイツ」
カワイイ容姿だから余計に鬱陶しい!
昼寝していた市が目をこすりこすり会話に割り込んで来た。
「お兄ちゃーん。その人黙らせてよー。それとねー、このままだと藤吉郎も半兵衛ちゃんも、そんな危ない人の息子さんに襲われちゃうよ? 早くなんとかしないと」
んーまー、確かにそう言われると辛い。サル自身、もー何日も戻ってこねーし。しゃーない、そろそろ迎えに行くとするか。
同じく昼寝中だった佐久間を叩き起こし、鋭意筋トレ中の勝家を膝カックンで興ざめさせて兵を集めさせたボクは、さっさと馬を走らせた。
ここは小牧山城。新しく引っ越して来た城だ。
清須と比べれば稲葉山城まで結構近い。すぐに着けるだろ。
「わー、久しぶりじゃのう、早駆けの馬に乗るのは! キモチイイっ、いけいけー」
なぜか帰蝶が前にまたがっている。
「うわっ、どっから生えて来た?」
「人を雑草みたいに申すな。存分にサービスしてやっから」
「落ちろっ、死ねっ! あ、いや、お亡くなりになれっ」
「言い直してもあんまりフォローになってないぞ」
ボクと帰蝶、それに約千ほどの織田軍が稲葉山城に向けて進発した頃、他方の稲葉山城では、半兵衛たちが門番連中をすっかり手なずけていた。
というより、門番は半兵衛を見ると、ウキウキソワソワと自分たちから開門して出迎えたそうな。
「わーっ、半兵衛ちゃわーん。帰城、首を長くしてお待ちしておりましたぞー」
地元稲葉山城下でも、もちろんTAKE―NAKAの人気はすさまじいもので、半兵衛ちゃんにいたっては、もはや教祖化したと言ってもいいほど……って話。
いざ、龍興の居る本丸へ入場となったとき、どこから持ち出したのか、半兵衛ちゃんが乗るための輿が用意されていた。しかも三つ、重門と重矩の分もちゃんとオソロで準備。
「さ。こちらへ」
城の中は、まるで以前から準備していたような(ま、してたんだろうな)コンサート会場の様相を呈していた。半兵衛ちゃんらの入場に合わせ、どこで聞きつけたのか、ぞくぞくと兵たちが集まりだし、三人の輿を中心にエレクトロなパレードが始まった。
天分の才のなせる業なのか、血のにじむ努力の成果なのか、パレードの先導を引き受けた、美濃三人衆、安藤、稲葉、氏家のミュージカル俳優ばりに声高らかにパレード曲を生声で歌いあげたのには、城中だけでなく城下の人々もこぞって詰め掛け拍手喝采、大歓声を張り上げたのだった。
これらの状況は一部始終、サルが余すところなくカメラに収め、後日鑑賞会と称して見せられたが、むろんライバルユニットTAKE-NAKAに対するJSらの反響のみに限られたのは言うまでもない。
オイ、サル! テメエは誰の部下なんだ!
「お兄ちゃんっ。口汚いっ」
「おサルさん。あなたはどなたの部下でございますか?」
「お兄ちゃん、キモーイ」
あー、忘れてたが斎藤さんちの龍興くんは、せっかくだからとヲタ芸を披露しようとしたらしいが、半兵衛ちゃんのファンにモミクチャにされて、どこに行ったのか姿が見えなくなったそーだ。しゃーなく半兵衛ちゃんは「退職願」を本殿奥の龍興の寝床に置いて帰ったと。
城下では誰かが大量にブッ放った爆竹花火が、家々に飛び火して大火を起こしたが、町民はコンサート(お祭り)の演出だと思ってだーれも消火活動を行わなかったらしい。おかげでボクらが現地に着いた頃にはすっかり町は焼け野原。
戦国星の住人はボクの思ってる以上に豪儀な性格の人種のようだな。これは悪口じゃない、コセコセネチネチした母星人と大違いだと言ってる。かなり見直した。というか、羨ましい限りだ。
結果、ボクと市のパフォーマーコンビは『大活躍の末』、稲葉山城と美濃国をまんまと手に入れ、評価ガタ落ち。さっさとスポンサーが降りて、個人活動に逆戻り。一からやり直す羽目になった。
「別にいーじゃん、お兄ちゃんっ。あんましギスギスした演出にこだわるのも正直なんか、かったるかったしー。わたしはまだまだ諦めないよ? ね?」
「ヒーン。市ィィィ!」
「ヨシヨシ。イイコ、イイコ」
「うっざ。うっざ」
前田の又左と蜂須賀党の小六が背中向きで悪態をついている。バレバレだぞテメエら。
「藤吉! そこの犬を黙らせろ!」
「《犬》というのは、小六のことで? それとも又左のことで?」
「犬にちなんだヤツらの名前なんて知るか―――っ! 両方だ、両方!」
「あーそれってパワーハラスメントゥではないですかー!」
「そこの人たち、みーんなウザイ。お兄ちゃんもね」
稲葉山城陥落編のおわり。次回はゲームで激闘編。




