114話 強敵(とも)らに送る挽歌③-上洛の夢跡(其之二)-
思えばスケカセは、これまでの人生で、異性とまともにケンカなどしたことがなかった。
ましてや年端も行かぬ少女――自分と三回り以上も違う少女――と感情のぶつけ合いをするなど、どうしてよいやら見当もつかなかった。
だから、三条が投げつけて来たまっすぐな気持ちを、あざ笑いで打ち返すしかできなかった。
「……長セリフ、よく舌が回るな。そういうときは大概、何かを誤魔化そうとしてんだぜ? つまりオメーは、オレを好いているなんて愚にもつかない妄想を自分に言い聞かせて、心を騙して、そう思い込もうとしてんだ。ヤレヤレ・バカな娘だな」
心を騙す?
思い込み?
オレは何を言っている? 辻褄が合わないぞと彼はちゃんと自覚している。
それはむしろ自分自身を指摘する刃だとも強く認めながら、だがスケカセは、胸の痛みを助長する泥海のような毒吐きを止められなかった。
「三条よ。オレには、オメーが理想とする王政復古ってものの必要性や価値なんてまるで分らねぇ。朝廷や皇家がそんなに立派なのか? ……じゃねーな、オレにとってはそんなの自体、どーでもいいんだ。もっといや、この地球がどーなろうと別にどーでもいーんだわ? そんなクズ男に夢を託してどーなるっての? 正気なの? ってな」
そこまで言われて三条は、息を乱し始めた。
「姫……」
心配げに遠巻きで見守っている馬場や山県も、他の全員も、気が気でなかった。ただ、一番先に飛び出すのは具合悪かろうと、要するには誰一人として意気地が出ず、最後の一線を越えられずにうろたえる連中ばかりだった。
「わたしは……!」
「オメーは、オレを半分信じ、半分信じてない。半信半疑なんだわ、多分な。だからオレに恋愛感情を抱いて自分を誤魔化してんだ。フツーに考えりゃ、誰が好き好んでこんな中年のオッサンを好きになる中学生がいるかよ? むしろ嫌悪感しかねーだろが? オメーはそれを強引に否定してるだけ。嘘を信じようとしてるだけ。思い込みに頼ろうとしてるだけ。だから過去を返せとか、オレにとってオメーはどんな存在なのか教えろとか、とんちんかんな感情をぶつけちまうのよ。そろそろ目ェ覚ましなよ」
「……」
小姓が彼に近付き、後ろから胴服を掛けた。
「人を待たせてるんでな」
何の未練がましさも見せず、スケカセは荒々しく床を踏み鳴らして去って行った。
残された三条は呆けて口を開け、声の無いまま泣き見送った。
そんな少女に、励ましや慰めを掛けられるツワモノは未だ現れない――。
――やがて、自ら涙跡をぬぐい、襟元を整えた彼女は、男どもに振り返った。恨みがましい眼差しで。
「なんじゃあ、あんたら。こんなにもいたいけな乙女が落ち込んでんやから、ちっとは我先に馳せ参じんかい! そんなだから織田に一歩も二歩も後れを取るんやで」
そう怒鳴ってから、ぺろっと舌を出す。
彼女渾身の強がりなのだった。
「ひっ、ひめぇぇぇ!」
一斉にお詫びのコール。
「にしてもあの男。ほんにペラペラと、自分が一方的に言いたいことをまくしたてよって、どっちが話を誤魔化してるってゆーんじゃ、なぁ? そー思わんか?」
「思います、思います!」
声が揃う。
「あの男、サイテーやと思わんか?」
「うーむ、最低ですな!」
またもや異口同音。
「大事な評定で、しかも女の前で、他の女を奪いたいから織田を滅ぼせと? どの口が、どういう心境で、もの申しとるんか、ちぃーっとも理解できんわ! なあ?」
「そーっす、そーっす!」
「でもわたしはな、あの、女泣かせで、自分勝手で、オレ様主義な中年ブサ男が、それでも好きなようなのだ。じゃから、そなたたちさえ認めてくれるなら、いまからアヤツを追いかけようと思うんやが、いかがじゃ?」
「!」
それまで彼女に同調していた彼らが静止した。
瞬時に、とても重大な投げ掛けをされたと勘付いたのだ。
「……どー思う?」
三条が真顔になった。
凝固した家臣たちの群から、山県が一歩抜き出た。
「恐れながら。そのようなこと、愚問にございます。夫婦ゲンカは犬も喰わないと申します故」
「犬? わ、ワシらを犬と申すかッ、山県ッ?」
柿崎が放ったボケともつかぬ怒声を、笑顔で制した三条。
「違うよ? アンタたちは犬やないよ。みんなとっても素敵で優しい殿方や。ありがとう」
「うっはー!」
柿崎の鼻血、再び。
その他の者も立ちくらみを覚えてひざまづいた。
総員、例外なく脳裏にお花畑が咲いている。
三条への忠誠愛、ここに極まれり……と言うべきか。




