110話 手取川合戦―オッサンズラブに刮目せよ―③
羽柴の陣は、「何をしに戦場に来たのか」解せぬ、個性的とも申すべき者どもが集まっておる。
ちなみに人以外もおるしの。
「町、いや【てーまぱーく】でも作る気か?」
と、問いたくなる。
いや、この際だから問うておこう。
「のう秀吉よ。お主の陣には一風変った者どもが多いが。戦さには不要じゃと思うのだが? 巻き添えを喰う恐れもあるじゃろうし」
儂は率直にものを申したい性分だ。それを不快に捉える御仁もおろう。
じゃが秀吉はニコニコしながら、こう答えよった。
「一日で戦が終われば良いですが、大概ムリでござろう? だから拙者は『餅は餅屋』の考えで、大工や職人の助けを借りて、陣や砦をこさえて、少しでも快適な職場環境を築き、兵らの【すとれす】を軽減しておるのでござるよ。むろん職人さんたちには賃金をはずむのは当然として、さらに衣食住は保障いたしての」
それだけでも度肝を抜かれた気分であったが、さらに、秀吉は付け加えて、
「それに連中の触手は鋭敏でござってな、負け戦の臭いがする前にはきっぱり陣から消えて無くなってしまいまするよ! 民らの逃げ足はパネェでござる! はっはっは」
な、なんたる太っ腹。そんなことでは不逞の輩が続出するぞ。
これまで恐らく、賃金貰い逃げした者が多く居ように……。
「な、なるほどの。……そうか確かに、ただの野陣が砦に化けたら、それだけでも攻めるのを躊躇うやも知れんしのう。じゃが秀吉よ。遠征ともなると、糧食がなんぼあっても足らんようになるんじゃないか?」
横で明智の光秀嬢も、儂らの遣り取りに興味深そうに耳を傾けている。
こうして見ると、ふたりともだいぶ酒が入り赤ら顔の様子。
あ、秀吉は猿じゃから元々赤いか?
その秀吉がパアッと明るくなった。
「そう! そこでござるよ! 腹が減っては戦さが出来ないのでござる! つまり、兵糧が相手より無くなるのが遅ければ、要は勝つのでござるよ」
秀吉の弁に光秀が反問した。
「だからなんですよ、兵糧の確保が重要という話をしてるんです。遠征となればそれ相当の日数分も覚悟しなければですし? 柴田さまもわたしも、そのあたりが疑問なのですが?」
「? 拙者はあまり気にしておらんなぁ。単純に、敵より多めに持って行けば良いだけじゃから。強いて申せば、敵の食い扶持がどの程度あるのかは、必ず事前に把握いたすが?」
「しかし。調べた結果、敵がかなりの備蓄を有していると判ればどうです? こちらにも準備の限界がありましょうし」
光秀の抗弁が愉快じゃ。
儂もそう思うが、秀吉、どうじゃ?
「? それでは端から勝てませぬので、挑みませぬ」
「はぁ? では、いかがいたすのじゃ?」
「相手の備蓄を減らしてから攻めまする。幸いにも我らには潤沢に銭弾がありまする。敵の物流市場に銭弾を撃ち込んで、こう、ガツン! と屠ってやれば良いだけのこと。……敵地のサムライではなく、まずは敵地の領民や商人を相手に戦を仕掛けるのでござる」
は、はぁ?
何を言っておるのだ、こやつは?
「うまく行けば、我らは快適な陣地でのんびり寝ている間に、勝手に敵が滅びてくれるという寸法なのですじゃ」
うう。なんと呑気な。
儂には理解できん。
酔いを深めようと酒をあおる。……もう空か。
すかさず光秀が注いでくれた。
お主は理解できたか? と訊ねようとして、どうでもよくなり止めた。
別の疑問が生じたのでぶつけてやる。
「しかしのう。それでは槍働きの功が稼げぬが、その者らの不満はいかがする?」
申してから儂もなかなかしつこいなと自嘲した。
結局、秀吉特有の戦論が気になっておるのだろうの。
武辺者の儂としては、秀吉の下では活躍できぬ将士が居て当然、ソヤツらの不平不満が気の毒だと思うでな。
「これからの時代、柴田さまのように、槍働きに加えて知恵働きも出来なくては、出世なぞ望めませぬ」
言い切りおった。
しかも巧みに不快にさせぬ言い方で。
話題を変えよう!
「一度聞いてみたかったのじゃが、寧々どのとは、どういう馴れ初めがあったんじゃ?」
「ああぁーっ! それ! わたしも知りたいです」
光秀も乗り気の様子。
うむ、どうにか無難な話題じゃ。
「寧々タンでござるか? 拙者、清須時代、信長さまの命令で城下をパトロールしていた時期がござってな。そこで「コネコノアール」なる胡乱なのぼりを背負っておる松殿と寧々タンを見つけまして」
「松? おお、松とは。利家の御内儀か!」
「その通りでございまする、キキ」
そうか。
申せばあやつも結婚が早かったな。
「拙者、立場上職務質問をせねばならなかったので、やむなく彼女の趣味をしつこく聞き出したり、部屋を捜査してあらゆるものを撮影したり。あぁ青春でござったなぁ」
「う……」
光秀が真顔じゃ。
秀吉のヤツ、地雷を踏んだのではあるまいか?
幸いにも牧少年は半睡のようじゃ。
「悪いが、そんなお主が何ゆえ寧々どのの気持ちを射止めたのか、正直気になるのだが」
「……ほんとに。聞きたいです。わたしも」
「それは拙者がイケメンだからに相違ないでしょうな。ウッキ」
それはないの。
「それはありません!」
光秀よ。気持ちはわかる。
が、その主張強調しすぎではないか。儂ですら心の声じゃと言うに。
「あぁ……寧々どのは誠に素晴らしい御方です」
同情して涙ぐむな。
「……うむ。寧々どのは、天晴れな女人じゃな」
とりあえず儂が悪かった。話題のチョイスをしくじった。
「乾杯じゃ。寧々どのの献身的なる偉大な愛に」
「我が愛妻に!」
「寧々どのにご多幸あらんことを、心から」




