11話 稲葉山城攻略は美濃三人衆の手伝いで終了
美濃国の稲葉山城ってのは、いまの岐阜県にある城だそーだ。
『美濃を制するものは天下を制する』んだそーだが、実際、ボクの目の前には『制されちまった』ロリババアが一人、畳の上に転がっている。
斎藤道三、今の名は帰蝶だ。コイツはもともと美濃国の主だったが、ボクの言うままに若返りの薬をガブ飲みして、オバサマから幼女へ大変身したって話。
「息子がのー、義龍がのう。『ババア、キモイんだよ』ってケリ入れて来るんじゃよ。でのぅ、長良川まで帰ってみたんだけど、結局追い返されちゃってなあ」
「はいはい。で、義龍ってダレ?」
ボクがわざとボケると市がすかさずフォローしてきた。
「お兄ちゃん、いまの話聞いてた? 帰蝶ちゃんの息子だよー。前の方の話でダラダラ説明してたじゃない? 帰蝶ちゃんは、わたし大大大キライだけど、さすがにいい気味とか思えないよー。お兄ちゃんっ、なんとかしてあげたら?」
「ふー。しかしですな、義龍は幼女には興味無かったってコトだキキ。だから帰蝶さまを邪険にしてるのでごザルよー」
木下藤吉郎、正真正銘のサルがいつの間にか上がり込んでて、要らん注釈を加える。
ますます道三=帰蝶がメソメソしだした。コイツ本当にマムシの道三とかって呼ばれてたの? おそらく別人じゃね?
「あー義龍が幼女嫌いというのは冗談でござる。本当は義龍は意味不明な病気で死んだのでする。キキ」
道三は青ざめ、サルの毛をむしりはじめた。
「ギャー、それもウッソでっす。意味不明な病気にはなったけど、今はすっかり完治してますー。しかしながら性格が一変したそうです。でもって、名前を龍興にしたらしいでござる。キキ」
へー。じゃあやっぱ、例の野〇〇事件、それとヲタ芸猛特訓逃亡の龍興くんは、孫とかでなくて息子だったわけか? まー実にややこしーなー!
「はー。なにはともあれ義龍のヤツ、死んでなかったのねー。どうにか安心したぞ」
なんで名前変えたのか? とか、色々ご都合主義な展開に質問したいが、まーいいだろう。で、サルはその、義龍・改・龍興とやらの所信表明演説の配信動画を流し始めた。そんなん見たかねーぞ。どーせまた《汗まみれでヲタ芸したった》シリーズだろ? ……やっぱり。
「しかしあれから随分精進したのか、やたら完成度上げて来やがったなー。それになんて充実感ハンパ無いカオしてやがる。ちょっぴし感動しちまったじゃねーか」
「でもー。なんか閲覧数、低いね。だーれも見てないんじゃないの?」
ボクらふたりの感想をよそに、帰蝶は、だまって最後まで眺めていた。んでしばらくして、サルの頭に肘をつき、タメ息まじりに口を開いた。
「……龍興かぁ。ツマらんヤツじゃ。我が息子にしては、どうも期待ハズレじゃな。でさぁ、さっきっから気になるんじゃが、この」
「分かった! 安藤社長キキ?」
「空気読め、アホ! オマエはサルか? ちがう! ……この、黒髪に白髪メッシュの小娘じゃ! なかなか見所があるとみたが。コイツはワシのものにしよう! 今すぐここに連れてこい」
あーその子ね。その子は前話で登場した……。
「半兵衛ちゃん?」
「あのー、信長さんか、お市さまの命令なら聞きまするが」
「そうじゃな。じゃあ、信長の命令ってコトでいいから」
勝手に話進めてやがる。……べつに構やしないが。現にボクも希望してたが。……でもよ。このボクが二回もオファーしたのに、二回とも断ってきやがったんだよな。
《泣かぬなら縛って垂らせホトトギス!》 だぜ。……今のレットカードか? すまん!
「拙者は給料分しか働かない主義でござるっ、キキ!」
へーじゃあサル、オマエ最低賃金で換算すれば二時間しか勤務せんのか? やるな!
それに対し、帰蝶も粘る。
「……ほおそれで? ワシのお願いを聞き届けんのなら、お前がこっそり隠し持ってたSDカードを信長に渡しちまうが? それで良いのかの?」
「はぁ? 何でござるかの?」
「幾ら心を寄せているって申しても、隠し撮りは犯罪よなぁ? ひっひっひ。いわゆる性犯罪ってゆうやつー? 盗撮ってやつー? 大好きだもんねぇ……市さま……」
「ウキーッウキーッ! 身命にかけて半兵衛さんを落としにかかりまするう!!」
ダッシュで消えたサルだったが、すぐに戻ってきた。
「一つ聞きたいのキキだが……」
「はあ?」
「小娘を自分のものにされるとは、いったい……?」
「いろいろあるだろうな。……ワシは両刀使いじゃし」
「ウッキーー!!」
歓喜のサル。ふたたび大声あげて、駆け出した。
「サル、サイテー。帰蝶ちゃん、もっとサイテー」
市の冷めたつぶやきで、ボクはかろうじて我に返った。フー、あぶないあぶない。もう少しでボクも妹に嫌われるところだった。鼻血鼻血。もとい、剣呑剣呑。
◇ ◇ ◇
《三人称?》
サルは一直線に、半兵衛ちゃんの引きこもっているという屋敷にたどり着いた。
山奥とは思えない、ガス、電気はもちろんのこと、Wi-Fi完備の何もかも揃った屋敷だった。まーそりゃ動画配信してるもん当然だろう。
屋敷には、竹中三姉妹、半兵衛、重矩、重門、……ここまではうなづけるが、取り巻きのオッサン? が増えていた。これは暑苦しい。
アイドルウーチューバーユニット《TAKE-NAKA》をプロデュースした安藤社長を筆頭に、稲葉一鉄、氏家卜全などというイワユル《美濃三人衆》揃い踏みしていた! 実に暑苦しー!
「あいやー。仲が良いことで羨ましいでござるなあ、キキッ」
「なんじゃあテメエ。新入りかぁ?」
「さもあらん。拙者、竹中半兵衛さまにあこがれて、わざわざ自宅まで押しかけて来た、大大ファンなのでござるっ! キキー」
「キッモ! よーするにストーカーではないか。というよりそれ以前の貴殿、正真正銘のおサルさんではないか」
「人を見た目で判断するとは。それでも竹中半兵衛ちゃんの親衛隊なのでござるか! その返答いかに? さあ答えられいっ」
「むっ」
「くっ」
ギャーギャー言ってると安藤社長が取りなした。
「サルよ。旧知の仲ではないか。コイツら貴公の熱い心を知らなかっただけじゃ、許してくれい。だったら貴公も我らの活動にご参加されるとよろしい」
「さっすが物わかりの良い安藤っち! なんでもかんでも手伝いまするぞ」
――だが、よくよく話を聞いてみると。
「いかに半兵衛ちゃんら《ユニットTAKE-NAKA》を使って、斎藤さんちを盛り立てるか、だって?」
「さようじゃ。道三が居なくなった今、もはや美濃国は風前の灯火。義龍時代の若ならまだよかったが、改名された後の龍興さまは別人のごとくダメじゃあ。尾張国の織田信長とまったくいい勝負じゃ。そこで我々は聡明かつキャワイイ竹中半兵衛ちゃんに目を付けたってわけじゃ。もーあのお方に付いて行くしか選択肢はないじゃろうと」
で、その決起資金を稼ぐため、TAKE-NAKAの同人誌を創って荒稼ぎしようとの思惑だったらしい。その発想自体がもう終わってるとしか言いようがない。
「半兵衛ちゃんとの相性占いとか、ダメ主君を独り立ちさせる方法とか。いろいろ特集記事と、グラビアコスプレフルカラーページも作って。わはあ、サイコー、もーたまらんっ」
「ただのマニア向け本じゃないキキっ?」
「オタクと呼べい。オタクは永遠なり。この情熱、このパワー、これほどひとつの事柄に魂を注ぎ込める漢は、そうそうおらんぞ」
「うーん、つーか、あんたら戦国武将なんだよね? 自覚あるでごさる?」
「それはそれで、イイ!」
安藤社長は「こんなオッサン武将がおっても良かろう」と高笑いした。
連中に溶け込むためサルもとりあえず、製本を手伝うことにしたが。
翌日、製本を手伝った。次の日は製本を手伝った。その更に次の日は製本の手伝いだった。次の日……?! って、違う違う、違ーうっ!
ようやくサルは、真にしなければならない任務を思い出し。
「ちがーう、キキ!」
涙目で訴えた。オマエ、リアクション遅すぎね?




