107話 長篠攻防戦⑥
織田信長と向かい合った三条ちゃんは、彼を無視して叫んだ。
「小山田さん! 始めてください!」
後方に控える黒い装甲車のハッチが開き、ぞろぞろと箱を持った集団が降りて来た。
「投擲ィ、始めい!」
小山田信茂の号令で、手縫いに包まれたものの投げ込みが始まった。
体育祭の玉入れを連想させるが、その玉は織田軍と徳川軍の陣の中に放物線を描いて放たれていく。地面への落下物は甲高い音とともに破裂し内容物をぶちまけた。
織田、徳川両軍の間でざわつきが起る。
はじめは石が投げられたものだと思って、盾で防いだり避けたりしていたが、やがてひとりの雑兵が声をあげた。
「これ! 油だ!」
「油が溢れてるぞ!」
「このあたりヌルヌルになってるぞ!」
とまどいの叫びが伝播する。状況説明、感謝。
「まさか、奴らは火攻めを!」
「逃げろ!」
「離れろ! 急ぎ後退ッ!」
陣中、大騒ぎとなった。
「そうや! 火攻めやぁ!」
サッと三条ちゃん左手が上がり、火矢を構えた馬場隊が居並ぶ。鏃には炎がユラユラ点っていた。
「放ていっ!!」
馬場が咆哮し、線を引くようにいくつもの火矢が、織田軍と徳川軍の陣中に放たれた。
スズメバチの大群を思わせる音が赤い羽根を広げて空を隠し、来襲する。
地獄の蓋が開いたような地鳴りとともに、黒煙混じりの火柱が空に向かって噴き上がった。
血相を変えて武田軍を罵倒する信長を、明智光秀が必死になだめ後退させる。
織田、徳川は分断を余儀なくされた。
その間、三条ちゃん先導の救出部隊は、山県隊および苦戦中だった諸将の撤退を行わせた。
「やりました、計画通りですね!」
「投石が得意な小山田隊に油入りの甕を投げさせ、歴戦の強者ぞろいの馬場隊に火矢を放たせる。完璧な人選だ。こうなって当然だろ」
モニター越しに見守るスケルトンカセットと武田勝頼が握手した。
織田徳川は消火に躍起だ。
だが、小山田隊は容赦なく甕を投げ続け、馬場隊もそれに応じて火矢を放ち続けた。
「敵は攻撃の手を緩めてる! 今のうちに撤退や!」
三条ちゃんは危険を顧みず、土手の下にまで降りて仲間に声を掛ける。
時折狙撃する銃声が響き、彼女のそばを弾がかすめていく。しかし意に介す彼女ではない。むしろ敵軍の分断に成功し混乱させたという自負が恐怖をかき消し、代わりに興奮を掻き立てている。
「内藤さん、救出状況は?」
「負傷者を優先して、トラックに乗車させております」
「一刻を争うから、満車になった車から早々に撤退させてな」
「承知!」
内藤の指示のもと乗車を終えたトラックが移動を始めた。
「最後の車両を見届けたらわたしも撤退するとしよ」
御旗を掲げている自車に向かい歩き出したところだった。土手をよじ登るのに苦労していると、至近距離で銃声が響いた。
しかしそれは三条ちゃんに当たらなかった。
大きな壁が立ちふさがってくれた。
「三条さま、大丈夫ですか?」
「え……? 内藤さん!」
「く、……いえ、平気でござる。鉄砲傷や矢傷などいつもの経験です。だがこれでは儂もトラック行きですな。まことにみっともない」
そう笑い飛ばした内藤だったが、苦しそうに脇腹を押さえている。
「では、高遠城でまた……」
内藤は軽く笑みを浮かべながら頭をさげた。彼は何事もなかったかのように、トラックに向かって指示を続けた。
「うん! 絶対会おうな」
しばらく彼の後姿を見ていた三条ちゃんは土手を駆け上がった。その目には涙が滲んでいた。
装甲車のある高台から、最後のトラックが出てゆくのを見届けた三条ちゃんは右手を挙げた。
「全軍撤退!! 速やかに撤退!!」
小山田隊と馬場隊の装甲車は破壊されたブロックの上を進んで行き、三条隊がそれに後続する。
「父上、ここで敵が動きだしたら我々の出番ですが、どうですかね?」
「十中八九追いかけて来やがるな。今頃ダンプカーでも準備してんじゃねーか?」
武田騎馬隊は高遠城に控えさせている。
本陣には装甲車もまだ二台ある。
織田徳川の動きに対応は可能だった。
「火を消せ!」
「早く!」
炎は一時の勢いは無くなったものの、未だ鎮火せず。
一方で追撃のダンプカー集団が多数の兵を乗せて後尾の三条隊に肉迫してきた。
「我々にも仕事が回ってきてくれましたね」
近習から弓矢を受け取る勝頼とスケカセは、鏃に火を付けた。
「毘」と「大」の旗を掲げている装甲車の間を赤い装甲車群が駆け抜けてゆく。
その中に、「日の丸」の旗下で、思いっきりる手を振る三条ちゃんの姿もあった。
振りたい手をこらえ、ダンプ軍団に的を絞る二人。
「ここまでしてくれて、ご苦労!!」
スケカセは叫んだ後、火矢を放った。
寸時遅れて勝頼と、兵らも火矢を放つ。
矢は真っ直ぐに飛び、湿った草むらに突き刺さると、一気に引火した。
黒い煙と火柱が拡散していく。
それは幕を引くようにダンプ軍の行く手を遮った。
「ここでもかよー!」
ほとばしる火柱のカーテン向こう側から叫び声が聞こえた。
「行くぞ」
「父上。我々は勝ったのでしょうか?」
「戦で百パーの勝利なんてねぇ。六割勝てたら勝ちなんだ、今回もまさにその典型だろうよ」
スケカセの応えに、勝頼は晴れたカオでうなづいた。
「今回の戦、我々の勝利だあッ!」
火炎の反対側では、織田と徳川が鬨の声をあげている。
スケカセと武田勝頼は、互いの装甲車に乗り込んで高遠城に転進した。
「織田信長。次こそコロス」




