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105話 長篠攻防戦④


 西暦一五七五年五月二一日早朝、設楽原にて戦の火蓋は切られた。


 単純に地図上で勢力図を示すと、織田および徳川連合VS武田となるが、実際には武田と上杉は連合を組んでいる。

 いや、もっと言えば、実質三条ちゃんを盟主とする武田上杉の東国トラスト軍と織田徳川による中原カルテル軍の激突と言える様相を呈している。


 当戦に投入された装甲車やヘリは、武田信玄かつ上杉謙信を称するスケルトンカセットが自前の資金を投じ購入、だが兵が装備する銃や鎧などの携帯具はすべて三条ちゃんの開発成果であった。


 楯無の構造を徹底的に追求し仕上げた鎧。

 そして銃は、一個の種子島を限界まで分解し、調査し、一方で信濃国の多々良製鉄を開拓して原材を得、試作一号から研究改良を重ね、量産式の第一線供給にこぎつけた。

 そんな離れ業をほんの数年足らずでやってのけた。


「上洛して。皇軍を率いて。王政復古。それがわたしの夢! 旦那さまよろしくね」


 公卿の令嬢、三条の姫。

 スケカセに努力の理由を聞かれ、彼女はそう答えたという。


 さて戦況は刻々と変化していた。

 山県隊は連吾川を渡り切り、装甲車で鉄条網を崩して徳川の陣に割り入って行く。

 装甲車(かれら)の通り道は後続隊の攻撃進路となり、例の【戦車騎馬団】が雪崩れ込んでいく。


 かたや徳川は別に手をこまねいていたわけではなく、矢を雨の様に降らせていたが、暑い鋼板に護られた装甲車にはまったく歯が立つはずもなく、さらに続く騎馬戦車群の鎧すらも痛打できなかった。


 やがて山県隊が発砲を始めたのであろうか、徳川の陣中で破裂音が響きだした。


 この様子に勝利を確信した三条ちゃんは、開戦時の例と同じく右手を掲げてから前に下ろし、さらに、左手も同じように挙げ下ろした。


 間髪入れずに二本の黒い狼煙が昇り、その前方の、鳴りを潜めていた漆黒の戦車騎馬軍団が動き始める。


「原昌胤隊出撃!」

「原虎胤隊出撃!」

「真田信綱隊出撃!」

「真田昌輝隊出撃!」

「土屋昌続隊出撃!」

「土屋直親隊出撃!」

「安中景繁隊出撃!」


 各々、統率する軍団の部隊名の名乗りを上げて南下し、先鋒山県隊に遅れじと、徳川軍に襲い掛かった。


「部隊名叫ぶの、お約束? 『●ムロ、いきまーす』みたいな?」

「あんさんは黙っとき」


 スケカセは肩をすくめて「へいへい」と口出しを止めた。

 彼が機嫌を害したと思ったのか、チラチラ横目で三条ちゃんが補足した。


「……そうすることによって敵に恐怖心を与える作戦やねん。きっと徳川は相当混乱するんちゃうかなって思って。……考えすぎ?」

「んなコトねーよ。もっとも家康だけは喜んでるだろーがな」

「?」


 だってアイツ、Mだから。と言いかけて、さすがにその発言はこらえた。


「ところで三条よ。オレの出番はねーの?」

「えっ? うーん。悪いんやけど、無いんやんか」


「なんだとマジかよ、なんでよ? つまりはオレ、役立たずってか?」


「ちがうもん! 将棋でも王将は取られたら負けやんか! 旦那さまには、いちばん安全な場所で堂々としてて欲しいねん!」


 風林火山の旗幟を眺めたスケカセは黙って床机に腰を落とした。


「しかし、なーんもせんのはな。実にツマランな」

「大丈夫! 捕まえた信長を、イカスルメルの警察に突き出すのがあなたの役目!」


 真顔で必死に訴える三条ちゃんに吹き出すスケカセ。


「なるほど。それは面白いな。非常にやりがいのある仕事だぜ」


 しかし。


「うーん、なんか変……」


 微笑んでいた三条ちゃんの顔が急に強張った。


「どうした?」

「山県隊の装甲車が織田軍の陣に突入したところで合図の狼煙を上げることになってんねん」

「……それで?」

「――そこで、馬場隊、内藤隊、それからわたしの近衛三条隊が、装甲車で織田軍中央に乗り入れ、混乱させつつ、本陣の信長を確保する手はず……だったんだけど」


 織田軍の陣を遠望すれど、いまだ狼煙は上がらない。

 銃砲は間断なく鳴り響いているというのに。


「相手も必死なんだろ」

「残していた最後の遊撃戦車騎馬隊も送り込んだのに。状況に変化ない」


 三条ちゃんのつぶやきに、スケカセは続く銃砲音が不気味な音に聞こえだした。

 障壁の向こう側はふたりには見えない。


「実際、どーなってるんだ……!」


 その時、スケカセのパソコンが反応した。

 彼所有の装甲車に取り付けていたカメラが映像を送って来たのだ。


 スケカセとパソコンの隙間に割って入った三条ちゃんは、急いで画面をひらけた。

 馬場と内藤、勝頼、そして山県の姿が映し出された。妨害電波の影響か、頻繁に通信が遮断される。


「山県さん! 状況を説明してください!」


 山県は瞑目したのち、話し始めた。


「我が隊は作戦通り、徳川軍の陣に突入しました。不気味な程に兵のいない陣でした。……まもなく織田と徳川の境界を越えようとしたとき、装甲車の進退が窮まってしまいました。昨夜の雨で泥濘ができ動けなくなったのです。それを見ていた織田、徳川軍の銃撃がはじまりました」

「なんだと? ヤツら、銃は持ってなかったんじゃねーのか!」


 三条ちゃんは冷静だった。


「そうなんや。で、我がほうの死傷者は?」

「いまのところ将はすべて健在です。しかし負傷者は多数……」


 肩に力のこもった三条ちゃん。

 続報する山県。


「織田、徳川は三万人。全ての将兵が銃を備えています。ヤツらの包囲が狭まってきました。盾を構えじわじわと迫っております。まるで罠にかかった獲物を狩り獲るかのように。……我が隊はこれより敵陣中を大いに掻き乱し、時間稼ぎを行います。その間におふたりは撤退してください」


「なんだと? オマエはどーすんだ?」


 山県は答えず。

 諦観の眼差しで空を仰いだ。


「なんだかイケメンだな、オイ。小さい体がとても大きく見えるぞ! オマエはスゲエ! 偉大だ! よって、諦めは許さんぞッ」

「ははッ」


 絶え絶えの息を繋ぎつつ、三条ちゃんが訊ねる。


「内藤さん。一人でも多くの兵を生かすのが将たる勤めでしたよね? ……お願いしていいですか」

「おう!」


 察したおっさんの空元気。


「任せてくだされ!」

「……山県さん、死なないでください、こののちは、生還した人数だけ勝ちだと考えてください」


 そう言い、三条ちゃんは画面に向かって頭を下げた。


「……あたしが……あまりにも……稚拙な作戦を立てたせいで……こんな事に……」


 映像が乱れ、音声のみだが、横合いから勝頼の叱咤が飛び込んだ。


「今はすべきことを為しましょう、母上!」


 涙にまみれた顔を上げた三条ちゃんは、ふたたび画面に向かった。



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