104話 長篠攻防戦③
西暦、一五七五年五月二〇日。深夜――。
設楽ヶ原を縦断している連吾川の東方。
窪地の平原に陣を展開していた上杉謙信(=元武田信玄=スケルトンカセット)は、急に騒がしくなった気配を感じ、浅い眠りから覚めた。
「山県さまが軍議を催したいと申されています」
「軍議? うーーーん」
地べたに板と御座を敷き、幌を張っただけの小屋とも言えない粗末な空間に、車座で腰を下ろしたスケカセは、目を赤くして現れた三条ちゃんに目を奪われた。
赤い浴衣着だけの軽装が妙になまめかしい。ロングストレートの黒髪に少し乱れがあるのが逆にそそられる。
エロ目線で観察していると邪魔立てするように武田勝頼をはじめ、馬場や内藤のおっさん共がドヤドヤと割り込んで来た。
そして最後に山県。
颯爽とした赤備えの武装だが、手には戦国時代にはそぐわないタブレット端末がを抱えられている。
三条ちゃんと変わらぬ身長なので、ゲームで夜更かしした子供にしか見えない。
「長篠城攻囲に残しておりました兵より、緊急のメールが入って参りました。『鳶ケ巣山砦が織田、徳川軍の夜襲を受け、落とされました。大量の銃撃を浴び、なすすべもありませんでした。長篠城は敵軍によって解放されましょう。然れども我らは、これより決死の覚悟で応戦します。なう』以上です」
一同に一瞬の沈黙が流れた。
やがて、
「信長は、夜襲作戦を却下したのではなかったのか!」
内藤は、唸るように声をだす。
「わしらの退路を断つつもりじゃな」
馬場は、円座の中央に広げられた地図を凝視している。
「ここは、一旦反転し、長篠城を再攻撃しますか?」
勝頼の発した案に、三条ちゃんは顔を横に振ると、山県からタブレットを受けとった。
「それも悪く無いかも。退路を確保できるんやからな。……せやけど、目前の信長を倒してからゆっくりと仇を討ってもええんとちゃう」
三条ちゃんは闇な空気を放ちながら、タブレットを掲げた。
スケカセが眉をひそめる。眠気とエロ気が吹っ飛んだようだ。
「……それに、や。織田信長は持てる鉄砲をすべて後方の長篠城に費やした。もはやヤツらに火力は無い。かたや我々の鎧は、【楯無】を量産した逸品ぞろい。しかも軍馬にも同様の物を装着させている。完ぺきや。我々の武器と鎧は完璧なんやで? それにこの雨や、背後の敵は疲弊しとるで?」
幌の外側にポツポツ当たる雨粒。体力を奪いそうな冷たい雨だ。
「ええか? 皆の衆、いまから勝つための話しをしようやん!」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
話し合いの結果、山県を先鋒として明朝、攻撃を開始する手はずとなった。
彼の突進力が買われたのだった。
「三条、オツカレ。……オレ、出る幕なかったな」
「アンタは、それでええんや。じっとしててくれたらええねん、あたしらのお館さまやねんから」
「動かざること山の如し、ってか?」
「うん、そうや!」
ふたりきりになったのを見計らい、スケカセに抱きついた三条ちゃんは、たゆたう彼の腹にいったん顔を埋めてから、彼を見上げた。彼女の大きな目がきらきらと輝いている。
スケカセの理性は崩壊寸前だったがここは戦場のど真ん中だ。
「見て」
長雨の影響もあって、辺りは湿った空気が漂っている。
山野に夜明けの光を浴びた露が宝石のようにきらめいていた。
「ああ。キレイだな」
見渡すと、南側に配置している山県隊が静かに合図を待っている。
赤い装甲車両十台と、赤備えの軍馬で編成する戦車騎馬軍団である。
軍馬は二頭一組で連結し、その間に槍や杭などの武装を負わせている。その一頭一頭にけん銃を携えた騎手が騎乗している言わば重装馬戦車隊だ。その数は二百。
騎兵らの背中からは、もうもうと蒸気が立ち昇り、それが彼らの高ぶりを思わせ、「出番はまだか」とこちらに催促しているようにも思えた。
「アレ。出すか?」
カーキ色の装甲車に、赤い装甲車が横付けされている。
カーキ色はスケカセ、赤は三条ちゃんの持ち物だ。
赤の方に近づいた三条ちゃんは、大きく右手を上げ、後方に合図を送った。
緑色の狼煙が昇り、暫くすると遠方の山すそからヘリが現れた。
「カーキ色のヘリ。戦国自衛隊みたいだろ」
「そーやねぇ。ぜんぶの装甲車がカーキに統一されとったら、そうやねんけど。赤とか、黒とかが混ざってて、ブサイク。全然自衛隊やないって!」
双眼鏡を覗き、答える三条ちゃん。
装甲車は殆どが黒だが、山県隊と三条隊が赤、カーキ色は上杉隊。
言われてみれば不統一甚だしい。
「ともあれ、ヘリでの先制パンチ、繰り出してみよか!!」
「ああ、やれ。信長の慌てるカオが見ものだぜ」
いったん南下したヘリは、まずは徳川軍を目指して降下を始めた。
すると、それまで静観していた織田の陣から一本の白煙が立ち、なにか礫のようなものがヘリに飛来した。あっと言う間もなくそれは期待に命中し、貫通した。
「あ?」
「へ?」
ヘリは、力を失ったようにフラフラと南側に逸れて行き、山のかなたに消えていった。
「えっ?なんじゃあ、それ!!」
「ふわんっ、なんでぇ?」
ふたりの絶叫がこだました。
「……今のはロケットランチャーの中でも、輸出の禁止されてるやつやん!」
「そうなのか?」
三条ちゃんは双眼鏡を置き、スケカセの目を見てうなづいた。
「確か、マフィアがよくご利用するからとかで、イカスルメルの警察が御禁制にしてる物やし」
「ほぉお」
「とりあえず信長。警察に突き出したい」
ギリリと歯がみした三条ちゃんの右手が挙がった。
スケカセと目配せし「スッ」と前に下ろす。
たちまち赤い狼煙が立つ。それに呼応し、山県隊が爆音をとともに前進を始めた。
「織田、徳川軍はどうするんかな?」
三条ちゃんの武者震いがスケカセにも伝播した。




