103話 長篠攻防戦②
西暦一五七五年五月一八日の夜半。
武田の総軍を牛耳っている上杉謙信ことスケルトンカセットが、三河国長篠城攻囲中の陣中にて、家臣どもをかき集め軍議を催した。
オレ嫁三条ちゃんが放っていた忍びがもたらした情報が、ただ事では無いと判断したためである。
――注釈。
ところで三条ちゃんとは。
通説では三条の方と呼称されている武田信玄のヨメ。
藤原氏の系譜を持つ、時の左大臣、三条公頼が息女。某歴史小説を皮切りに講談や伝記物などでは悪役令嬢的なポジショニングを確立しており、また、【政略結婚】で輿入れしたせいか、信玄とは仲が悪かったとのイメージが強い、超絶の美少女。
さらには黒髪ロングストレートが香しい、当年一三歳のロリな秘蔵っ子。ちなみに本願寺当主、本願寺顕如のヨメ、如春尼はこの娘の妹だ。姉妹揃って織田信長の御敵である事実。痛快この上なし。
以上、スケカセ日記より引用。
「――皆に集まってもらったのは他でもない。三条配下の忍びが織田、徳川軍の最新情報を持ち帰ったからだ。三条……詳細を伝えろや」
「はい」
紅色に統一された着物と胴巻きを着こなした三条ちゃんが家臣の前に出て、手元のタブレットを操作する。
「まず、忍びが撮ったドローン映像をご覧いただきます」
映し出されたのは、土木作業中の兵士達。旗指物や武具などから織田陣営の者だと判る。
彼らが雲海のように密集して、資材であるブロックや鉄条網で障壁を造設している画像。
すぐそばに停車している数十台のダンプカー。
そして何よりも、それに積まれている物……戦国人らにとって見たこともない形状をした近代的な銃の画像……だった。
ご丁寧に、それらが上空から撮影され、情報を元に作成したのか、地図が重ねられ、布陣図までもが大写しに映し出された。
「織田軍と徳川軍は、ここから南の【設楽が原】に着陣しました。大量の物資は輸送車両を使って運搬しています。かれらの布陣はこちらの、【連吾川】という川の西側に位置し、東方をにらんで北に織田軍、南が徳川軍が、それぞれ鶴翼の陣構えで展開しています」
レーザーポインターを使って丁寧に説明していく三条ちゃん。
武田四名臣の内、高坂昌信は別戦地で不在だったが、馬場信春、内藤昌豊、そして山県昌景がスクリーンに見入っている。だれひとり、声ひとつ立てない。
構築物がクローズアップされる。
「織田軍は総数三〇〇〇〇、徳川軍は八〇〇〇。この建築資材はこの時代からすれば未来の建物の壁に使われる代物ですが、これをふんだんに使って長城ともいうべき強大な砦を造っています。今から壊しに行ったとしてももはや手遅れでしょう」
三条ちゃんの冷静かつ淡々とした言葉に、三人が「ぐう……」と唸る。
校合雑記という、後年に編纂された書物では、【チビ】などとディスられている山県に至っては、そのちっちゃい身体がさらに縮んで見える。
「どうした山県。小さく見えるぞ? というか見えんくらい小さいぞ?」
上杉スケカセ謙信が要らぬ一言。
「うるさいわっ。ここまで来たのに帰るんだろ? そりゃ残念じゃねーか、落胆ぐらいさせろ」
他の二人も無念そうに頷く。周りも同様の反応である。
「えっ? ちゃうねん!」
関西弁を言い放ったのは三条ちゃんだった。
「確かになぁ。兵数で比べても織田と徳川軍あわせたら三八〇〇〇やし、うちはたった一五〇〇〇。しかも相手はトーチカ配備の鉄壁な砦の内から未知の新火縄でバンバンうちらを狙い撃ち放題ときてるし。……やりようもないなぁ。撤退もしゃーないやんなぁ。三河くんだりまで一五〇〇〇も連れて来たってのに、ホンマしゃーないなぁ。これまで、無念の死を遂げた勇士もおったけども、どーしようもなく、しゃーないなぁ?」
感情が表に出た三条ちゃんは、関西弁で饒舌になる性質がある。
「敵が多いから、しゃーない? 守りを固められたから、しゃーない? そのような言い草をされると、我らも遺憾です」
山県がつい口答えすると、
「儂だって、帰りとうはないわ!」
こめかみに血管を浮かべて、馬場も怒鳴った。
「将は、被害を最小限にするのが仕事なのです」
内藤にいたっては、涙すら浮かべている。
ここで、
「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と言えますが、妙策が浮かびませぬ……」
と言ったのは、武田勝頼。彼は、東美濃の戦線を秋山信友に託し、秘密裏に三河戦線に合流していた。
「それや!!」
「うおっ、びっくりした!!」
三条の大声に、隣にいたスケルトンカセットが飛び上がった。
「……確かにこの長城、頑丈そうやけれどな。よく見てみ? ――ほら、ここや」
三条ちゃんが指し示した地点。
重厚であるはずの壁が途切れている。
なんと辛うじてながら人馬が通れるくらいの隙間があった。
「それに、ここも」
そこは鉄条網を張り巡らせている場所だが、ここは徳川家康の持ち場だった。
「家康は【えげつない】ビンボーさんやから、防備に関して結構甘々さんになったんちゃうかなぁ。このくらいやったら、ウチらの装甲車でも踏みつぶせるでしょう? 車輪はノーパンクやし」
内藤、馬場、山県が前のめりで頷いた。
「だ、だが。突破可能だとしても、兵力差は如何ともしがたい。いたずらに敵の虎口に飛び込むことにはなりませんか?」
またもや勝頼が口をはさんだ。
「勝頼。良い質問おおきにな。わたし、アンタみたいな息子がいてくれてメッチャ嬉しいわ」
と言うが、勝頼の方がずっと年上なのだから大きな矛盾が生じている。
それでも彼は、超絶美少女にウインクされてまんざらでもないデレ顔を晒している。二十そこそこの青年が、ようやく幼女期を脱したばかりの少女に翻弄されている様子に、周りは同情と憐憫の念を抱いた。ひとり、嫉妬心を燃やしたスケカセを例外にして。
「そう、兵力差なんやけどね。実は大丈夫やねん、これ、今朝行われた織田の軍議を録音したもんなんやけど」
ボイスレコーダーを再生すると、いきなり信長本人の声が飛び込んで来た。
『酒井忠次くん。アンタさ、家康くんに言われて頼み事しに来たのはわかるんだけどさ』
『なにとぞ、なにとぞ』
『いや、鳶ケ巣山砦に夜襲を掛けたいから、鉄砲兵三〇〇〇を貸せって? 決戦前にそんなの出せる訳ないだろーよ?』
『鳶ケ巣山砦を落としましたら、長篠城との往来が可能となります。敵の腹に大きな風穴を開けたに等しくなります。この戦の最大の目的が果たせられまする』
『ちょっと待て。それは徳川さんちの勝利条件でしか無いだろ。そのために、三〇〇〇の鉄砲隊を投入してくれってか。持ってる鉄砲ぜんぶ出せってコトじゃねーか。白昼堂々と寝ぼけた頼み事すんじゃねーよ。黙って金かけて壁を作ってろよ。家康にそー言っとけ』
目をつぶって聞いていた一同がいっせいに背筋を伸ばした。
「このような密談をよく押さえられましたな!」
「アンチ信長はどこにでもいるって話だ。そうだな、三条?」
スケカセがゆっくりと家臣を見渡した。
「……つまり織田が有する鉄砲は三〇〇〇ほど。、後は弓や槍、馬と車はそこそこ、全軍の大部分は歩兵。大したことないやろね」
「なるほど!」
一同の顔が明るくなった。
「これから、詳細な作戦を練りたいんやけど、その前に。……いつものアレ、やろ?」
「いつもの、アレ?」
美少女にそう言われ、理由もなく赤面し首を傾げた彼ら。
だがスケカセの背後に歩いて行った三条ちゃんを見て、ようやく分かった。
そこには御旗と楯無があった。
武田家では、三種の神器に匹敵するほどの代々の家宝であって、【御旗】は当時の皇家から頂いたいわゆる日章旗、そして【楯無】は、大物の鎧兜で、小桜韋黄返威鎧という物であったと伝承されている。が、別に当物語の大勢にはなんら影響しない。
三条ちゃんがその家宝に手を合わせ唱和した。
「御旗、楯無も、御照覧あれ!」
つられた一同も同じように手を合わせて唱和する。
「御旗、楯無も、御照覧あれ!」
三条は公家の出なので、天皇に類する品物には特別な想いがあるらしい。
「さ。ほんじゃ会議を始めよやんか!」
「おうっ」
スケカセ始め、三条ちゃん中心に一つにまとまった武田陣中であった。




