102話 長篠攻防戦①
それは、天正三年五月十六日朝の事――。
……って!!
何で天正なんじゃい!!
いっそ西暦一五七五年でいいだろ!
――とりあえず戦場だが、本陣でこの日オレ嫁の三条と【信長の野心】にふけっていると、オレの僕がなにやらゴチャゴチャ。ご注進だそうだ。
「上杉謙信さま。曲者を捕らえました」
ウザッ。曲者? どーでもいーわ、そんなもん。
と言いたいところだが、これ以上僕に辞められても困る。しかも今は敵地で戦の真っ最中だしな。
しかたなく三条にゲームの進行を任せ、その男を詮議する事にした。
衛兵らに囲まれ、二重三重の縄で乱暴に縛られている男。ご丁寧にさるぐつわまでかまされている。
浜松ならさぞ悦ぶだろうが、あの男のドM趣向なぞ、それこそどうでもいいわ。
で曲者とやら。
見れば、いかにも農民ふぜいのなりをしている。
「ただの農民じゃねーのか?」
「いえ。こ奴、夜中に関わらず街道を全力で走っておりまして、不審に思って声をかけると慌てて逃げだしました。とんでもなく脚が速く、捕まえるのに苦労いたしました」
「ほう」
じゃ、脚の速い農民じゃねーの?
オレ頭の中を読み取ったのか、衛兵が続ける。
「調べてみましたら、このようなものが…」
それは、一枚の薄汚れた紙だった。
内容は、
「奥平くん! 遅くなってすまん! あともう二、三日したら、徳川くんと助けに行くから。もう少し
頑張ってね!! 信長より」
これは、奴の字だ。
特に末尾のサイン、これは将来有名になった時のことを考え、一緒に練習した、あのサインだ。明らかに特徴が出ている。
庭に降りたオレは、男のさるぐつわを外してやる。
「教えろ。織田信長は北陸に向かわず、三河に来ているのか?」
「知らぬ」
「信長の有する兵の数は?」
「存じぬ」
「何かこう、変わった物を持ちこんでなかっか? たとえば筒状の?」
「見ませぬ」
「どこまで来ている?」
「ご自分でお調べください」
なんか、イラッとしてきた。いくら心優しいオレでも堪忍袋の緒が切れちゃうぜ?
オレがもしオマエなら喜んでベラベラしゃべ……らねーか。
うーむ……コイツの態度はもっともか。なんせオレは敵だからな。
しかし、利用するなら……。いい事を思いついた。
「どうかな? 長篠城の連中がなかなか降伏しないんでな。『信長は来ない。見捨てられたので降伏しょう』と言ってくれんか? 恩賞ははずむぞ」
「わかりました。城の前まで連れてってください……」
バカかコイツ。
「お前さー、よく考えろよ。誘導尋問に引っかかってんじゃねーよ。これじゃ『信長さまは三河に来ているぞー』って白状したのと一緒じゃねーか」
「…………あ」
「あ、じゃねーよ。……で城の前まで来てどーするつもりだった? 言ってみ?」
答えない。
アパパパ。
「叫ぶんだよ、城兵に。助けるためにさ? 何て叫ぶか、よく考えてな? いーか? 籠城しているオメーの仲間は、もう随分ハラをすかしてはずだ。でもガマンして頑張ってんだ。助けるために何て叫べばいいのか、分かってんだろーな? 念押しするぞ? オレは、お前の態度で信長がこちらに向かっているのを知った。だから大々的に罠を仕掛ける。……つまりどちらにせよ、ヤツはここにたどり着けない」
「ご厚情に感謝いたす」
ヨッシャーーー!!
クク、長篠が落ちたと知ったときの、信長の顔が見ものだな。
城前まで行くと、その男は喉をつぶさんばかりに叫び始めた。
「城内の者たち!! それがし、鳥居強右衛門である!」
モブにも名前があるんだな。
城内からざわつきが漏れ始めた。塀から覗く顔も見える。
しめしめ。非常によろしい。
「織田の援軍は!」
「はいはい。どうぞ〜〜」
辺りが、シンとなる。はいはい、チューモーク。
本当によろしい。
「織田軍はぁ、二、三日もすれば、援軍に駆け付けるぞー! 徳川軍も一緒だーっ! みんな頑張れーっ」
「うん、うん。そうだな、確かにそうだ……。えっ? えーっ!!」
スネかドラか知らんが、男の必死の声に周囲は水を打ったような静けさになった。
って、違うだ・ろ・う・がっ!
そーじゃねぇってばよォォ!
「みんな! 耐えよ! お味方の勝利は目前だ!」
だから、ちっがーうー!
「そいつを黙らせろ!!」
スネオ? のヤツはモミくゃにされながら消えていった。
この状況で、無いわー、無いわー!
あきれていると長篠城から呼応が。
「我は奥平貞昌であーる! あっぱれ命がけの伝令、しかと受け取った! 我らの勝利は、其方のおかげぞ! 皆の者、讃えよ! 鬨の声をあげよ!!」
鬨の声は地響きとなり、四方に伝播した。なんて感動。なんてドラマチック。最終回に主人公が最後の力を振り絞って強敵を粉砕したみたいな? てことはなんだ? アイツ、モブどころか今回の主人公か? あーそーなのか?
反対にオレの軍、みな首をうなだれてしまってる。
これは、うーむ。
この展開……オレ、もしかして悪役? 最低の人? 死ねばいいのに的な?
「これでもかという人数を投じて攻め殺せ。城中全員もれなく」
「……は。承知」
承知と言いつつ、グズっている。
「なんだ?」
「先程、あの者は舌を噛みきり、自害しました」
「そうか。素っ裸にして【ばか】と書いた札を首からぶら下げて川にでも流しとけ」
「は?」
「冗談だよ。……ヤツらの城門前に晒しておけ。あとは捨て置け。監視など要らん。ちゃんと武具をつけといてやるんだぞ」
スネちゃま。
捕まえられた時、覚悟してたんだろう。城兵に引き取らせてやろう。
不惜身命。
気分の悪い言葉だ。こうも目の当たりにすると、吐き気を催さずにはいられない。
気分転換が必要だな。三条と遊ぶとしよう。
本陣に戻ると、【信長の野心】のエンディングロールが流れている。
「三条ちゃん、統一しちったの?」
小さく頷く、三条。
そっかー。天下統一したんだー。
ふたりでの協力プレイで序盤の山は超えていたが、にしても早い。早すぎる。
「初めから始める?」
オレ嫁な三条ちゃんは、二度頷いてくれる。
彼女、オレが武田信玄してた頃に朝廷から嫁いできた娘なのだが。
うーむ、まだ十三歳なんだよなー。将来が楽しみなんだけどなー。
こうしてゲームやらせてみても、未知の物体に慣れるどころか「あっ」という間にクリアするし、イカスルメル星製の他の物品もすぐに使いこなすし。
ロングストレートな黒髪に、大きな瞳を向けてきて……。
あぁホント、将来が楽しみだぜ。
城攻めは、明日またがんばろう……。




