101話 豊穣楽土⑦
「武田勝頼はスケルトンカセット師匠の意のままに動いている。北の上杉か、南の武田か。どちらにスケカセ野郎がひそんでやがるのか」
近江・佐和山城に帰着した信長は台所で干し芋をかじりながら独り言を叫んだ。
スマホで息子信忠の現在位置を確認する。
「秀吉」
「は」
ピラリと差し出されたメモ紙を引き寄せ、手早く読み取る。
「……うむ。上出来だ」
「ははっ。有難き幸せ」
「丹羽くんからの報告じゃ、師匠はヘリで単身高天神城に乗り込み、城落としをしたらしい。つまりは現在、ヤツは高天神城付近にいる」
「決め付けは危険では?」
秀吉の後方に控えていた石田佐吉改め三成が口を挟んだ。
ギロリと彼を眺めた信長は説明を加えた。
「東美濃の明知城を攻めたのはパフォーマンスだ。明知城は前々ら内部工作で味方につけていたんだろうが、織田軍を引き付けるために「わざと」攻囲してみせたんだ。武田勝頼が率いる東美濃方面軍は、織田軍を引き付けるオトリの軍だ」
「だから。なぜそんなコトが言えるのですか?」
三成は、執拗に信長に食い付いた。悪気がある訳でなく、好奇心からだった。
信長は彼の目を見ながら、
「師匠の進軍速度がおかしい気がするからだ。それがヤツの大きな失敗だ」
「と申しますと、信長さま?」
秀吉も信長の推論に引き付けられている。
「能登七尾城に矛先を向けた上杉軍だが、こちらも足が速すぎる」
「そう言われると猪突猛進気味ではありますが」
「決戦を挑みたいのなら、ある程度オレの到着に合わせようとするはずだ」
「……まぁ。確かにそうですね」
「オレが北国街道を北上する動きを見せているのにかかわらず、だ。オレがヤツなら七尾城を包囲して焦らせ、手取川を渡らせて背水の陣になった織田軍を急襲する」
ズイ……と秀吉が彼の面前に膝をついた。
「承知。その作戦の見届けはそれがしが引き受けましょう。柴田に合力し手取川にて賽を振ります」
無言で首肯した信長はスマホに目を落した。
感涙の帰蝶がぐしぐしとカオを拭いながら通信画面に割入っている。
「三河殿(=徳川家康の事)は【三点セット】の準備をすべて整えておる」
「ああ、分かった。このやり取りは敵方も感知してるだろうから伝えておく。さらに悪い報せだ。松永弾正が天王寺砦を抜け出し、大和信貴山城に籠った。軍令違反だ」
「なんと! 毛利か?」
「おそらくは。ヤツらの水軍が大坂湾に集まっている。本願寺に次々と物資を運びこんでいる」
帰蝶とくっつき合い画面に食い入っている信忠が「うーん」と唸った。
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
「影武者、ですか?」
「そうだ。昔見た映画では【武田信玄】が影武者をしていたが、実際は上杉謙信が影武者だ」
若い女性にまとわりつかれ、得意げにしゃべっていたスケルトンカセット師匠に、武田の重臣、馬場信春が苦々しく意見した。
「お館さま。不可思議な物言いとみっともない痴態はお控えくだされ。家臣共に示しがつきませぬ」
「おお、スマンな。しかし信玄の頃よりオレの性分は変わらんでな、片目つぶってくれ」
遅れて現れた山県昌景は痩身に不釣り合いなほどの長尺の朱槍を肩抱えし、馬場の横に並んだ。
巨体の馬場との双璧で圧を加えられたスケカセ師匠(=上杉謙信兼武田信玄)は、不快そうにふたりを見上げて、
「ところで鉄砲はそろったか?」
と訊ねた。
「はい。お約束通りの数」
スケカセ師匠はニヤリと目を細め、
「信長の動きはつかんだか?」
「北国街道を進む織田軍は確認できました。信長らしき人物もいる模様です」
ちょっとキョトンとするスケカセ師匠。
おもむろに、女の子の胸に手を伸ばし、ピシャ! と叩き払われる。
「アイツ、分かってて策動してんのか? それともフザけてんのか?」
「あのー。そろそろバイト終了の時間なんで。上がりまーす」
今までくっついてた女の子が身体をほどき立ち上がった。
「お疲れ様。村長によろしくな。また来てくれよ?」
「……はぁ。オツカレサマです」
馬場と山県の肩が震えた。
「おまいら! 笑ったな?」
「いえ。少しも」
「いーや、笑った。オレをバカにした!」
拗ねてそっぽを向いたスケカセ師匠に閉口したのか、山県が「いっそカチ割ろうか?」と槍を彼の頭に振り上げた。
「お館さま。【三条】さまが明日こちらに到着されるそうです」
「な、なにっ? それを早く言えよオ!」
三条姫。
武田信玄時代に公卿から輿入れした美少女だ。
スケカセ師匠最大のオキニ、かつ、唯一の弱点であろう。
「とたんに目が活き活きしはじめましたな」
キモさ三倍増しですというセリフはグッと飲み込んだ。




