100話 豊穣楽土⑥
「パパ上! 武田軍が東美濃の明知城に進軍中との由。その数二万」
「ふがっ?! なんだと?!」
昼寝から飛び起きた信長が、興奮する息子を見上げた。
「パパ上。ボクが片付けてきます! 一言、行けとお命じください」
「ま、待て。武田は強敵だ。何が起こるか分からんぞ」
「だからですよ。ボクが先陣切らないと、家中は皆、武田に対してビビリまくりが直りません」
信長は渋いカオで唸った。
確かに息子の言う通り、彼も含めて慎重すぎると言うか、正直怖気づいている。
だがそれも仕方がない。なんせ相手はあの【スケルトンカセット師匠】なのだから。
しかし息子の意志は固そうだった。
よだれを拭った信長が戸棚から取り出したのは、九四式拳銃。旧日本軍が大量生産し、供給した和製銃である。細部がオリジナルと少し違うのは、いずこかで秘密裏に造られた模造銃だからか。
「これを持ってけ。あくまで護身用だ。違法モンだからな。戦場で再会したときに返してもらう。それまでしっかり預かってろ」
と言いつつ実はもう一丁隠し持っているが、それを今言う必要はない。
「有難うございます、パパ上。では行って参ります」
◇ ◇ ― ◆◆ ― ◇ ◇
信忠軍は進発した。
が、岩村城から押し寄せた武田軍によって攻囲された明知城は、城主が降参し、既に落城していた。
「武田の動きが早すぎる」
信忠が歯噛みする。
「敵方は輸送車両を使っている模様」
「それは我が軍も同じだぞ」
「しかしさらに敵方は【棒道】と言う高速道路を急ピッチで整備してまする」
無論、織田とて岐阜~京間の近江道は整備している。が、あちらは山間部、投じた資財は半端無いはずだ。
信忠は武田の【本気さ】に身震いした。
そこへ急報が入る。
「能登七尾城に向かって上杉謙信が進軍を始めたとのこと。いかがなさいますか?」
「くっそ。完全に後手後手だ」
北国を守護する柴田勝家は一向宗や、地域の反抗的豪族らをまとめるのに手いっぱいで、とても難敵上杉を迎え撃つ余裕などない。
「上杉・武田の同時二方面侵攻か。パパ上からの指示は?」
「特にはございませぬ。織田信長さまは三好退治で入京されていましたが、ご自身で軍を率い北陸に向かいました」
「そうか、じゃあボクも急ごう」
傍らに控える老臣の河尻秀隆が、
「お待ちくだされ。続報があり申す」
「なんだ?」
「武田軍が南下し、高天神城を陥したとの由」
「な、なにィ?」
明知城から高天神城まで令和時代の道路を利用したとしても、距離にしてざっと百五十キロメートル以上はあり、自動車でも軽く二時間ほど掛かる計算になる。
「どうやらヘリを使用しているみたいですね」
丹羽がスマホを耳に当てながら幔幕をくぐって来た。
「確認した機影は一機のみです。――が、高天神城に対して上空から機銃掃射による攻撃を喰らわせ、城はあっけなく落ちたようです」
「そのことをパパ上は知っているのか?」
「それは……分かりません。先刻から何らかの電波妨害でスマホが通じなくなっています」
信忠少年はうつむき、しかめ顔をした。
「儂の【ぱそこん】ならイケるぞ」
濃姫がノートパソコンを大事そうに抱えて現れた。そこからダラダラとバカ長いケーブルが垂れている。
「有線LAN!」
「信長に持たされたのじゃ。これを信忠に届けろとな」
濃姫からパソコンを奪い取るようにして床机に据え開くと、信忠は「あぁ」と安堵の息を漏らした。モジモジと背中をゆする。
「……ありがとう」
あさってを向いたままの、蚊が鳴いたのかと思うほどの小声だったが、それでも、その言葉を耳にした濃姫の目から滝のような涙があふれ出た。
「なんと。なんと! いま『ありがとう』と申したか?」
見た目幼女にしがみつかれた少年。
「オイ、コラ! ヤメてくれよ!」
「うわーん、ワシゃ嬉しいんじゃよォ! お前さんからそのような言葉をもらうとは! せっかくじゃから、ついでにハグさせてくれい! さらに母上と呼んでくれいっ」




