10話 いっそ半兵衛ちゃんで行っちゃいな
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 検索したら《半兵衛ちゃん》ってゆー、すっごい人気ウーチューバーがいるみたいだよ?!」
「なんと……!」
半兵衛ちゃん以下、三姉妹のユニット《TAKE-NAKA》の、「こんなところで踊ってみた」シリーズは、母星イカスルメルのJSたちの間で大はやりしているらしい。
「わーっ。カワイイっ。この子たち!」
「ち、ちょっとボクにも動画を見せてくれ」
名前は、半兵衛、重矩、重門。
見た目に反してゴリゴリのおっさん名だ。でも、れっきとした女の子集団らしい。彼女らもボクらと同様、地球人に成りすましてるのな。
「ウキキ。特に半兵衛ちゃん。お肌キレイで色白で、銀色メッシュ入りの黒髪がピカいちカワイイんですわ! この動画見て思わず拙者もファンになっちまいました」
「でもちょっと色白すぎないか? それに痩せすぎにも見えるしな」
市の手前、他の女の子をホメるのは遠慮しとこう。でも確かにカワイイな。
鎧兜をイメージしたアイドル衣装も相当金かかってる感じするし、何と言っても三人が一体になった絶妙なコンビネーションダンスがチョーカワカッコイイ。
「聞くところによるとですな、斎藤さんちの家来衆に安藤ってオッサンがおりまして。これが彼女らの所属する事務所の社長だそうで、この男、彼女らに《お父さん》って呼ばせて日々悶絶興奮気味だそうですよ」
「キモーイ。そんなのイヤー」
「ま、仲は悪くないようです。……である日、斎藤さんちの殿さん、龍興ってんですが」
「斎藤さんちか。帰蝶の例の息子だな」
「龍興は孫? じゃないですか?」
「どーでもいい。帰蝶が来ちまう。分かったから話を進めてくれ」
「は。……で、この龍興くんが道端で便意を催して……」
「は? 便意?」
「お城まで我慢できんかったんでしょう、野良〇〇しちまって……」
「……サイテーだな」
「サイテー。でもしょーがないよね」
偶然通りかかった三人娘は、つい殺意にも似た嫌悪感を抱いたそうで。
「……そりゃあ、な。お気の毒さまだが」
中年男の尻を見て喜ぶ女子などいまい。いまどき、職質通り越してセクハラ即タイホ、間違いなしだ。
「で、こんな殿さん追い出しちゃえー……と」
この話、帰蝶が聞いたらどーなるだろーな。可哀そうだし黙っとくか。
「……でもそんな簡単な事じゃないだろう? ボクが清須城取ったときは簡単だったけど」
それがやっぱり簡単だったらしい。
「安藤社長が斎藤龍興に企画を持ち込んだんでさ。《稲葉山城の天守閣で踊ってみた》って言う」
「企画って……そんな言葉、この時代の人間には通用せんだろが」
「握手会でさあ。龍興は日頃から彼女たちにウザく迫ってたそうでして、《生ライブ配信》とセットで握手会を彼に持ち掛けたところ、即OKになったと」
ライブ当日、機材のケースの中に《大きいお友達》を大勢隠して入城に成功し、お見舞いと称して斎藤さんちのプライベートルームを訪ねたという。
「お見舞い?」
「野〇〇事件以降、龍興は恥ずかしさのあまり引きこもりになってたんです。そこに殴り込みをかけたって話で」
ある意味もらい事故の感もあったのに、なんて不幸な斎藤龍興くん。多少の同情を禁じ得ない気がしてきた。
「これがその時の映像です。バッチリ収めてきました」
斎藤くんが殴る蹴るのトンデモ暴行を受けている……のかと思ったが、違った。
彼女らの前でヲタ芸の猛特訓をさせられていた。
『もうカンベンしてください』
大汗を垂れ流し、上がらなくなった腕をプルプルさせた斎藤くんが三人娘と安藤社長に懇願している。
『ライブ、いっしょに成功させましょう! 殿っ!』
『とのっ』
『斎藤さまっ』
さらに大きなお友達たちも観客として斎藤くんに声援を送っている。
『うんっ。がんばるよ。ゼッタイに明日のイベント、成功させよう! イエー!』
ムリヤリ言わされてるのでなくて、ものすごい恍惚の表情で宣言しているあたり、コイツも相当なレベルのアホだ。斎藤くんさ、アンタもうリッパなウーチューバーだよ。
「ところで、この動画撮ったの、サル?」
「ウキキッ。そのとおりでござる。出張代込みで二千円のバイト代を稼ぎました」
ボクと市は顔を見合わせた。
「お前、フツーにあの城に出入りしてんじゃん。どころか斎藤くんのプライベートにまで踏み込んでるじゃん。前回の猿の軍団作戦だっけ? あれ、何だったの?」
「ただの箕面観光でし。温泉サイコー。よかったっすぅー」
勝手に有休取ってやがっただけ。
「でさ、その後斎藤くんは結局追い出されたの?」
「いやー、あまりの辛さに自分で城から逃げ出しました。本気で彼を追い出したかったわけじゃなかった半兵衛ちゃんでしたが結果的にそうなっちまって。一部の視聴者から『やりすぎだ』って声が上がっちゃって。すぐにお城を返したそうですが、斎藤龍興へのお詫びとして、彼女ら三人娘ユニット《TAKE-NAKA》は、当面活動自粛と相成りました」
不幸事の配信で、逆にJSらの人気は急降下したそうだ。
「藤吉郎」
「キキ?」
「面白いじゃねーか。そのユニット《TAKE-NAKA》、ボクのとこに引っ張って来い。どうにかして活動再開させてやろう!」
「いいね、お兄ちゃん」
半兵衛ちゃんか。楽しみが一つ増えたなぁ。




