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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
7/46

「不可視の少女」

今回は短めです。

 窓外から西日が射す階段を下り、大河は下駄箱の前で急いで靴に履き替えた。昇降口が夕日の光を受け、麦畑のようにオレンジ色に染まっている。


 校舎を出ると、足早に校門に向けて歩く。今日はいつもよりだいぶ下校する時間が遅くなってしまった。時に、好桃はまだ部室にいるのだろうか。ふとそんなことを考えながら校門を通り過ぎ、自宅方向に足を向けた時だった。


 数メートルほど先、車道側の歩道の脇に立つ電柱の傍に、誰かが後ろ向きで立っているのに気づいた。思わず大河は足を止める。それは外国人の少女のようにも見えた。


 黒色のワンピースの裾が風に煽られてひらひらと揺れ、肩の少し上でカットされた水色の髪も同じように風に身を任せている。また、右側の頭頂部のあたりに黒い薔薇の造花が装飾品としてつけられている。後ろ向きで顔まではわからないが、背丈は中学生くらいに思えた。


 一瞬、少女から異様なオーラのようなものが放たれているような気がしたが、大河は咄嗟にその考えを捨て、きっと外国人の家族が日本に遊びに来ていて、彼女はその誰かを待っているのだろうと推測し、再び歩を進めた。


 そして、少女の脇を通ろうとした時、突然その少女が大河の方を振り返った。

 大河は少女と目が合い、その瞬間、目を見張った。


 ……それは夢で見た、あの少女だったのだ。その証拠として、やはり目に光がない。大河は東に向かって歩いていたから後ろから陽が射しているはずなのに、その藍色の瞳は陽光を反射していなかったのだ。

 また、その少女からは表情が見えない。まさに「無」の表情だった。まるで、肉体から魂だけが抜け出したかのように。

 何故、夢で見たはずの人物が現実の世界にいるのだろう。背筋をひやりと冷たい汗が流れ、身体中に戦慄が走る。恐怖に襲われ、大河はただ少女を見つめることしかできなかった。


 数十秒間見つめ合った後、大河は意を決して口を開いた。


「お前……誰だよ」


 掠れたような声になってしまったが、それに呼応するように少女も言う。


「私は、魔界からの使者。ずっと、お前を探していた」


 この瞬間、大河は直前まで感じていた恐怖を忘れると同時に、気分を害した。そんな中二話を聞かされる相手は高原だけで十分だ。恐るるに足らない相手だと判断した大河は、これ以上は話しかけないことに決め、少女を通り過ぎて再び帰路を歩き出した。


 そこへ、後ろから、


「おーい、大河!」


 と、呼ぶ声がした。


 大河は再度足を止めて振り向くと、片手で大きな本を抱えながら息せき切ってこちらに向かって走ってくる、高原の姿が目についた。


「良かった〜、間に合ったよ」


 高原は大河の手前で立ち止まり、安堵したような笑顔を見せた。


「やっぱりこの本、君に貸そうと思って」


 高原がそう言ってくるので、大河は顔をしかめつつ拒んだ。


「だから、いらねーよ」

「そんなこと言わないで、借りてよ。せっかく持ってきてあげたんだし」

「お前が勝手に持ってきたんだろ」


 ちょっとした押し問答をした後、高原がまた本を広げて、どうしても借りてほしいと言わんばかりに、中身のページを指さしながら説明を始めた。


「ここにね、夢の中で魔界に行った人の経験談なんかも紹介されてるんだよ。興味深いのは、国や地域はバラバラだということ。例えば、大河みたいに夢の中で負った怪我が現実の体にも現れていたり、夢の中で手に入れた財宝や宝石なんかが目覚めた時、枕元に転がっていたりもしたんだって」

「どうせ、後付けか何かだろ?」

「まあ、そう言わずに読んでみなって。何かわかるかもしれないよ?」


 満面の笑みで語る高原を見て、大河は逡巡する。


 思案した結果、大河は結局、それを家に持ち帰ることにした。と言うより、高原から強引に受け取らされてしまったのだ。大河は断わるのさえ面倒に感じ、泣く泣く首肯した。


 一通り話が片付くと、次に高原は不思議そうな顔で、きょろきょろと周囲を見回し出した。大河もそれがやけに気になり、


「どうしたんだよ?」

「大河。さっき、誰に話しかけてたの?」


 大河の問いかけに対し、高原が反問してきた。


「は? 何のことだ?」

「今このへんで、電柱に向かって『お前、誰だよ』って話しかけてたじゃない」

「あぁ、それなら……」


 大河は再び電柱の方を振り向いたが、そこに立っていたはずの少女はどこにもいなかった。一体、どこへ消えてしまったのだろうと大河も周りに目を配る。が、近くに誰かがいる気配は少しも感じられない。


 大河は再び高原の方を向いて、左手で後ろを指しながら言った。


「さっき、そこに変なやつがいたんだよ。お前も見ただろ?」

「……え? 見えなかったけど?」


 きょとんとした目で見つめてくる高原。大河も、訝しげに高原を見つめ返す。しかしいくら詳細を述べようとも、そんな少女はいなかったと彼は主張して聞かない。

 しまいには、大河の幻覚だとまで言われてしまった。


「きっと疲れてるんだよ。今日も、なんだか落ち着かない様子だったからね」


 勿論、大河は腑に落ちない。あれは絶対に幻覚などではないはずだ、と。


 その後、高原は調べものがあるからと校舎に引き返していった。大河ももやもやしたまま、今度こそ帰路に着いた。だが、その途中、ずっと考えていた。言うまでもなく、先程見た謎の少女のことだ。

 一体、あの少女は何者なのか? 何故、高原には見えなかったのか? 帰り道、大河は自宅に向かって歩きながら一人、思いあぐねていたのだった。

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