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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
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「中二病×眼鏡」

 花凛は二人を無視するように、静かに本棚のところに歩いていき、そこから数冊の本を取り出した。それらを机に置き、着席すると、そのうちの一冊を開いて黙読し始める。


 大河は、花凛とは今年から同じクラスだった。だが、新学期が始まってからまだ一週間しか経っていないため、互いに言葉を交わしたことは実質ない。好桃は何度か話しかけたようだが、「返事がもらえない」と言って嘆いていた。それを思い出し、好桃に対する日頃の意趣返しを思いついた大河は、花凛のところへ歩み寄った。


 花凛の傍に立ち、そっと横から彼女が読んでいる本の表紙を覗くと、『魔法の使い方』というタイトルが見えたので、大河は少々戸惑った。花凛も魔法に興味があるのだろうか。


 好桃が部長を務めている「魔法実証部」では毎週月曜日、魔法に関して書かれた文献をもとにして、その使い方などを実践するのだ。……と、大河は好桃から聞いている。大河は端から本気にしていないので、それを彼女が真剣な眼差しで話しているのを聞いた時は笑いを堪えるのに必死だった。


 本を熱心に読んでいる花凛も、好桃と同じように非科学的なことを信じているのだろうか。大河にはどうでもよかったが、好桃が他の部員を求めていたこともあり、もしかして興味を抱いてくれるのではないかと思い、花凛に声をかけてみた。


「奥山、お前も魔法に興味があるのか?」


 そう声をかけてから、十数秒。花凛は口を開くどころか、顔を上げようともしない。やはり、好桃が話していた相手は花凛のことなのだろう。そう思うと、好桃が少し不憫に思えてくる。しかし同時に面白くもなって、大河は続けざまに花凛に話しかけた。


「魔法実証部って知ってるか? 去年、俺の知り合いのやつが設立したんだけど、まだ部員が少ないらしいんだ。そいつ、今部員募集してるって言ってたから、入ったら喜ぶと思うぞ?」


 再び、数秒間の沈黙が流れた。だが、今度は花凛からの返答があった。


「……私は、個人の趣味で調べているだけ」


 ようやく彼女が言葉を発したことに大河は些か感動を覚えたが、しかし至って顔は上げず、本に視線を落としながら彼女は続ける。


「私は神秘を感じられるものが好き。魔法は神秘的な学問。あとは、天文学とかも好き」


 ――なんだ、ちゃんと喋れるのかよ。


 何故だか、大河は妙な安堵を覚えた。


 明日、好桃に教えてやったらどんな顔をするだろう。「悔しい! 私が話しかけても全然反応してくれなかったのに!」などと言うに違いない。そんな好桃の悔しそうな顔が脳裏に浮かび上がり、大河は明日が楽しみになった。


 好桃への土産話ができたところで、今度こそ帰ろうと大河は後ろを向いた。その時、少し離れた本棚の裏から顔だけ覗かせている高原が目に入った。


「何してんだよ」


 そう声を投げると、今度は完全に顔を奥に引っ込めてしまった。それは、好きな人に告白できず、遠くの木陰からこっそり見ているだけの少女のような行動にも見えた。それを見た大河は、ははあんと大体の事情を察知し、少しからかってやろうという感情が沸き起こった。


 大河は高原を無視し、もう一度、花凛の方を向くと彼女に声をかけ続けた。


「……面白いか? その本」


 花凛は微かに頷いた。しかし、一向に顔を上げようとはしない。


「あのさ……話しかけたらこっち見ないか、普通」

「大丈夫。読みながらでも聞こえているし、内容も一応理解している」


 大河の質問に花凛が淡々と答える。


 いや誤解されるだろ、とは思うものの、これが彼女の性質というやつかもしれないと大河は結論づけて、深くは追及しないことにした。これも、「面倒くさい」という大河の性質から来る傾向なのだ。


 それからはあまり話しかける気にならず、図書室の中に非常に気まずい静寂が訪れた。大河は帰る時機を失い、後には後悔だけが残った。ふとドアの近くの本棚に目を向けると、高原がまた顔だけを出して小動物を狙う狼のような目でこちらを睨んでいた。

 敵意を向けてくる意図がよくわからないが、とりあえず呼んでやろうと大河は、彼にここへ来るようにジェスチャーで示した。だが、高原は首を横に振る。その顔は戸惑っているようにも、困っているようにも見える。


 すると、大河の傍らで読書していた花凛が立ち上がる気配がした。大河はそこに目を戻すと、彼女は机に置いてあった数冊の本を棚に戻し、さっきまで読んでいた本だけを高原のところに持っていった。それを図書カードと一緒に提示し、


「借りる」


 と、一言だけ告げた。


「あ……うん」


 高原は、不意をつかれたようにあたふたして焦っていたが、これでも一応図書委員なので、貸出証明としてカードに印を押さなければならない。

 花凛から図書カードを受け取った高原は、ズボンのポケットから判子を出すと彼女のカードに押した。


「に、二週間後の月曜日まで有効だからね」


 カードを返す時に、高原は花凛に返却日を伝えた。


「ありがとう」


 花凛は小さくそう礼を言い、本を抱えながら粛然と図書室を出ていった。


 彼女が去った途端、一気に緊張が解けたように、高原は身体を昆布のようにふらふら力なく揺らしながら肩を落とした。


 その一部始終を目にしていた大河は、こんなにもわかりやすいやつがいるのかと逆に感嘆してしまった。だが、わかりやすい分、かけるべき言葉に迷う。直接、「お前、奥山のことが好きなのか?」と訊いてもいいが、想像し得るリアクションが普通すぎて面白味がない。


 妥協策として、わからないふりをしていよう。悩んだ末にそんな結論に至った大河は、図書室の中央辺りで恍惚と佇んでいる高原に近づいていった。


「何かあったのか?」


 気づいていることを悟られないように、なるべく自然な感じを装いつつ訊いた。すると、高原は体を震わせながら言う。


「大河……すごい魔力だよ。彼女の眼鏡は本物だから、魔力の量が僕のとは段違いだ!」

「…………」


 やっぱり話しかけなければよかった、と後悔する。いや、しかしこれで高原が花凛に対して好意を寄せているのはほぼ明確となった。先程の反応から見ても、それはもう言い訳できないレベルにまで達している。


「きっと彼女は魔王の右手……いや、もしかしたら彼女自身が魔王の化身なのかもしれない」


 ブツブツと世迷言を並べる高原を、大河は放置して帰ろうという気になった。恋愛感情でさえも魔力として捉えてしまうのなら、もはやお手上げだ。だが、それを頭から否定しようものなら、激怒されてしまうのは大河自身、身を持って知っている。高原は一度怒らせると、手がつけられなくなることが往々にしてあるのだ。


 一年時の昼休み、友人の山科やましなが高原の弁当箱から、彼の目を盗んでハンバーグを横取りしたことがあった。好物を盗られた高原は激昂し、フォークを持って「お前の目玉をくり抜いてやる!」と叫びながら山科に襲いかかった。その時、偶然大河の弁当箱の中にもミニハンバーグがあったので、それを高原に見せてやると、彼の怒りはピタリと鎮まった。


 結局、理解不能なことを呟いている高原を横目に、大河は彼をその場に残して図書室を後にした。やはり徒労であった。

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