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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
5/46

「夢と魔界伝説」

今回も、場面が長かったので2話に分けました。

後半もあとで出します。

 放課後、大河は静かに図書室の扉を開けた。


「やあ、大河。こんにちは」


 すぐに、高原たかはら幸太朗こうたろうが大河に声をかけた。


 来るのが早すぎたのか、この時期は利用者が少ないのかはわからないが、室内には他に誰もいなかった。中は静寂に覆われ、遠慮がちな換気扇の音が僅かに聞こえる程度だ。


 出入口付近で立ち止まっている大河を見て、高原は尋ねた。


「今日はどうしたの?」


 不思議そうな視線を送ってくる高原。

 眼鏡の奥の黒い瞳は、彼の綺麗な肌とよくマッチしており、艷やかな光を宿している。高原は男子でありながら、好桃が嫉妬するほどの美肌の持ち主であった。やや童顔ではあるのは隠せないが、顔の作りはかなり整っていて、眼鏡を外せばなお美少年になると大河は思っているが、あくまで高原は眼鏡に執着にも似た強い拘りを持っているらしい。

 その理由は、彼が考案したキャラ設定によるものだった。


 中学の頃、年に一度の視力検査があり、高原の視力が二・〇もあるのに大河は驚かされた。あとで本人に確認したところ、高原のかけていた眼鏡は偽物――つまり伊達眼鏡だったのだ。何故そんなものをつけているのか、と大河は何気なく彼に質問してみた。すると、


「眼鏡には魔力が宿るからだよ」


 という答えが返ってきたので、大河はドン引きしてしまった。


 それでも、何故か二人は馬が合い、今ではある程度のことなら相談できるくらいの関係にはなった。何故ここまで親しくなれたのか、大河にも全く不思議でならない。


「君の方から訪ねてくるなんて珍しいね。何かあったんじゃないの?」


 邪念の感じられない、少年っぽさが残る甘い声で高原が尋ねる。


「ちょっと相談したいことがあってな」


 大河も図書室のドアを閉め、前に進み出た。そして、にこにこしながら歩み寄ってくる高原を見た大河はふと気になり、訊いた。


「お前、今日は他に用事とかないのか?」

「大丈夫。本棚の整理してただけだから。あと、強いて言うなら今日は開眼の日なんだ」

「開眼?」


 高原の発言に、大河は怪訝な視線を返す。


「太陰暦では、今日は満月なんだ。満月の夜は、眼鏡に宿る魔力が特に増幅するからね。魔力があまりにも強すぎると失明してしまうから、定期的に眼鏡を外して魔力を解放してやる必要があるんだよ」


 得意気に熱く語る高原だったが、大河はまたかと肩をすくめ、それを聞き流す。


 このような妄想話は、高原との会話の中では日常茶飯事なのだ。適当に相槌を打ってやれば、大体は相手も納得する。ただし、そんな彼の空想の中の話を頭から否定しようものなら、怒りを買うどころの話ではなくなる。

 中学時代、この妄想語りを軽く馬鹿にしたら激怒されたので、それ以来、大河は彼に対して何も言わないようにしている。せっかくの美貌だが、この性格がすべて台無しにしてしまう。同情に値する、とさえ思えてくる。


 高原の話が一段落つくと、大河はようやく本題に入ることができた。不可思議な話なので、他人には話し難い内容ではあったものの、高原はその話を真剣な面持ちで聞いてくれた。


「……要するに、夢の中で怪物に襲われたら、現実でも同じところに怪我を負っていたんだね?」

「怪我っつーか……模様みたいなもんなんだけど。そんな話、聞いたことないか?」


 右手を顎に添えて「むぅ」と唸る高原。しばらくして、


「ちょっと待ってね」


 と言い、高原は本棚の奥に入っていき、数分後、一冊の分厚い本を手にして大河のところへ戻って来た。


「ここには『夢』についての記録が載ってるんだ」


 大河は、高原が差し出してきた本のタイトルを覗き込んだ。


 ――真っ赤な表紙の上部に『魔界と夢伝説』と金色の太い明朝体の文字が書かれ、いかにも胡散臭そうな雰囲気が漂ってくる。


「夢に関わる不思議な体験の記録は、結構残ってるみたいだよ」


 高原がそう言いながら本を開く。


「この本では、魔界伝説と関係があると説かれているんだ」

「……魔界伝説?」


 大河はまた眉をひそめ、訝しげな視線を高原に向ける。


 実のところ、大河はファンタジーについての知識が皆無で、神話などにも疎いきらいがある。

 幼少期は引きこもってゲームなどで遊ぶより、外を駆け回ることが多かった。好桃と一緒によく近所の山にも行ったが、その時に彼女から「魔剣ファンタジー」について語られたことがあった。昔から好桃も魔法に関する話や神話が好きで、熱心に語ってくれたが、大河にはどこ吹く風で、特に興味が沸くわけでもなく、内容もすぐに忘れてしまった。


 高原がさらに本のページをめくり、話し続ける。


「神話に基づく解釈によると、意識だけが魔界に呼び出されるらしいんだ。それを、その人は夢だと勘違いしてしまうんだって。ところで、大河が見たのはどんな世界だった?」


 大河は遠ざかりつつある記憶の綱をなんとか手繰り寄せつつ、もう一度、昨夜見た夢を思い出した。


「気がついたら、知らない森の中にいて……なんか、不気味な感じだった」

「森かぁ……確か、この本にも同じような夢を見たって人の記録も載ってたはず」


 何故か、嬉々としながらページを進めようとする高原を、大河は言葉で制した。


「けど、勘違いってこともあるだろ。そもそも、魔界なんてあるわけないし……」

「あるよ。この世界のどこかに、魔界へ続く扉があるんだ。それには三つの世界が関係していて……神と魔界の王の話、してあげようか?」

「いらん」


 大河にとってはすごくどうでもいい情報だ。所詮は神話の中の話だろう、と大河は取り合わなかった。

 しかし、次に高原は眼鏡の黒いフレームを触りながら、こんなことを語った。


「僕のこの眼鏡も、魔界とコンタクトをとるためのアイテムなんだよ」


 自慢気に言うが、大河はそんな彼のオリジナル設定は無視し、持論を述べた。


「でも……神話だろ? そんな何の根拠もない話、後世からいくらでも生み出せるだろ」


 しかし、高原は首を横に振るのだった。


「そうじゃない。魔界に行ったっていう見聞録が残ってるくらいだよ?」


 高原は「なんなら見せてあげようか」と言って、再び本を取りにいこうとするので、大河はすぐに引き止めた。


「いや、いい」


 また中二的妄想語りを聞かされるのは目に見えている。そんな時間は苦痛でしかない。しかも長々と力説されるので、場合によってはぶん殴りたい衝動に駆られる時がある。だが、今回は阻止できたからとりあえずはよかった、と思う。

 大河は一人でそんな心境に浸っていると、不意に高原が真剣な顔でこんな言葉をかけてきた。


「でも……考えてみると、大河がこんなこと訊きに来るなんて珍しいね。君、何事にも無関心なのにね」

「ちょっと気味が悪くてな……」


 大河は答えながら、高原から目を逸らす。


 気味が悪いと言えば、もう一つ気になることがある。夢の中に現れた、あの少女だ。どこからどう見ても、あの風貌は日本人とはかけ離れていた。それどころか、人間と言えるかどうかも怪しい。目に光がなく――要するに不気味だったのだ。何故、会ったこともないのにあんな少女が出てきたのだろう。

 そのことについても大河は伝えようとしたが、いや待てよ、と寸前のところで踏み止まった。話しても、彼とてわからないと言うに決まっている。


 どうしたものか……と思いを巡らせる大河の顔を、高原が今度は不思議そうな顔をして覗き込みながらこう話しかけた。


「どうしたの、大河。苦虫を噛み潰したような顔をして」

「どんな顔だよ」


 大河は高原からの視線をかわすように顔を上げた。高原は依然、レンズの奥の丸くて黒い瞳に無垢な光を携えて、心配したような視線を送り続けてくる。


「だって、難しそうな顔してるから。他に、悩み事とかあるの?」

「あぁ……何でもねえよ。ストレス溜まってるのかもな」


 しつこく訊かれるので、大河は適当に答えた。しかし、それが大河の予期せぬ方向へと話の軌道を変えたらしい。


「もしかして……まだあのこと、気にしてるんだね?」

「あのこと?」


 再び大河が怪訝そうに高原を見ると、眼前の自称眼鏡に魔力を宿す少年は言った。


「部活、辞めちゃったじゃん。君が悪いわけじゃないのに……」

「その話はやめてくれ」


 心配する高原の言葉を、大河は何かから逃れるような口調で遮った。

 思い出したくない、という言葉だけが大河の脳内を駆け巡る。


 理不尽な過去。ずっと記憶装置の底に残滓のように焼きついている、削除できるなら直ちに消し去ってしまいたい憎むべき出来事。それを、今さら蒸し返されたくはなかったのだ。


「……ごめんね」


 どうやら高原に悪気はなかったようで、すぐに謝ってきた。何も答えない大河に気を遣ってか、今度は手にしている本を差し出してくる。


「これ、良かったら貸そうか?」

「べつにいいよ。そこまで気になってるわけじゃねえから」


 大河は両手で本を押し返すと、高原に背を向けた。


 少し気になったから訪れただけで、最初からそこまで丹念に調べるつもりは毛頭なかった。それに、荷物にもなる。というのは建前上の口舌であり、大河にとって「調べる」という行為自体が「面倒」という言葉の代名詞だったからだ。

 あれはただの悪夢だった。右手の模様も、きっと誰かの悪戯に違いない。実際、二つ年下の妹には寝顔に落書きされたことがある。そういうことにしておいて、自分を無理やり納得させた。そしてあっさりと片付け、なかったことにする。何もしなくていいに越したことはない。


 大河の怠惰癖は今に始まったことではないが、部活を辞めた頃を境に、さらに酷さが増していった。


 大河が出入口の方に歩き出そうとすると、


「帰るの?」


 と高原から声をかけられたが、大河は振り向かずに答えた。


「あぁ」

「じゃあね!」


 高原の少年声を再び背に受けながら大河は出口へ向かって歩いていき、図書室の戸を開けようとした。その直前、いきなりドアが開かれたので、大河は驚いて動きを止めた。中に入ってきたのは、奥山花凛だった。

中二病じゃないやつが中二病キャラを描くとこうなった。

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