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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第二部 TWINKLE TAILⅡ
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「エピローグ 〜Twinkle days〜」

 アパートの一室に入ると、リビングの電気をつけて時間を確認する。時計の針は六時過ぎを示している。父親はもう、起きてきて朝食をとっている頃だろうか。いや、もしかすると一睡もしていないかもしれない。どれほど心配をかけたかしれない。やはり早く帰らなければ、と気が焦る。


「じゃあ、俺はもう帰るからな」


 大河はそう言いざま、踵を返そうとすると、廊下を進んでいた好桃が予想していませんでしたと言わんばかりに激しく振り返り、廊下に響くほどの声で呼び止めてきた。


「待って、大河くん!」


 見れば、好桃は自分の部屋のドアノブに手をかけ、大河に手招きしている。

 大河は、その様子を見て好桃の意中を悟るや、溜息を漏らす。


「……少しの間だけだぞ?」


 と言って、仕方なく彼女のところへ行った。好桃は安堵したように笑い、部屋の中に大河を入れる。


 好桃がベッドに腰掛け、大河もその前に胡座をかいて座った。


「今日はね、どうしても大河くんに話しておきたいことがあったんだ」

「それ、今日じゃないといけないのか?」


 彼女の言葉に、様々な疑問を抱いた大河はなかんずく気になることをきいたが、好桃は即座に頷くのだった。


「うん。どうしてかは自分でもよくわからないけど、今日じゃないとダメな気がするんだ」


 天井の蛍光灯に目をやりながら、好桃は静かに語り始めた。


「私、物心がつく前に両親が亡くなって……だから、顔とか全然覚えてないんだよね。写真で見るくらい……。それでね、小さい時にお母さんの妹、叔母さんに引き取られたの」

「……知ってますけど?」


 今更のように自分の生い立ちを語る好桃が、大河は全く理解できなかった。しかし、好桃は穏やかな口調で続ける。


「そこまでは、大河くんも知ってるよね。でもね、実はまだ言ってなかったことがあるなって思って……」

「言ってなかったこと?」


 大河は、俯きがちに話す好桃に、怪訝な視線を送る。


「その叔母さんがね、亡くなる直前、教えてくれたんだ。この世界には、人を笑顔にする特別な魔法があるんだって。だから、何があっても笑っていなきゃダメだって……。そうすれば、自然にそれが使えるようになるんだって」


 それを聞いていた大河の頭の中を、ある記憶の片鱗がふと過ぎった。この間、誰かが教えてくれたような気がする。それが、好桃の夢なのだと。


 好桃は、どんな時も笑顔を絶やさなかった。大河のように、誰かのせいにして逃げることは絶対にしなかった。

 彼女は強い……自分よりも、他の誰よりも。


 大河は、己の胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じ、それが身体中を駆け巡って、目尻から溢れ出してくるように思えた。それが何かはわからない。ただ熱いだけの……何か。

 ぼやける視界の中、好桃はいつも通り微笑んでいる。それが、今日は異様に眩しかった。


「私、その魔法がホントにある気がするんだ。だから、あの言葉を信じて、それをずっと研究してる」


 好桃はベッドから下り、大河の前に座った。そして、大河の右手を両手で強く握りしめる。


「もしも、それが見つかったら……大河くんも笑顔にできるね!」


 好桃の笑顔が、今の自分を照らしてくれている――大河はそんなふうに感じた。「嘘」という言葉が最も似合わない、陽の光のもとに生きている向日葵のような笑顔。

 それを、大河はまともに見ることができなかった。直視してしまえば、あまりの眩さに視力を失ってしまいそうに思われたのだ。


 好桃はヘンテコな部活を設立し、中二病的なことを豪語して、時間を無駄にしてきたわけではなかったのだ。人を笑顔にできる魔法を、探し続けていたのだ。ただ、大河にもわかった。その魔法は、必ず現実のどこかに存在すると。好桃が、それを証明してくれたのだ。


 好桃は部屋の壁掛け時計を見やると、卒然と話題を変えた。


「あ〜、お腹空いたな。大河くん、何か作ってくれる? そうだ、また一緒に作ろうよ!」


 好桃はそう言ってから、立ち上がると嬉々と足を弾ませて部屋を出ていった。

 言われてみれば、昨日の昼に軽い食事をとって以来、ずっと飲まず食わずであった。まさかここまでの長丁場になるなど想定もしていなかったため、戦いによる疲れよりも、空腹の方が甚だしかったのは言うまでもない。


 だが、しばらくの間、大河は呆然とその場に座ったままじっとしていた。


 何気なく自分の手に目を落とすと、右手の甲にあるはずの魔法陣は跡形もなく消えていた。あの時、虚を突くようにジカルが手を握ってきたのは、あの傷を消し去るためだったのか。今となっては、それすらもわからない。


 大河はこれまでにも、幾度も好桃の行為によって救われてきた。ただ、恥ずかしさが勝って言えなかっただけで、本当は数え切れないほど彼女には感謝しているのだ。


 ――この機会に、素直に伝えるべきだろうか。


 高鳴る鼓動を抑えつつ、大河も決然と立ち上がり、開け放たれたドアから部屋を出た。


 キッチンへ行くと、好桃がすでに料理の用意を始めている。


「あ、大河くん。包丁の持ち方、どうやるんだっけ?」


 大河に気づいた好桃が、陽気に声をかけてくる。


「なあ……好桃」

「え、何?」


 大河の声に、好桃は手を止める。不思議そうな瞳をこちらに向けてくる彼女に、さらに大河は歩みを詰めた。

 すっと、息を吸い込む。そして口を開きかけた刹那、思わず出かけた言葉を呑み込んだ。


 やはり、自分の柄には合わない。好桃は、そんなことは望んでいないはずだ。

 大河は小さく頭を振り、


「……いや、何でもない」


 言うと、好桃の傍に立った。


 ――今はこうして、一緒にいられるだけでいいんだ。いつか時が来たら、伝えよう。その時には、俺もすべてを許せるようになっているかもしれないから。



***



 しかし、大河は翌日になっても引きずっていた。言おうと決心まではしたが、寸前でいつもの理性が働き、言えなかった。


 前日はともども疲れ果て、家に帰るや倒れるように寝てしまったため、学校を休んでしまった。父親や姉たちは心配はしていたものの、大河が帰ってきてくれたことが嬉しかったのか、ことさらに咎めたりはしなかった。


 結局、二日も続けて学校を休んでしまったことになる。大河は、今日こそはといつものように弁当を拵え、家を出る。


 アパートまで好桃を迎えにいき、彼女が降りてくると無言で歩き始めた。好桃はそれを追いかけるようにして大河の隣まで来ると、同じ速度で歩く。


 話を聞くと、好桃も昨日は学校を休んだようだった。結紀や花凛、桃山はどうか知らないが、無理もないだろう。先の早朝、一緒に朝食を作り、二人でそれを平らげてから大河は憑かれたように重い足を引きずって、帰宅したのだ。正直、彼にはそこまでの記憶しかなかった。気がついた時には、自分のベッドで寝ていたのだ。


 二人は並んで校門をくぐると、同時に大河はある種の懐かしさを覚えた。爽やかな風の匂いが鼻をくすぐり、これが現実だと教えてくれる。昨日までの非日常から、日常へと帰ることができたのだ。それが今更ながらに、感動の渦となって彼の心を占める。おそらく、好桃も同じ気持ちだっただろう。


 教室に入ると、周りの視線が少し気になったものの、大河は構わず壁際の最後列の席に腰を据える。その直後、真横から視線を感じた。それも、かなり至近距離からだ。だが、その相手は容易に察することができた。


 顔を上げてそちらを向くと、好桃が自分の席に行かず、じっとこちらを凝視し続けている。


「何だよ……」

「ううん、なんとなく」


 好桃は見惚れるように頬を僅かに紅潮させ、大河の顔にまじまじと見入っている。間近から見つめられ、大河もきまりが悪くなる。その時だった。


「ありがとう」


 そう声に出したのは、好桃ではなく、大河自身であった。自分でも意図していなかったため、やや戸惑ってしまう。だが、言われた当人である好桃は、しっかりと大河を見据えたままだ。二人はしばしの間、視線を交わし続けた。


「よう、何やってんだ?」


 と、そこに陽気な声がかかる。

 大河が前方を見やれば、山科が揶揄するかのごとく、にやにやと笑みを隠しもせずにこちらを見ていた。咄嗟に大河は目を逸らすと、


「何でもねえよ」


 と、素っ気なく答えた。


「へえ」


 一方、山科は笑うのをやめない。それどころか、さらに二人をからかうように詰り出した。


「もうお前ら、付き合えよ」

「はっ?」


 大河は急に顔を赤くし、山科を見据えた。連続で欠席した友人を心配するでもなく、会って開口一番がこれだ。大河は好桃の方に向き直る気も起きず、ただ山科をどうやって懲らしめてやろうかと考えていた。


 そこへ、教室の前方扉から入ってきた結紀が通りかかるのが見えた。大河は不意に結紀と目が合い、さらに固まった。間が悪いところで出くわしてしまったものだ。すると、結紀が顔を伏せて「クスッ」と小さく声を上げるのが聞こえた。


「てめえ、今笑っただろ!」

「はい? 笑ってないですけど?」


 大河の怒号に対して返す声も、どこか嘲笑しているような響きを孕んでいた。


「なになに、何の話ししてるの〜?」


 そこに、さらに火に油を注ぐように、明るい声を上げ、朱奈がスキップしながら寄ってきた。朱奈は、紅顔している大河を見るや、おおよそのことを察したように目を細めて、嗜虐的に微笑んだ。


「ほうほう。これが修羅場ってやつですか」

「うるせえ!」


 大河はすぐさま、朱奈にも怒りの声をぶつけたが、無駄であった。


「ほらほら、好桃ちゃんも赤くなってるよ?」


 見ると、たしかに好桃も上気したように頬を染めている。そこにとどめを刺すかのごとく、山科は言った。


「やっぱお前ら二人、お似合いだと思うぜ? 片意地張ってないで、さっさと付き合っちゃえよ。というより、もういっそ入籍しろ!」

「ノリで入籍!」


 山科の肩を持つように、朱奈も二人をからかった。


 大河が、自分の身体中に熱が走るのを抑えきれずにいると、今度は斜め前から視線を感じ、伏せていた面を上げると花凛が立っていた。相変わらず気配がなく、いつからそこにいたのかも定かではない。花凛も大河を凝視していた。ますますやりづらい。


「お前、いつからいたの!?」


 山科も、花凛の存在に今気づいたらしく、彼女を見て大仰に驚いた。

 さらにそこに、後方からドアが開く音とともに、


「こんにちは。大河いる?」


 という、気が抜けるような声が響いてきた。

 大河は後ろを振り向くなり、高原を睨み上げた。そのただならぬ剣幕に、高原は肩を竦める。満座からは笑いが漏れ、大河もつられて破顔した。


 これが、幸せというやつなのだろう。こんな他愛もない日常を、自分も知らず知らず求めていたのかもしれない。ここにいる皆が、ずっと笑顔でいられるように、俺も笑っていよう。


 裏切りも、欺瞞も、嫉妬もない世界の実現は難しくとも、こうして馬鹿みたいに笑っているやつもいる。この先のことなど考えもせず、「今」だけを楽しんでいるやつらもいる。


 ――俺も、笑ってていいのかな。


 大河の心は、不思議なくらいに温かみを帯びていた。


 ――いつか誤解を解いて、あいつらともまた仲良くなれるかな。


 そう思った途端、どこか遠くで、かつての仲間たちの笑い声が聞こえてくる気がした。




これにて完結です。

7ヶ月間、ありがとうございました。

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