「光剣」
リビングに戻ると、好桃が心配そうに駆け寄ってきた。
「大河くん、どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとな」
不安げに尋ねてくる好桃に対し、大河は適当にはぐらかした。
「結紀ちゃん、もう帰っちゃったの?」
「……あぁ」
「うーん、食べた感想くらい、聞かせたかったんだけどなー」
テーブル上は、結紀が作ってくれたという料理で彩られている。栄養のバランスがよく考慮され、かつきれいに整然と盛りつけられている。それを見て大河も、悔しいが見習わなくてはならないな、と思った。
味も申し分なく、どれもこれも絶品だった。あんな性格に似合わず、女性らしいところもあるんだなと食事をしながら、また大河は感心する。しかし……やはり悔しかった。
食べ終わり、好桃と二人で食器を洗った。大河は自分でやるからと言ったが、好桃が「洗い物くらいならできる」と言って聞かないものだから、一緒に洗うことにしたのだ。どうやら、自立する気はあるにはあるようで、大河は少し安心した。
結局、食事中は何も話せなかった。大河が話しかけても、好桃は食べることに夢中で、一言も口を利いてくれなかったのだ。
気がつけば、好桃はソファー近辺で猫と戯れている。洗い物はどうした、と呆れながらも、大河はそれを見ていた。そして水を止め、好桃のところに行く。
その時、玄関の戸が開く音が聞こえた。
「あ〜、疲れた。兄ちゃん、今日は部活の子たちと食べてきたよ」
とても疲れた調子で愛玖空がそう言いながら、リビングの戸を開けた。好桃が愛玖空に気がつくと、真っ先に声をかける。
「愛玖空ちゃん、おかえり!」
「あ! 好桃ちゃん、来てたんだ?」
好桃と目が合った途端、いつものように元気の権化という感じで、妹の顔は明るくなった。単純なのか、純粋なのか、大河はやや心配になる。悪い男に引っかかりやしないかと、最近はそればかりを特に考えてしまうが、本人にはもちろん言ったことはないし、今のところは誰にも口外していない。
「見て見て! この猫、可愛いでしょ?」
白猫を抱きかかえながら、嬉しそうに好桃が言うが、愛玖空は訝しげに首を傾げた。
「えっ? 猫なんてどこにいるの?」
好桃は驚いたように、猫と愛玖空を交互に見る。
「だって、ここに……」
しかし、愛玖空は何も見えないように、リビングを出て、シャワーを浴びに行ってしまった。
それから、好桃はソファーに座り、猫を自分の膝の上に乗せていた。
「愛玖空ちゃん、どうしてあんなこと言ったんだろ……?」
沈んだように顔を暗くする好桃に、大河は横から声をかけた。
「今日は、もう帰れよ。送っていってやるから」
「うん、ありがとうね」
少し元気を取り戻したのか、好桃はそう返事をして立ち上がった。
二人は家を出ると、アパートに向けて歩き出した。猫を家に置いてきたためか、好桃は俯きながら大河の横を黙って歩いている。
「飼い主、本当に見つかるかな……。やっぱり、私が飼っちゃ駄目?」
彼女はまだ、あの猫が普通の猫だと思っているのだろうか。大河はどう切り出せばよいのかわからず、しばらく言葉が出てこなかった。
「あのなぁ、お前も【ツインクル・テール】のこと調べたんだろ? 神話では、二本の尻尾を持つ猫みたいな魔物として描かれてるって」
「じゃあ、あの猫が、ジカルちゃんの言ってた【ツインクル・テール】ってこと?」
ようやく理解できたらく、得心したような視線を大河に向ける。
「早くジカルに知らせたいけど、あいつ神出鬼没だしなあ……。とりあえず、あの猫から目を離さないようにしなきゃな。と言いつつ、置いてきたばかりだけど……」
「どうして、目を離したら駄目なの?」
好桃の疑問は、もっともだと大河は思った。そして今日、家を開けた理由についても彼女に話しておこうと思った。
「今日、ジカルに指示されて厄封山に行ってきたんだ。そこであいつが言ってたんだよ。魔物が【ツインクル・テール】を狙ってるって。【ツインクル・テール】を殺せば、この世界を征服できるらしいってことも聞いた」
「じゃあ……学校にも連れてきた方がいいかもね」
思いの外、好桃の飲み込みは早かった。彼女の意見を聞いて大河は、納得する反面、大丈夫なのだろうかという不安も抱いた。それが顔に表れていたらしく、
「どうしたの、大河くん。苦虫を噛み潰したような顔をして」
と、好桃は言ってくる。
「何でもねえよ」
大河は彼女から目を逸らし、夜空を仰いでいた。
それでも、一応はそうした方がいいだろうと思案した結果、好桃の提案を受け容れることにした。こうして、学校がある日は【ツインクル・テール】も一緒に連れていこうという約束を、彼女と交わす。
愛玖空に見えなかったということは、あの猫の姿もおそらく《魔視》を持つ人間にしか見えないのだろう。《魔視》を持つ者がそこら中にいるとは思い難いため、連れて行っても特に問題はなさそうだと大河は考えたが、それでも十分に注意を払わなければならない。
大河は好桃をアパートの部屋まで送った後、自分の家に引き返していった。何故か、いつもより足取りは軽かった。もうすぐ普通の日常生活に戻れる……そんな期待が、どこかにあったからかもしれない。
***
自宅に戻ると、大河は玄関の扉の取手に手をかけたところで、一瞬止まった。そして周りに誰もいないことを確認し、庭を裏手に回った。縁側の窓はカーテンが閉まっている。
そこで、大河は改めて自分の右手を見た。甲のところに、くっきりと刻まれている魔法陣。
大河は、その星を左手の人差し指でなぞった。するとすぐに、魔法陣が白く輝き出し、めくるめく回転しながら光の粉を散らし、拡散する。そうして、光は一点に凝集し、一本の白い剣に化身した。
大河は剣の柄を握って夜空にかざした。今日は月は見えないが、それでもその剣は白く淡い光を湛えている。名前は知らないが、よく見ると柄の装飾も、鍔の部分に嵌め込まれた真紅の宝玉も、見事なまでに美しい。
――《ツインクル・ソード》
これまでほとんどファンタジー世界に触れてこなかった大河が考えつく名称と言えば、それくらいしかなかった。ただ、いつまで眺めていても飽きない、そんな気がする。
最初にこれを振るった時、どこか快感があった。自分が今まで求めてきた快楽が、自分自身を操っているのではいか、とさえ今では思える。己の力だけでは制御できない何かが、あの時は確かにあった気がしたのだ。
これを握った時の感触、力任せに魔物に斬り込んだあの感覚。すべてが気持ちよかった。自分で自分が恐ろしく思えるほどに、心地よかったのだ。
大河は柄を握っている手の力を強めた。すると、さらに剣に宿る光が濃くなった気がした。
――この剣は、生きてる。俺を、俺を……支配してるのか……?
大河は不意に得も言われぬ恐怖を覚え、剣を下ろした。
右腕が俄に痛む。二メートルはあろうかという巨大な剣を前に、己の無力さを見せつけられたような心地がした。
「リ……ストリング」
小さく、大河はぽつりと呟いた。
剣は再度輝き出し、今度は白い一閃の光と化して大河の右手に吸い込まれた。後に残ったのは、見るも悍しい赤色の五線だけであった。
一呼吸つき、大河は暗澹たる空を見上げた。夜風に当たり、目を瞑る。草木が風にそよぐ音、夜鳥や虫の声。それらに耳を傾ける。こんな時間が、永遠に続けばいい、とすら思えてくる。しかししばらくして、玄関の方から父親が帰宅する声が聞こえたので、大河は気がついてそこへ戻っていった。
やはり早いところ【ツインクル・テール】の問題をなんとかしなくては、という焦りが、大河の疲弊した足の動作を軽やかにしていた。
段々とファンタジーっぽくなってきたかな・・・?
あまりそういう作品に親しんでこなかったんで、よろしければアドバイスなど頂けますと幸いです。