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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
3/46

「不穏な胸騒ぎ」

 好桃すももが制服に着替え終わると、二人はともに外の廊下に出た。寒くはないが、温い風が制服から露出した部位に当たる。好桃が部屋に鍵をかけると、また一緒に階段を下り、高校までの通学路を歩き始める。二人の通う高校も、このアパートから徒歩十分圏内のところにあるのだ。


 通学途中、どこからか電車の警笛が聞こえ、小鳥たちのハーモニーが春の来訪を伝えるように届いてくる。好桃はその声に耳を澄ますような仕草をしながら、周りの景色を眺めつつ歩いている。


 好桃にはどことなく幼稚園児のような気質がある。海のように澄みきった青みがかった黒い瞳に加え、栗色の髪、フルートのように甘く細い声音。それらすべてが、彼女が持つあどけなさをより一層濃くしているように感じる。言動もどちらかと言えば子供っぽい。


 これは、大河には不思議でならないのだが、彼女は同学年の女子に限らず、男子にも意外なほど人気がある。大河が最もよく話す同学級の男子曰く、「妹みたいで守ってあげたくなる」ということだそうだ。

 ただ、一般的に見れば確かに「可愛い」のかもしれないが、大河からしてみればこんな面倒くさい妹ならいらないとも思う。


 好桃は、ブラウンのブレザーと折り目の間から黄色と濃緑のギンガムチェックが覗く同色のスカートを揺らし、急に鼻歌を歌いながらスキップをし始めた。


 大河も、黙ってその隣を歩く。すぐそばでスキップしているやつがいれば多少恥ずかしくもなるが、近くに通行人がいるわけでもなかったから、黙っておくことにした。それから、特に話題もないので口を開くことなく、欠伸を噛み殺しつつ大河は歩を進める。


 大河の眠気を嘲笑うかのように、吹いてきた南風が彼の頬を撫でていく。


 なんとなく、気分的に何も話したくないというのも理由の一つだった。このまま学校に着くまで話しかけられなければいい……と大河は心の内で密かに願っていたが、そんな些細な期待は数秒後に呆気なく裏切られた。


「そうだ。大河君、今日のお弁当は?」


 好桃がスキップをやめて、振り向きざまにそう尋ねてきたのだ。


 彼女の弁当はいつも大河が用意している。父が早朝から孤児院に行って不在のため、毎朝、自分と妹の分の弁当を用意するのだが、そのついでに好桃の弁当も作っているのだ。つまり、好桃は料理を一切しない。毎週、決められた曜日に大河が彼女に夕食を作りに行っているのもそのためだ。料理どころか、掃除に洗濯、彼女の分のほとんどは大河がやっていたりする。

 周りの目からは、実の兄妹のように見られるほどだ。しかも当の好桃は自覚ゼロで、常に大河に頼りっきり。まるで、自立する気配すら微塵も感じさせない。


 そんな生活を始めてから、早一年。


 だが、今日は好桃本人から朝早くに呼び出されたため、何も持たずに出てきていた。大河はそのことを、冷え切った卵焼きのような冷たい一言でまとめた。


「ねーよ」

「えぇっ、なんで!?」


 好桃の驚きの声が、路地に響く。どうやら、これも自覚がなかったらしい。それがわかった途端、大河はさらに落胆した。


「お前がすぐ来てくれって呼び出したんだろ。今日は購買で買えよ。あ、これを機に明日から作って来なくてもいいか?」


 彼女にさっさと自立してほしいとかねてより思っていた大河は、試しにそう言ってみた。

 しかし、好桃には何ひとつ伝わらなかったようだ。


「そんなこと言って。明日も作ってきてくれるんでしょ? 大河君は、好桃の未来の旦那さんだもんねー」

「あんま調子乗ってると、ほんとに作って来なくなるからな」


 大河はそう言いながら、そっぽを向く。


「もう、ほんとに大河君はツンデレさんだね〜」


 好桃がからかうように言うと、大河の眉間にさらに皺が寄った。


 大河は、その言葉が嫌いだった。本来、「ツンデレ」とは女子の性質であり、男子の性質ではないと思っているからだ。


「ところで、今度はいつ掃除に来てくれるの?」


 すっかり話す気を失ってしまった大河は、好桃の発言を無視し始めた。それでも尚、彼女は彼の心中など意に介さないように話し続ける。


「そうだ。今日、また晩ご飯作りに来てくれない? 今のところ週一で来てくれるけど、これから増やしてもらっちゃ駄目かな?」

「…………」

「あれ、もしかして怒ってる?」

「…………」

「もう、ごめんって〜」


 好桃は、何も言わない大河の腕に両手で縋りつくようにしがみつきながら、子猫のような目で彼の顔を見上げた。

 すると――


「あれ。この包帯、どうしたの?」


 好桃が、大河が右手に巻いている白い包帯の存在に気づいたのだ。

 大河はややひやっとして、


「あ……いや、これは。ね、猫に引っかかれたんだ」


 咄嗟に口をついて出たのはそんな嘘だった。


「でも……大丈夫? 見た感じ、かなり重傷みたいだけど……」

「あぁ……大型だったからな」


 はじめ、好桃は怪訝そうな顔を近づけてじっとその包帯の巻かれた手を見ていたが、やがて顔を離すと、


「でも、気をつけなよ。野生だと、何か病気を持ってるかもしれないからね」


 と、納得したように言う。大河は、あの夢で見たことは好桃には言いたくなかった。信じるか信じないかは別問題として、彼女を心配させてしまうかもしれない。だが……、


 ――べ、べつにこいつに心配かけたくないからとかじゃねぇし。


 心の中で呟き、足を速めた。


 幸い、好桃はそれから特に何も尋ねてこず、取り留めのない話を始めた。大河は安堵して、それを適当に聞き流しながら、彼女と学校までの道のりを歩いた。


 しかし、どうにも気味が悪い。手にできた不思議な傷――模様の理由について、知りたくもあった。今日の放課後にでも友人に相談してみようか、と大河は歩きながら考えていた。彼の友人に一人、オカルト関係の話に造詣が深いやつがいる。それだけで解決するとは思わないが、やはりこれについて解明しないと気持ちが悪いのは隠せない。


 足許には、数多の桜の花びらが散らばっている。先週まではまだぎりぎり咲いていた桜たちも、今はどの木もすっかり花を散らして枝と緑葉だけになっていた。

 ピンク色の絨毯を進んでいくと、大河たちの通う高校の校門が見えてくる。


「あっ」


 突然、好桃が声を発した。


 前を見ると、学校前の横断歩道の手前で一人の女子が二人に向かって手を振っている。その女子に好桃は手を振り返し、真っ直ぐそこに向かって駆け出した。一方、大河は走らず、彼女の後に続いていった。


 大河が追いついてくると好桃の友人の西沢にしざわ朱奈あかなが、丸い目を細めて彼に向けてきた。


「今日も一緒に登校ですか」


 そんな言葉をかけられるが、大河は何も答えずに視線を校舎の方へやった。


 朱奈も好桃ほどではないが、透明なビー玉のような色の瞳を携え、顔立ちはそこそこ整っている方だ。また、控えめなツインテールも彼女のチャームポイントと言える。

 身長は好桃より数センチ高く、並んでいると姉妹のように見えなくもない。実際、二人は入学当初からの大親友なのだ。


「今日ね、大河君がなくなったリボンを見つけてくれたんだよ!」


 好桃は、肩に少しかかっているリボンの尾を指で摘み、見せびらかすように朱奈に言った。得意気な幼馴染を見て、大河は呆れずにはいられない。


「お前が掃除しないからだろ」

「でも、しょっちゅう来てくれるんだもんね!」


 説教じみた大河からのツッコミさえもものともせず、好桃は嬉しそうな笑顔でポニーテールを揺らしている。


 そんな他愛もない話をしているうちに、信号が青に変わる。三人は横断歩道を渡って、学校の敷地内に入っていった。


 正門から昇降口に向かう途中、歩いていると、朱奈が思い出したように好桃の方を見る。


「あ、そうだ。実証部の活動、今日は遅れないでよね」

「あ……う、ごめん。先週は宿題やってなくて、居残ってたから……」


 朱奈の真面目な視線を浴びながら、好桃は苦笑した。

 二人が横に並んでそんな会話をしているのを、大河もその少し後ろを歩きながらただ聞いていた。聞く、というよりは聞き流していたのだが。


 朱奈が話した「実証部」とは去年、好桃が生徒会に申請して設立が許可された部活だ。正式には「魔法実証部」という名で、その名の通り、「魔法」について研究するのだ。現在、好桃が部長で、朱奈もそこの部員なのである。


 好桃は幼少時代から、この世界には必ず魔法が存在すると信じている。高校生になった今でも、その信念は変わらないようだ。発足当初、大河は馬鹿らしいとも思ったが、好桃があまりにも嬉しそうに話すものだから、敢えて口出ししなかった。その頃、大河も運動部に所属していた。しかし、とある事情で一年もしないうちに辞めてしまったのだ。

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