「ツンデレ×ツンデレはやはり相性が悪い!」
終礼が終わるとすぐに、大河は放課後の用事を思い出した。高原が、新しい資料を見つけたと話していた。【ツインクル・テール】について記されたものらしい。それを取りに行くため、今日も帰りに図書室に寄らなければならないのだと、大河はやや肩を落とす。
昼間のこともあり、大河は行くかどうか迷ったが、断るのも本意ではないので、行くことにした。どうせなら忘れたままがよかったが、思い出してしまったからには行かなければ相手も納得しないだろう。
ということで、結局来てしまった。扉を開けてそっと中の様子を窺う。今日も、すでに数人の生徒が来て調べ物をしていたり、読書をしたりしているのが見える。すると、先に来ていた高原が大河に気づき、声をかけてきた。
「あ、ちょっと待ってね。すぐ行くから」
高原は、本棚の整理をしていた。これが終わったら帰れると言うので、大河は入口の近くに立ち、彼の仕事が終わるのを待っていた。
十分ほどが経過し、高原は鞄を持って大河のところに来た。
「よし。じゃあ、行こうか」
「今日は帰って大丈夫なのか?」
「もうすぐ他の図書委員が来るからね」
高原は笑顔でそう答え、図書室のドアを開ける。二人が廊下に出ると、最後は大河がドアを閉め、そのまま並んで歩き始めた。
歩きながら、高原は鞄の中から数枚の紙を取り出す。
「これは、神話における【ツインクル・テール】について、さらに詳しくまとめたものだよ」
大河はその資料を受け取り、無言でページをめくった。
確かに、神話のような話がつぶさに記述されているようだ。要所要所には、【ツインクル・テール】の肖像画らしい絵も何枚か挿入されている。
それらを大河は眺めていると、高原が補足した。
「一時期、雨量が不足して魔界の食物がなくなったんだ。それで、魔物たちが餓死しそうになった時に、【ツインクル・テール】が天に向かって吠えたことで再び雨が降って食物が実るようになったそうだよ」
それは、大河にとって要らない情報であった。そんな伝説はやはり後世からいくらでも改変できる。嘘くさいな、と言おうとしたが、また昼間のことが大河を躊躇させ、やっぱり黙っておくことにした。
それよりも、こんな資料だけで本当に【ツインクル・テール】が見つかるのだろうかという懸念の方が強かった。大河は内心、ますます不安になる。
二人は、それから昇降口に行くための階段を降り、中庭の前を通ろうとした。その時、ある金楽器の音が聞こえてきた。
まさか、と嫌な予感を覚えた大河は足を止める。少し先を行った高原が振り返り、
「どうしたの?」
ときくと、大河はこんな提案をした。
「なあ、違うところから行かないか」
「どうして? こっちの方が早いよ」
高原は、前を指差しながら言う。これは当然の反応で、彼の言う通りであったが、大河には気がかりなことがあったのだ。すると大河の予感を体現するように、今まで聞こえていた楽器の音が突然鳴り止んだ。それと同時に、
「あれ、そこで何してんの?」
という、高い声がした。
数メートル行ったところに、渡り廊下に出るための扉がある。そこから結紀がトロンボーンを抱えながら、校舎の中に入ってきたのだ。
大河は、結紀と遭遇することを危惧していた。
それが顔にも出ていたのか、結紀は少し不機嫌そうな顔になる。
「何? 私に会うのがそんなに嫌だったの?」
結紀がそう言いながら、楽器を抱えたまま大河に近づいてきた。そして大河の眼前に来ると、彼の手にしている資料を覗き込んだ。
「あなた、まだ魔界のこと調べてるの?」
その顔は嘲笑したように歪んでいる。大河は、二日続けて結紀のその笑みを見ることになったことに辟易さえする。
大河が憮然として黙っていると、結紀はいきなり資料を取り上げた。そこに書かれてあることに目を通しながら、彼女は言う。
「まあ……夢があっていいと思うけど、もっと現実を見るべきなんじゃないの?」
資料を返した後も、彼女は相変わらず小馬鹿にしたような眼差しで大河を見ていた。
「それで、部活のことはどうしたの?」
また何の脈絡もなく、話題を変える結紀。大河も答えた。
「もう一度、みんなに抗議してみることにしたよ。わかってもらえるかわからねえけど……」
「へえ、やっとやる気が起きたんだ。それって、私に言われたから?」
「べつに、そういうわけじゃねえけど」
「あ、そう。でも、魔界のことは調べ続けてるのね」
結紀は言いながら、腕を組む。
「それとこれとは関係ないからな」
大河は彼女を直視するのが億劫になり、窓の外に目をやった。中庭は無人で、木の枝が風に揺れているだけだ。結紀は、誰もいないところで一人練習をするのが好きなのだろうか。そんな疑問が、ふと大河の脳裏を過ぎる。
しかしそんなことに気づくはずもなく、結紀は続ける。
「ふーん、まあ、興味を持つなとまでは言わないけど。けど、勿体ないと思うな。限られた時間をそんなことに費やすなんて。もっと有意義に使えばいいのに」
結紀は、今度は大河を睨むように見つめた。大河もそれに対抗すべく、なるべく彼女の目を見ないように努めた。まるで、互いに終わらない勝負でもしているようだ。
何故、ここまで彼女が自分に関係ない話に口を挟んでくるのか、大河にはわからない。これからどうしようが大河の勝手であるし、大河がどうなろうが結紀は全く関係ないはずだ。
大河がそれを思いきって結紀に問おうとすると、その前に誰かが二人の間に入った。高原が大河に背を向け、結紀の前に立ちはだかったのだ。高原が結紀を強く睨んでいるように大河には見えた。
「何か用?」
冷淡な結紀は特に動じることなく、高原を見つめ返した。すると、高原が口を開く。
「魔界はあるよ。この世界のどこかに、魔界への入口があるんだ」
「へえ、見たことあるの?」
「僕はないけど、でも見たという人の記録はたくさん残ってるんだ」
さながら子どものように活き活きと語る高原に嫌気が差したのか、結紀の表情はさらに険しさを増していく。
「夢で見たことが、現実っぽく感じるのはよくある話。きっとその人たちも、夢と現実の区別がついてないだけ」
「そんなことないよ。僕のこの眼鏡だって、魔界と通信するために必須なアイテムなんだ。これには計り知れない魔力が宿るからね」
自慢げに、高原は自分の眼鏡を触る。
「それ、いつまでやるつもり?」
「やるって?」
「高校生にもなって、いつまでそんなこと続けるのか、ってこと。魔界なんてホントはないんだから、いい加減やめたら? しかもそれ、伊達眼鏡でしょ? そんなものに魔力なんて宿るわけないじゃん」
「なんだって?」
二人のそんなやり取りを聞いて、大河は高原の本日二度目の暴走が始まらないかを危惧していた。結紀と高原は互いに睨み合い、緊迫状態が続いている。
大河が二人に声をかけようとすると、結紀が先に大河に話しかけた。
「ねえ、夢野。こいつ、早くどっか連れてってよ。じゃないと、私……」
結紀は、空いている方の手を顔の横までゆっくり突き上げると、ぎゅっと拳を握りしめる。あと数秒で殴りかからんばかりに、威圧を放っている。
どうも結紀は高原の妄言が気に食わないらしかった。だが、それと同じように大河も結紀のことが気に食わなかった。
「謝れよ」
咄嗟に口をついて出たのがそれであった。結紀はそれを聞いて、きょとんとしたように大河を見つめる。続いて、大河は高原の前に進み出ると、言った。
「俺も以前は今のお前と同じだったよ。こんなこと言ってても、恥ずかしいだけだって。でも俺は、それもこいつの個性なんだって思える。どんな世界観で生きていようが、全部こいつの自由だ。他人は干渉できないんだ」
「そうやって、飛鳥さんのことも擁護してたね。まあ、あの子の場合はもう少しマシだと思うけど、今日のお昼の惨状を見てもそう言える? 昼練終わって教室に戻ってきてみたら、あんなことになってて……見てるだけで、恥ずかしすぎて反吐が出るくらいだったわ!」
「………………」
とても女子の台詞とは思えなかったが、彼女とはどうしても相容れない何かがあると大河は確信した。
これ以上、話すことはない。大河は身を翻し、高原のブレザーの袖を掴みむと、
「行くぞ」
と言い、彼を引きずるように昇降口の方に歩き始めた。
数歩進むと、後ろから結紀の声が聞こえた。
「あんたもわかってないようだから、一応言っておくけど……」
大河は無視した。しかし、そんなことは結紀には通じず、彼女は話を続けた。
「この世界には、魔法も魔界もないの。わかったら、すぐにやめなさい」
その言い方が、大河の中で妙に引っかかった。まるで、警鐘を鳴らしているように聞こえたのだ。ただ、一つわかっているのは、これ以上何を議論しても無駄だということであった。
正門前で高原と別れた後、大河は自転車を押して帰路に着きながら、思案していた。結紀の魔界に対するあの過剰な反応は何だったのだろう。今日だけではない。昨日、一昨日と、彼女の反応や挙動が一々気になっていた。
だが、考えたところで時間を損するだけだとも思え、あまり深く考えないことにして大河は自転車に跨がり、家までそれを走らせた。きっと、今までの疲労が重なって少しばかり神経質になっているだけだ、と自分に言い聞かせて。
これ、改稿前のものでは結紀がトロンボーンで高原をぶん殴ってるんですよ。それはさすがにまずいなと思い、編集しました。それにしても、ファンタジーって難しいですね。




