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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第二部 TWINKLE TAILⅡ
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「好桃の夢」

 大河は朝起きて携帯の画面を開くと、また好桃からのメッセージが受信されていた。まだ熱が下がらず、今日も学校を休むという内容だった。


 画面を閉じると、大河は不意に昨日の出来事を思い出した。一体、ジカルが何を伝えようとしたのか、あれから散々考えてみたが、理解に結びつくことはなかった。しかし、大河の中で新しい思考が生まれつつあったのも確かだった。

 過去と向き合い、そして受け容れることだ。いつまでも逃げ続けていたら、一向に解決にはつながらない。


 大河は制服に着替え、いつも通りキッチンに行った。そこで弁当を作り始めていると、妹が珍しく早起きしてきた。


「兄ちゃん、昨日は結局どこ行ってたの?」


 大河の横を通りながら、そう話しかけてくる。


 結局、昨晩は大河が帰宅した時には妹はすでに帰っていた。不審がった妹は兄に色々と問い詰めてきたが、大河はそれを適当にはぐらかした。本当のこと――好桃以外の女子の家に行っていたなどと話せば、からかわれるに決まっている。

 その後、妹を回転寿司に連れていってご機嫌をとると、満足したように何もきいてくることはなかった。大河は安堵し、その話は終了したかに思われたが、朝になって再び蒸し返してきたのだ。どうも気になってやまないらしい。


「そんなに教えたくないこと? あ、ひょっとして、クラスの女の子の家に行ってたとか?」


 当ててきた。パーフェクトな正解を出されたので、大河は思わず手を止める。


「え〜? もしかして兄ちゃん、他に好きな子ができたの? 好桃ちゃんがいるのに」


 図星だとわかったのか、妹は兄をじとっとした目で見ながら、さらに詰り始めた。


「だから、あいつとはそういう関係じゃねーよ」

「じゃあ、友達?」

「友達っていうか……腐れ縁」


 大河の返答に、妹はクスクスと笑った。


「それにしては、毎日お弁当作ってあげてるよね」


 と言ってくるが、大河は無視して料理を再開した。


「あ、兄ちゃん。また寝癖ついてる、直してあげるね」


 妹はそう言って洗面所から櫛を取ってくると、大河の後ろに立って彼の寝癖を梳き始める。その間、妹は大河に対して先程とは全く別の話題を出した。


「お父さん、昨日言ってたけど、今日もお仕事で帰りが遅くなるんだって。今ね、二人の子の里親が見つかりそうなんだけど、それが結構大変みたいで……手続きとか」


 その話は、大河も何度か父から聞いたことがあった。父親曰く、子供たちの笑顔を見るのが好きだから会社を早期退職し、孤児院を開いたらしい。大河も、小学校に入る前から父のその様子を見てきた。身寄りのない子供たちを預かって、世話している父親に憧れを抱き、それが大河の誇りでもあったのだ。


「兄ちゃんはお父さんの孤児院、継ぐの?」


 突然、妹がそうきいてくる。しかし、大河は黙って手を動かし続けていた。今の自分に、父の跡が継げるのだろうかという不安もある。父のように、子供たちを笑顔に……幸せにできるのだろうか? 気がつけば、また大河の手は止まっていた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 後ろから心配そうな声をかけられるので、大河は首を振って空いている方の手を上げ、


「ああ、悪い」


 と答えながら、妹に合図した。


「継ぐかどうか……迷ってるの?」

「そうだな。父さんも、強制はしないって言ってたし」


 大河は、また料理を再開する。妹は、それから特に何か言ってくることもなく、大河の髪を梳き終えると櫛を持ってリビングを出ていった。



 支度を済ませ、大河はいつもより早い時刻に家を出た。ドアを開けると広がっている曇り空が視界に入り、気温も前日と比べてかなり下がっているようだ。ブレザーを着ていないと少々肌寒く感じられる。

 そして、今日も自転車で登校した。


 五分ほどで到着し、大河は校門をくぐると偶然、高原が前を歩いているのを発見した。その少し後ろで大河は自転車から降り、高原に声をかける。相手もすぐに気がつき、振り向いた。


「やあ。こんにちは、大河」


 相変わらずの挨拶だ。


「今日は早いね、何かあったの?」

「べつに」


 高原の質問に、大河もいつものごとく素っ気なく返した。


 駐輪場に自転車を置いてから、二人は並んで昇降口に向かう。その途中、高原が大河の隣を歩きながら、思い出したように切り出した。


「そうだ。【ツインクル・テール】について書かれた、新しい資料を見つけたんだ。今、図書室にあるから、放課後にでも取りにおいでよ」


 高原も、色々と調べてくれているようだった。頼んでもいないのに、とは流石の大河も言えない。


「わかった。じゃあ、放課後な」


 親友の親切を素直に受け止めつつ、大河はそれを放課後、受け取りに行くことにした。それでも勿論、目的を教えるつもりはない。おそらく、高原には魔物は見えないのだから。


「それにしても、僕は嬉しいよ。こうして、大河と魔界の生き物について話せるなんて。以前なんか、何の興味も示さなかったのにね。ひょっとして、魔界に迷い込んじゃったことがあるとか?」


 大河は、彼の話を全て聞き流していた。適当に相槌を打ってやれば、相手も特に何も言ってこない。そのスキルは、大河は中学の頃に習得済みであった。


 昇降口を過ぎ、教室前に来たところで高原と別れた。大河が教室に入ろうとすると、それを待っていたかのように、中から朱奈が出てきた。


「やあ、夢野くん。今日も好桃ちゃんは休みなのかい?」


 わざとらしく、そんな声をかけてくる朱奈。

 しかし、彼女も好桃と同じ部活に所属しているのだ。部長から連絡がいかないはずがない。


「あいつから聞いてるだろ?」

「今日は来てなかったの。それで、休みなの?」

「そうだよ。もういいだろ、そこをどいてくれよ」

「実は、他にも話があるんだ」


 朱奈が言うので、大河は怪訝な視線を彼女に投げる。


「何だよ?」

「昨日のことなんだけどさ、聳城さんとの会話、聞いちゃったんだよね。好桃ちゃんのために魔界のこと、調べてくれてたんだねー」


 面倒な話を持ち出され、大河は肩を落とした。


「べつに、あいつのためじゃねえよ」


 大河は、顔を横に向けながら答える。


「え? じゃあ、なんで調べてたの?」


 不思議そうに尋ねる朱奈の言葉を聞き、大河は口籠る。それを見て、朱奈は話し出した。


「好桃ちゃん、部活を作った時に言ってたんだ。この世界には、人を笑顔にする魔法があるんだって。『それを見つけるのが、私の夢なんだ』って」

「あいつもバカだよな。そんな魔法なんてないのに」

「そうだね。でも信じ続ければ、きっと見つかると思うんだよね。好桃ちゃんって孤児だったんでしょ? 近くに寄り添える人がいなくて辛かった時、君がそばにいてくれたから、生きてこられたんだとも言ってたよ。だから、もうちょっと素直になりなよ」


 朱奈は大河の左肩を軽くつつくと、教室の中に戻っていった。


 今の話は本当なのだろうか。大河も教室に入り、そんなことを思いながら席に着いた。確かに、好桃は五歳くらいの時に父の孤児院に来た。大河とも同学年だったので、他の児童よりも彼女と遊ぶ機会は多かった。だが、いつもそばにいたかと言われれば、頷いてよいか戸惑ってしまう。

 ホームルームが始まるまでの時間、大河は無意識に好桃のことが頭から離れなかった。

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