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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
20/46

「花凛の家」

 ほとんどの生徒が部活動のため、終礼が終わると同時に教室から姿を消す。一方で大河は、今日はどこにも寄らずに帰ろうと決めていた。


 席を立つと、偶然、結紀が近くを通った。彼女から睨まれ、それが何故だかわからず、大河は一瞬固まる。すると、同じ吹奏楽部員に呼ばれ、結紀は教室を出ていった。彼女のその一瞥は、何かを警告しているようにも見えた。

 少し気分が悪くなりつつも、大河も教室を出て昇降口に向かう。帰る途中で結紀に出食わすと、また面倒なことになる。廊下で屯している生徒たちの間を大河は風のようにすり抜け、急ぎ足で階段を降りる。そして昇降口まで行き、靴を履き替えて校舎を後にした。


 校舎を出た後、自転車置き場で自分の自転車を回収し、校門の近くには生徒が多いので、外に出るまでは押していくことにした。


 歩きながら、大河は今日も好桃の様子を見にいってやろうかどうか悩んでいた。姉は、また彼女の世話をしてくれただろうか。不安だ。


 少し前では同じ帰宅部の連中が数人、友達と駄弁りながら歩いている。さらに向こうに目を向けると、校門前に誰かが立っているのが見える。

 眼鏡をかけた女子生徒のようで、身じろぎもせずに佇んでいる。大河は特に気にせず、そこを通り過ぎようとした時、それが花凛だということに気づいた。彼女も部活はやっていないのだろうか。


 大河は一瞬、花凛と目が合ったが、誰かと待ち合わせでもしているのだろうと思い、声はかけずに無視した。

 だが、校門から外に出ようとした時、しきりに視線を感じるのだ。大河は足を止め、花凛の方を向いた。やはり、彼女が大河のことをじっと見つめている。


 大河は一応、声をかけてみることにした。


「何か用か?」


 しかし花凛からの返答はなく、無表情で大河に視線を送り続けている。やや怖くなった大河は、今度こそ無視して再び歩を進めようとした。すると、いきなりブレザーの裾を掴まれた。突然のことに驚き、大河は自転車のハンドルから手を離しかけた。


「何だよっ!」


 大河がもう一度振り向くと案の定、花凛が右手で彼のブレザーを掴んでいる。花凛はそっとその手を離し、僅かに口を開いた。

 だが、声が小さすぎてよく聞き取れない。


「今、何て言ったんだ?」


 大河は耳を澄まし、また花凛に尋ねる。


「昨日のお弁当……美味しかった」


 ようやく聞き取れた言葉が、それであった。


「昨日も聞いたぞ」


 それを言うためにわざわざ呼び止めたのだろうかと、大河は眉を引きつらせる。

 すると、花凛はこう続けるのだ。


「だから……お礼、したい」

「お礼?」

「家に、来てほしい……。時間……空いてる……?」


 視線を下に逸しつつ、顔を赤く染めながら花凛は尋ねてくる。その様子に、大河も動揺して目を泳がせた。下校中の複数の男女が、二人のことを見てくる。だが、今はそんなことを気にしている余裕など大河にはない。


「今日は、夜まで私一人。大丈夫?」


 花凛はそう言って、顔を上げた。彼女の視線をもろに食らった大河は、返答に困り果てた。好桃のアパートには毎日のように通っているが、他の異性の家へ行くのはいつ以来だろう、というようなことを考えたくなくても考えてしまう。


「……また、今度でいいか?」

「今から来てほしい」


 意外にも強引であった。


「いや……でも、俺、今日はほら、チャリだからさ……」


 具合悪そうに弁明する大河であったが、花凛はこう告げた。


「話が、ある」


 どうしても今日がいいと言わんばかりに見つめてくるので、とうとう大河は折れた。


「わかった、行ってやる。で、どっちなんだ?」

「こっち」


 花凛は、門を出ると右に曲がった。大河も仕方なく、自転車を押しながら彼女についていく。花凛の少し後ろを歩きながら、大河は彼女に声を投げる。


「いつも歩いて学校に通ってるのか?」


 しかし、花凛は何も答えない。それどころか、制服のポケットから一冊の本を出し、それを開いて読み始めたのだ。


 危ないだろ、と大河が注意しようとすると、歩道の右側を歩く花凛のところに、真っ直ぐ電柱が迫っていることに気づいた。だが、一向に彼女は顔を上げない。このままでは顔面から衝突してしまう。


 咄嗟に大河は自転車を握ったまま駆け出すと、彼女の右に回り込んだ。しかしその瞬間、花凛は進行方向を変えずにひょいと身体を左横へ移動させた。だが、大河は今さら速度を落とすことはできず、勢い余って自転車ごと電柱に追突してしまった。そのまま左側に倒れ、尻餅をついた。


 一方、花凛は何も気に留めない様子で、平然と本を読みながら歩いていく。彼女には、障害物を避けるための見えないアンテナでもついているのだろうか……と大河は、しばらく花凛の後ろ姿を見ながら考えていた。


 大河は立ち上がって花凛を追っていくと、今度は彼女の右を歩いた。彼女に車道側を歩いてもらえば、電柱に当たるという心配はない。隣を見やると、花凛は相変わらず本を読み耽っている。それから二人は何も言葉を交わさず、花凛の家に向かった。


 体感、学校から二十分程度歩いたところで、花凛は足を止めた。


「ここ」


 と、花凛は言う。普通の一軒家であった。特別大きくもなく、白塗りの一般的な家だ。

 花凛は白い門を開け、家の敷地に入った。自転車をどこに置けばよいかわからずに、大河が門前で立ち止まっていると、花凛は門から五メートルほど先の玄関前で振り返り、彼に手招きした。それを見て、大河は自転車を抱えて中に入り、門を閉めた。


 花凛のところまで行くと、左手で自転車のハンドルを握り、右手で本体を指差しながら彼女に問うた。


「これ、どこに置いておけばいいんだ?」

「庭に置いておいて」


 花凛が指差す方に目をやると、右手には掃出し窓があり、左手の花壇には様々な色の草花が植えられている。

 大河は窓の前に自転車を置いてから、花凛のところに戻った。

 その後、花凛が鍵を回してドアを開ける。彼女に案内され、大河も家の中に入った。


 入った瞬間、ほのかな線香の匂いが鼻をつく。仏壇でもあるのだろうか、と大河は思う。


 花凛は靴を脱ぎながら段差を上がり、しゃがんでそれを揃える。そしてまた立ち上がると、


「こっち」


 と、再び大河に手招きした。しかし、大河はここに来て戸惑いを覚えた。好桃以外の異性の家に行くことは、今までにどのくらいあっただろう。なかなか靴を脱がない大河に対し、花凛は不思議そうな眼差しを向けてくる。


「緊張している……?」

「べ、別にしてねーよ」


 大河は、そう答えると彼女と同じように家に上がった。


 案内されたのは、八畳ほどの和室であった。小型テレビが乗った棚の前には、四角い卓袱台が置いてある。卓袱台の周りには、四辺に一枚ずつ古風な柄の座布団も敷いてある。大河は、テレビ側に座らされた。花凛が、


「待ってて」


 とだけ言い、部屋から出ていった。


 大河は彼女を待つ間、何気なく右手に目を向けた。窓の向こうに、先程庭に駐めた自転車が見える。外はすでに、薄暗くなり始めているようだ。帰りが遅くなれば、妹から詰問されるのは目に見えている。考えるだけでも面倒くさい。早いところ、お暇しなくてはならない。


 数分後、花凛が戻ってきた。丸い盆に細長い湯飲みを一つだけ載せ、卓袱台を挟んで大河の向かい側に座る。そして盆を卓袱台の上に置き、湯飲みを持ち上げて大河に差し出すと、花凛は盆を卓袱台の下に下ろした。


 大河はその湯飲みの中を覗いてみたが、それが何なのかわからない。湯飲みの底も見えないほど、得体の知れないただのどす黒い液体。墨汁をそのまま注いだような、「黒いだけの何か」だった。


「……あのさ。これ……何だ?」

「お茶」


 花凛は即答する。確かに、鼻を近づけると茶ようなの香りがする。


「いや……でも、これちょっと色がおかしくないですかね?」

「お茶」

「いや、だからさ……」

「お茶」


 花凛は人形のように身動き一つせず、真面目な顔でただ黙って大河を見つめている。そんな彼女からの視線を受け、飲むべきか飲まないべきか、大河は本気で悩んだ。


「じゃあ、なんていうお茶なんだ?」

「……黒豆茶」


 ――いや、黒豆茶でももっとマシな色してるだろ。


 埒が明かない。だが、ただの社交辞令で出された茶なので、飲まないというのも手である。悩んだ結果、大河は彼女の話だけを聞くことにした。


「奥山。さっき、俺に話があるとか言ってたよな? そろそろ、それが聞きたいんだけど」


 さり気なく、本題を促す。しかし花凛は逡巡したよう表情をした後、俯いてしまった。


 なかなか切り出そうとしない花凛を前に、大河は少々強い苛立ちを覚え始める。普段ならばどうということはないが、この時の大河には堪えられそうになかった。


「俺、もうすぐ帰らなきゃ妹がうるさいんだよ。頼むから、早く言ってくれ」


 すると、ようやく決心が着いたのか、花凛は制服のポケットから何かを取り出し、大河の前にそれを置いた。そこには、古びた千円札が一枚だけ置かれていた。


「……今日のお昼代」


 どうやら、今日の昼食代の千円を返しただけのようだった。


「もしかして……これのために俺を呼んだのか?」


 大河は内心、不安を抱いた。だが、花凛は首を横に振ると、言った。


「話は、他にある。待ってて」


 花凛は急に立ち上がり、再び部屋を出ていった。どこに行ってしまったのかと大河は少し気になったが、とりあえず目の前に置かれた千円札を折り畳んで制服の右ポケットに入れた。

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