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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
19/46

「ツンデレ×ツンデレは相性が悪い?」

 昼休み。大半の生徒はいつものように購買や食堂に行ってしまい、教室内は閑散としていた。大河も、弁当と通学路にあるコンビニで買ったペットボトルの茶を机の上に出し、山科たちが戻ってくるまでの間、また呆けたように教室の様子を見渡す。そうしていると、近くからふと視線を感じた。近くというより、すぐ後ろから感じるのだ。


 振り向いてみると、花凛が立ってこちらを窺っていた。眼鏡越しにじっと見つめられ、大河は気まずさを感じると同時に変な気分になり、


「何だ?」


 と、彼女に尋ねた。すると、花凛は小さくこう答えるのだった。


「また忘れた」

「な、何をだよ?」


 言っていることの意味が読めず、大河はもう一度きくが、花凛はなかなか答えない。それを見て、さらに嫌な予感が頭に浮かぶ。


「もしかして……弁当か?」


 まさかと思ってそう問うと、花凛はこくりと頷いた。


 しかし、大河は到底理解できない。普遍的思考の持ち主なら、忘れた次の日は注意するものだ。それにもかかわらず忘れてくるとは大河から言わせればあり得ない。そこで、彼が考えたことは一つだけだった。もしかしたら、味を占めたのかもしれない……ということ。

 だが、それが仮に当たっていたとしても、生憎、今日は予備の弁当は作ってきていないのだ。


「悪いな、今日は自分の分しか作ってきてないんだ」

「そう……」


 花凛は少し残念そうに下を向く。


 ――どんだけ期待してたんだよ、こいつは。


 花凛のそんな沈んだ顔を見た大河は、呆然としてしばらく口を利けなかった。花凛が自分の席に戻っていこうとするのを見て、大河は少し彼女を不憫に思った。べつに情けをくれてやるわけじゃないが、彼女を呼び止める。


「待て、奥山」


 花凛が振り向くので、大河は彼女に尋ねた。


「……金は持ってるのか?」

「ない」


 即答だった。高校生なら、何かあった時のために多少の現金は持ってくるはずなのに。


 仕方なく、大河は鞄から財布を出す。大河も、最低限の金しか持ってこないが、今日は普段よりも多く入れてある。


 中には、なけなしの小銭と父からもらった三千円。今朝、置き手紙と一緒にテーブルの上に置いてあったものだ。仕方なく大河はその中から一枚取り出し、それを半分に折ると、さらに一角に折り目をつけて、


「ほら」


 と、その手を花凛の方に伸ばす。それを受け取ると花凛は「ありがとう」と礼を言うので、大河はまた彼女から目を逸らし、小さく言った。


「……明日、ちゃんと返せよ」

「わかった」


 花凛も答え、教室を出ていった。

 結局、貸してしまった。今夜は、二千円以内で妹と外食しなければならない。


 ――帰りに惣菜でも買って帰るかな、愛玖空は怒りそうだけど。


 文句を言う妹の顔を想像しながら、大河は財布を鞄に戻した。妹はぷくっと頬を膨らませ、大河を睨んでいた。


 その直後、


「見ていたぞ、見ていたぞ!」


 そんな声が聞こえたので、大河は余計に嫌気が差した。案の定、山科がニヤつきながら教室に入ってきて、大河の前に腰を下ろす。きっと先程から教室の前で、入るタイミングを窺っていたのだろう。嫌なところを見られてしまった、と大河は自分の行動を悔いた。


「昼飯の買えない哀れな女子に、金を恵んでやる……か。お前って意外に優しいんだな」


 山科は腕を組みながら、感慨深そうにわざとらしく何度も頷いている。


「意外で悪かったな」

「昨日も奥山に弁当あげてたしな。やっぱりお前、あいつのこと好きなんじゃないのか?」


 山科がいやらしい目で見てくるので、大河はさらに気を落とす。


「なんで、すぐそういうところに思考がいくんだ? ただの気まぐれだよ」

「へえ」


 山科は、まだ勘ぐるような視線を大河に向け続けている。大河はツンデレだが、誰かが困っていたりすると放っておけないタイプなのかもしれない、とでも言いたそうだ。


 大河には、花凛が何を考えているのかわからない時が多くある。高原は彼女を気にしているようだが、大河からしてみれば、彼の気が知れない。強いて言えば、彼女がクラスで一人だけ孤立しているのではないか、ということが気がかりではあるのだが。


 しばらくしてから、桃山と高原が一緒に教室に入ってきた。二人は、また他所の席から椅子だけ引いてきて、大河の席の側に座った。桃山は、また吹奏楽部の昼練習を休んだらしい。


 高原は座るとまっさきに、持ってきた手提げ袋の中から何かを取り出した。


「大河。今朝言ってたやつ、持ってきたよ」


 そう言って、A4サイズの紙を数枚まとめて大河に渡す。

 受け取った大河は、一枚目の上に書かれたタイトルを読んだ。


『魔界に伝わる伝説の生物〜ツインクル・テール〜』


 大河の前で弁当を食べていた山科も気になったように手を止めると、その紙を覗き込んだ。


「何だよ、これ!」


 笑いながら、そう声を上げる山科。桃山も櫛で自分の髪をセットしながら、それにちらっと目を向けた。


「そういや大河、昨日図書室で調べ物あるって言ってたよね」


 桃山の話を聞くと、山科はハッと気がついたように言う。


「おい、まさか、調べ物ってそれのことか? お前も、ついに高原病が移ったか!」

「何だよ、高原病って」


 大河はその紙の束をまとめて二つに折ると、机の中に仕舞い込んだ。しかし、今度は桃山が興味を持ったようにきいてくる。


「ねぇねぇ、どうして魔界の生物なんか調べようと思ったの?」

「オレも気になるな、教えてくれよ」


 山科も興味津々な様子だ。何もかもが面倒に感じ、大河は適当に答えるだけにした。


「……なんとなくだよ」

「いや、なんとなくでそんなことわざわざ調べないだろ!」


 山科があまりにもしつこくきいてくるものだから、大河は無視しようとさえ思った。

 その時、運良く、桃山がこう尋ねてくる。


「本でも読んだの?」


 これを利用しない手はないだろう、と大河は答えた。


「まあ、そんなとこかな」


 山科はそれを聞いて納得したのか、それとも興味を喪失したのか、再び弁当を食べ始めた。それを見た大河は安堵するが、桃山の興味はまだ健在であった。


「魔界って本当にあるのかな」


 彼はそう呟いたが、大河と山科は相手にしなかった。だが、これまで三人が話しているのを黙視しつつ購買のおにぎりを食べていた高原だけが、唯一反応を示した。


「あるよ。魔界に行ったという人が書いた記録は、あっちこっちに残ってるんだ」

「どうせ、近世の人がでっち上げた虚妄だろ?」


 山科が、怪訝そうに高原を見る。


「本当の話だよ。よかったら、見せてあげるけど」

「いい、オレにはそんな暇ねーから」


 高原の言葉を聞き流しつつ、山科は大きめの弁当箱の中身を一気にかき込んだ。


 一方、桃山はようやく髪のセットが終わったのか、これから昼食に入るようだった。


「あ、飲み物持ってくるの忘れた。買ってこよう」


 そう言って顔色を変える桃山に、隣から高原が話しかけた。


「紫桜。ついでに僕のも買ってきてよ。リポトンのミルクティーね」

「やだ。自分で買いにいけ」


 桃山は高原に冷たく返すと、走って廊下へ出ていった。


 大河も色々と邪魔が入ったため、これから弁当を広げる。すでに昼休みの半分が終了しようとしていることに、大河はこの時ようやく気づいた。


***


 昼休み終了の五分前。昼食を終えた大河は、弁当の匂いがまだ残っている教室の中で、高原からもらった資料を机上に広げ、ただ「なんとなく」それを眺めていた。


 高原と桃山は自分のクラスに帰り、山科もどこかに行ってしまった。クラスにはほとんどの生徒が戻ってきているため、話し声などで周囲が騒がしい。


 資料には小さい文字がびっしりと敷き詰められ、読むのも億劫になるが、魔界の情緒や成り立ちなどが詳細に書かれてある。そこには、【ツインクル・テール】のことも書かれていた。



『魔界は天界とは異なり、人間界とは隔離された世界であったとされる。ツインクル・テールは初め魔王に飼われていたが、人間界と魔界を結ぶ境界・魔界門の番人を任され、魔物や魔族たちが人間界へ出ていかないように、その門を守ってきたと伝えられる』



 ………………。


 文字を目で追っていた大河は、所々ジカルの話と一致する箇所があることに気づく。また、仏教の著書によると、魔界と天界は相反する位置付けであるとされ、魔界の住人は人間界には一切干渉できないようだ。ただ、これは伝承に過ぎず、信憑性は薄いだろう。

 少なくとも、大河はそう思った。ジカルの話していた魔界という世界が、本当に存在するのかどうかも未だに疑わしいのだから。


「へえ。あんた、魔界なんかに興味あるんだ?」


 突然、前方から癇に障る声がした。大河が顔を上げると、結紀が彼の見ている資料を覗いていた。そして、結紀は山科の席に座って足を組んだ。


「何か用か?」

「べつに」


 大河の声に軽く返答し、結紀は両手で自分を扇ぎ始める。


 今日は四月中旬としては蒸し暑く、かつ昼間とあって、クラスのほとんどの生徒はシャツの両袖をまくっている。しかし結紀は、袖を伸ばしているどころか、几帳面に手首のところでボタン留めまでしている。大河は、暑いならまくればいいのにと言おうとしたが、興味があるのかと思われては非常に面倒なので、スルーしておいた。

 それよりも、他に気になることがあるのだ。何故、結紀は自分の席へ戻らないのだろうか。


「聳城、そこで何してんだ?」


 大河のその質問を無視し、結紀は反問してきた。


「ねえ。もしかして、魔界はホントにあると思ってる?」

「思ってねえよ」

「でも、調べてるんだ?」


 笑顔できいてくる結紀に対し、大河はまた閉口する。


 今、自分の周りで起こっていることを話しても、誰も信じない。まして、結紀が信じるとはとても思えない。ならば、ここは彼女が信じそうなことを言ってやり過ごすしかない。


「魔法実証部……の手伝い」


 大河は自然を装い、咄嗟に好桃が所属している部活の名前を出した。


「それって、飛鳥さんが部長の?」

「あぁ。学校に来られないから、代わりに調べてくれって頼まれてんだよ」

「くだらない……」


 結紀の表情が豹変した。先程の笑顔とは打って変わり、冷淡な視線を大河に浴びせる。


「ありもしないことを調べるって、私にはわからないのよね。魔法とか幽霊とか? そんなのただの迷信だからね」

「調べるくらい勝手だろ」


 結紀の言い方が気に食わず、思わず大河は反駁した。


「へえ。じゃあ、あなたも魔法とか信じちゃうタイプなんだ?」

「誰もそんなこと言ってねえよ。たとえくだらなくても……興味を持つことはいいことだ」


 結局、好桃を擁護する形となってしまったが、それ以上に結紀の言動が癇に障ったのだ。


「ふーん。まあ、確かに調べるのは自由だけどね。人生で一度きりの高校生活を、どんなことに使おうが人それぞれだもん」


 結紀は、今度は完全に皮肉ったような笑みを浮かべた。


 この場に好桃がいなくてよかった、と大河はつくづく思った。ここに彼女がいれば、きっと泣きながら反論していただろう。そうなれば、大河は彼女を宥めるという雑用をこなさなくてはならなくなる。周辺にいる生徒たちからも注目され、地獄のような時間を過ごさねばならない。好桃が学校を休んでくれたおかげで救われた、と大河が心底安堵していると突然、結紀がまた話しかけてきた。


「で、昨日の話だけどさ」

「いや、何の話だよ」

「そこまで言ったら、わかると思ったんだけどな。部活の話。あなたは、あのままでいいの? これから卒業までの間ずっと、なかったことにするつもり?」


 何の前置きもなく話題を変えられたので、大河はすぐには答えられなかった。そんな大河を嫌がったのか、結紀は続け様に言葉を吐く。


「あんたは何も悪くないんでしょ? それなのに、悪者にされたままでいいの? 一部を除いて、あの話は今のところ事実ってことになってんのよ? 今だったら、まだ間に合うと思うんだけど」

「……お前には関係ないだろ」

「はぁ? 心配してやってんだから、感謝ぐらいしなさいよね!」

「うるせーな、誰も頼んでねーだろっつーの!」


 どいつもこいつも、人の思い出したくない過去を蒸し返すのが好きらしい。大河は落胆し、そんなことを思う。


 すると、二人の口論に気がついた数人の生徒が、ちらちらとこちらを見ているのがわかった。皆からの視線に気づいていないのか、特に気にしていないのかは大河には判別できなかったが、結紀はさらに言い募った。


「だから、魔界のこととか調べる前に、他にやるべきことがあるでしょってこと! っていうか、魔界とかないから! そんなつまらないことに時間を費やす暇があったら……」

「ある」


 主張するような結紀の声を、小さい声が遮った。その声は、大河のすぐ左後ろから聞こえた。大河が振り向くと、花凛が教室に帰ってきていたのだ。


「魔界は、本当に存在する」


 真剣な眼差しを向けながら花凛が話すので、結紀は少したじろいだような素振りを見せた。


「な、何言ってんの? そんなもの、あるわけないじゃない!」


 結紀はそう言いながら、椅子を蹴る勢いで立ち上がる。その様子は、大河から見てもかなり焦っていた。

 狼狽する結紀を、花凛は物怖じせずに見つめ続ける。


 そこに、山科も戻ってきた。


「よう、聳城。お前、オレの席で何してんだ? つーか、暑そうだな。袖くらいまくれよ。見てるだけで、こっちまで暑くなるじゃねーか」

「うるさい、あんたには関係ないでしょ!」


 結紀は、山科の右脛に思いきり蹴りを入れる。


「いてっ!」


 山科は軽く悲鳴を上げたが、結紀はそのまま自分の席に戻っていった。それとほぼ同時に、授業開始のチャイムが鳴る。そこへ、教師が前の扉を開けて教室に入ってきた。皆もそれぞれの席に着く。


 その後、何事もなく授業は開始されたが、大河は斜め前に座って授業を受けている結紀からしばらく目を離せなかった。あの動揺ぶりは一体何だったのだろう。少し気になったものの、おそらく大したことではないのだろうといつもの自己解釈で片付けることにした。

 そして、大河も授業に意識を移していた。

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