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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
18/46

「混沌の日々」

 大河は目覚め、上体を起こした。ぼんやりと部屋を見渡し、携帯で時間を確認する。


 現在、七時三十分。普段より三十分程遅い時間だ。だが、好桃は今日も学校は休むと言っていた。だから大河は寝る前、いつもより遅く鳴るように目覚ましをセットしていたのだ。それでも習慣とは予想以上のもので、その前に目が覚めてしまった。


 着替えてリビングに行くと、今日も食卓には父親の用意した朝食が三セット置いてあった。しかし、この日はそれだけではなかった。

 大河の席に、一枚の手紙が置かれている。それを手に取ると、予想した通り、父からの置き手紙だった。


『大河へ。今日も弁当作りご苦労様。いつも忙しくしててごめんな。今日も帰りが遅くなるから、たまには姉弟そろって外食でもしたらどうだ。父さんは十一時頃に帰ります』


 見ると、手紙と一緒に三枚の千円札が添えられていた。どれも折り目一つなく、今朝刷ったばかりのようなきれいな新札であった。


 ――って言っても、泉はいつも一人で外食してくるだろ。今日はまた、妹と二人で回転寿司コースかな。


 大河は手紙をテーブルの上に置き、三千円を自分の財布に仕舞った。それを鞄の中に入れ、毎朝のルーティンをこなすためにキッチンへ向かう。だが、今日は幾分気が楽であった。いつもは好桃の分の弁当も作らなければならないが、今日は自分と妹の分だけでいい。


 昨日、山科たちからバランスの悪さを指摘されたので、野菜も入れなきゃなと思う。冷蔵庫の中を覗くと、昨晩のサラダの残りがあった。それ以外の惣菜は、これから適当に作ることにする。


 大河が準備に取りかかっていると、そこに妹の愛玖空が起きてきた。彼女はまた大きな欠伸を漏らしながら大河の傍を通ると、不思議そうな視線を兄に送った。


「あれ、これから作るの? 時間、大丈夫?」


 心配そうに尋ねる妹。


「好桃、昨日から学校休んでるんだよ」

「どうして? 風邪とか?」

「まあ……そんなとこだろうな」


 大河は詳しい事情を話すのが面倒だったこともあり、適当にはぐらかしながら手を動かす。

 しかし妹は、今度は好桃のことを心配するように呟いた。


「大丈夫かな……今日、私も帰りに寄ってみようかな……」


 気が変わりやすい妹だ、と大河は思ったが、雑談しているほど余裕もない。リビングの時計を見やると、間もなく八時になろうとしていた。今日は好桃を迎えに行かなくてもよいので、数分もあれば学校に着けるのだが、それでもあまり時間がない状況だ。それも考慮し、大河は自転車で登校することにした。


 弁当が完了し、一つを妹の席に置く。妹はすでに食卓に着き、パンをかじりながらスマホを弄っている。妹の通う私立中学は大河の高校よりも近く、また、彼が通っていた公立中学よりも近いので、いつもギリギリまでこうしているのだ。大河には、漏らしたことはないものの、それが少し羨ましくもあった。


 大河も食卓に着き、急いで朝食をとった。その時、妹がスマホに視線を落としたまま、急に話しかけてきた。


「今日、父さん遅いの?」

「あぁ」


 パンを食べながら、大河も怠そうに答える。


「今日は適当に外食にしろってさ。どっか行きたいところあったら、考えておいてくれよ」

「え、本当!?」


 大河の言葉に妹は顔を上げ、その目は輝いていた。余程、嬉しいのだろう、と大河はそんな妹を微笑しながら見つめた。確かに、最近は家で食事することが多く、外食をすること自体、かなり久しぶりであった。

 すると、妹は高ぶったように主張し始める。


「じゃあ、じゃあね、あそこがいい! 駅前の――」

「はいはい、帰ってきてからな」


 ハイになっている妹を宥めつつ、大河は立ち上がり、自分の弁当を持って玄関に行った。



 家を出る前、大河は姉にメッセージを送った。「時間があれば今日も好桃の様子を見に行ってほしい」と。直接頼もうかとも思ったが、まだ寝ていて起きてきそうになかったのでメールで済ませた。


 それから鞄を肩にかけて靴を履き、外に出る。体感だが、昨日よりも暑く感じられた。これから、さらに暑くなっていくだろう……などと考えていると、明日は三月並みの気温になっているかもしれない。よくわからない季節だ。


 大河は、庭に置いてある自転車を引っ張り出し、それに跨って学校に向かう。好桃と一緒に登校する日は彼女に合わせて基本的に徒歩で行くのだが、今日は欠席だとわかっていたので、大河は初めから自転車を使った。

 好桃は自転車を持っていない。と言うより、単純に乗れないのだ。自転車の後ろに乗せても、変な誤解をされそうで大河には嫌だった。とはいっても、好桃は歩く方が好きみたいなので、特に気にすることではなかった。


 歩けば十分以上かかる通学路だが、自転車を使えば数分もあれば着いた。大河は校内に設置された駐輪場に自転車を置くと、昇降口に向かった。


 大河が昇降口で上履きに履き替えていると、後ろから陽気な声がかけられる。


「やあ、大河。こんにちは」


 振り向くと、同じように今登校してきたのか、高原が微笑みながら立っている。


「まだ朝だぞ」


 大河の返事は、いつもこのようなツッコミになってしまう。これが大河と高原による、朝の恒例の挨拶である。

 すると高原は、周りをきょろきょろと見回しながら大河にきいた。


「飛鳥さんは?」

「ああ、まだ熱が下がらないみたいでな」

「大変なんだね。あ、長引く風邪は悪魔が乗り移ってることがあるから、用心するようにって言ってあげてね」


 また妙な妄想話を展開されそうになり、大河は朝から辟易してしまった。大河の頭痛がひどくなる。


 高原はその後も、意気揚々と似たようなことを話していた。彼には悪気はないのだろうが、聞いている方からすれば迷惑極まりないのだ。

 そうだ、この機会に注意してやろう。なるべく彼を怒らせないように。


「……あのさ。そろそろそういう話、卒業しないか?」

「え? 何のこと?」


 何を言われているかわからないといった様子で、高原は首を傾げる。


「だから、その、中二的な……」

「え? 僕は高二だよ?」


 全く話が噛み合わないので大河は諦め、ため息をついてから教室に向かおうとすると、急に高原が呼び止めてきた。


「あ、待って、大河!」

「何だよ」


 苛々しながら大河は振り向くと、高原がこんな話を始めるのだ。


「昨日、大河、ツインクル・テールのこときいてきたよね? 僕も実は、帰って詳細に調べてみたんだよ。そうしたら、ちょうどいい資料を見つけたんだ。あとでプリントして、昼休みにでも持っていくね」


 そういえば、大河も昨日、好桃に「高原から資料をもらってくる」と言ってしまった。

 今から思うと、何故あんなことを言ったのだろうと少し後悔したが、仕方なく大河は首を縦に振った。少々面倒だったが、ツインクル・テールが見つからなければこの世界は魔物によって侵食されてしまう……らしい。

 だが、大河は「本当に見つかるのだろうか」という疑問よりも、「本当にそんなものが実在するのか」という懐疑をまだ拭えずにいる。


 高原と別れてから、大河は自分の教室に入った。


「あ、夢野くん、おはよう!」


 大河が自分の席に鞄を置き、座ろうとするところに西沢朱奈が寄ってきた。好桃の友人で、「魔法実証部」の部員の一人だ。


「好桃ちゃん、今日も休みなの? さっき本人からメール来たんだけど、他に何か聞いてない?」

「べつに何も聞いてねえよ」

「部活の活動日を増やしたいんだけど、部長がいないから決められないんだよね。ねえ、どうしたらいいかな」

「知らねーよ」


 困った素振りで話す朱奈を尻目に、大河は席に着く。それでも、朱奈は言い募る。


「部長じゃなくても、保証人がいれば増やせるらしいんだけど……そうだ。夢野くん、保証人になってよ」

「嫌だ。つーか、なんで俺なんだよ」

「だって、好桃ちゃんと一番仲いいじゃん」


 朱奈に言われ、大河は心底ここにいることに嫌気が差した。本来、大河は「魔法実証部」とは何の関わりもないのだ。それなのに、好桃が執拗に絡んでくるので、朱奈にも絡まれることが多くなってしまった。


 それからも、大河は朱奈から部活の近況について、どうでもいいことを色々と聞かされた。大河はしばらく適当に聞き流していたが。言いたいことを言い終えて気が済んだのか、やっと朱奈は去っていった。

 そこで安堵したのも束の間。それを見計らったように前席の山科が、体を大河の方に向けてきた。


「なあ、大河。昨日のこと、まだ怒ってるか?」


 一難去ってまた一難とはこのことか、と大河は心の中で、何もかも吹き飛ばせると思うほどの深いため息をつく。そんな彼の胸中を察するでもなく、山科は続ける。


「でも、まあ、よく考えてから発言すればよかったのかもな。安心しろ、もう言わないことにするから。禁句だ、禁句」


 わかったのなら言わないでいただきたい、と大河は心の奥で念じた。「あの話」を蒸し返すこと自体、大河にとってはタブーなのだが、今は向き合わなければならないと少しずつ思い始めてきている。昨日、同じクラスの某女子からも「逃げ」だと言われてしまった。それは大河も自覚しているつもりだったが、やはり忘れたいのも事実なのだ。


 理不尽……なんと嫌な響きだろう。


 ジカルに会ってからは、「あの出来事」を忘れた日はない。大河に魔物が見えるようになった直接的な原因――「あの出来事」によって、ほとんどのものは彼の手から離れていってしまった。残ったのは、数少ない友人たちと、混沌たる日々だけだった。

 過去からは逃れられない――そう思うほど、どうしていいのかわからなくなる。


 沈黙している大河を見て心配してか、再び山科が声をかけてきた。


「おい、どうしたんだ?」


 その大きい声で大河は我に返り、


「あ……いや、何でもない」


 山科を見ると、まだ腑に落ちないような顔をしていたが、諦めて前を向いてくれた。ジカルから聞いたことを彼らに話しても、どうせ信用しないに決まっている。高原の中二病が移ったのだと笑われるだけだ。

 というようなことを考えながら、大河は天井を仰視していた。そして山科に目線を戻すと、知らず知らずのうちに大河に不快感を与えていたことなど意に介さないように、彼は一限目の用意を始めている。


 友達のそんな姿を見て、大河はますます肩を落とすのだった。

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