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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
17/46

「守るべきもの」

 好桃はしばらく動かなかった。沈黙が流れ、大河は一歩前に進み出て彼女に声をかけようとした。しかしその時、予期せず好桃はその場に倒れ込んだ。


「好桃!」


 驚いて、大河は好桃に駆け寄り、彼女を抱きかかえた。彼女の額に手を当てると、熱はまだ下がっていないようだった。それどころか、夕方よりも上がっているのではないかとさえ思える。


 そこにジカルも来て、好桃の顔を覗き込んだ。好桃は目を閉じ、意識を喪失しているようだ。何故、ここに好桃がいるのか。それがわからなかったが、ひとまず大河は彼女をアパートまで連れて帰ることを優先させた。


 大河は好桃を背負うと歩き出し、公園の前に倒れたままの自転車を起こすと、それを押してアパートへと向かった。



 アパートに着き、部屋の中に好桃を入れると、彼女を抱えてそっとベッドに寝かした。好桃は静かに寝息を立てている。それを見ると、大河は少し安堵した。このまま安静にして、様子を見よう。大河は首まで布団を掛けてやり、好桃の穏やかな寝顔を見つめた。その顔を、大河と一緒に覗き込む者があった。


 大河は横に視線をやると、ジカルも好桃の寝顔を正視している。


「なんでついて来てんだよ」


 やや苛立ちを覚えながら尋ねるが、ジカルは答えずに好桃から視線を離さない。大河は身体の向きをジカルの方に変えて、もう一度その少女に問いかける。


「何か、他にも話があるのか?」

「彼女も、《魔視》を持っている」


 返ってきたジカルの言葉に、大河は絶句した。


「は? いや、《魔視》って……」


 唐突なことで、少々混乱する。今のジカルの発言は、事実なのだろうか? 大河にはそれがどうしても受け入れ難かった。


 《魔視》は、この世界に憎悪を抱くことによって身につく能力だ。ジカルの言っていることが本当なら、好桃もこの世界に対して強い憎しみを持っていることになる。何があっても笑顔を絶やすことのない彼女が、そんな感情を持っているとは大河にはやはり思えない。


 ――もしかしたら……肉親を失った時に?


 確かに、好桃は両親を早々に亡くした。それも、まだ彼女が幼い時に。孤児院に入る前まで世話をしてくれた叔母も、彼女を残して亡くなってしまったという。魔視が身についたのだとしたら、その時かもしれない。


 それならば何故、好桃はいつも笑っていられるのだろうか。もしもこの世界を恨んでいるのなら、あんな邪念の欠片もない笑顔を振りまくことはできないだろう。好桃は、本当にジカルや魔物を見ることができるのだろうか。


 大河がそんなことを考えていると、好桃の声が聞こえた。


「……大河くん、私……」


 再びベッドの方に目を向けると、好桃が半開きの目で大河を見上げていた。


「なんで、あんなとこにいたんだ?」


 大河が問うと、


「月がきれいだったから……公園に行こうと思って……熱も下がってたから」


 と、好桃は苦しそうに言葉をつないだ。大河はそんな彼女を見ると、肩を落としながら言った。


「それで悪化したら、元も子もないぞ。ちゃんと下がるまで寝てろ」

「ごめん……」


 好桃は少し泣きそうになりながら、そう言って目を伏せた。

 その時、好桃は大河の横にいるジカルの存在に気づいたのか、彼女の方に視線を向けると目を見開くのと同時に口許を綻ばせた。


「あ、また来てくれたんだ……!」


 と言いながら、好桃は上体を起こす。彼女のその反応に、大河はさらに戸惑った。


「また……? お前、こいつのこと知ってるのか?」

「えっ。じゃあ、大河くんも?」


 好桃は不思議そうな眼差しで大河を見る。そこで、まさか……という視線を大河はジカルに対して送った。何か嫌な気配がする。己が今、一番望んでいない回答をジカルがするような気がする。それだけはあってはならない。それだけは……。


 しかし案の定、ジカルが大河の危惧した通りの言葉を告げた。


「彼女にも【ツインクル・テール】の捜索を依頼した」


 それを聞いた瞬間、やはりかという大河の気持ちは怒りに変わった。


「……どういうことだよ」


 大河はジカルを睨むように見つめた。


「人間の道理に倣い、一人より複数人で探した方が効率がいいと考えた。何か不満がある?」


 ジカルのその言葉で、大河は確信した。ジカルは、自分の他に魔視を持つ人間を探していたのだと。勿論、大河には納得がいかない。


「大いにあるな。お前のやり方は間違ってる」

「どうして?」


 ジカルは何もわかっていないのか、きいてくる。

 その時、今度は好桃が口を挟んだ。


「大河くん、怪我してるの……?」


 好桃は、そっと大河の左手に触れた。魔物が吐き出した熱湯によって、火傷してしまった跡だ。暗くてよく見えないが、赤く腫れ上がり、水脹れのようになっている。また、それを認識した直後、思い出したように鈍い痛みも感じ始める。

 心配そうな瞳を潤ませる好桃を宥めるように、大河は答えた。


「大丈夫だ、大したことはない」


 しかし、好桃は首を横に振り、


「私が、手当してあげる」


 と言うのだった。大河には、彼女の言葉の意図がよく読めなかった。熱がまだ下がりきっていないのに、どうしようというのか。それどころか、いま余計な体力を使えば風邪が悪化してしまう恐れすらある。


 大河は好桃の善意を受け取りつつも、首を振った。


「いや、いいよ。だってお前――」


 だが、大河が言い終わるより先に、信じられない光景が彼の瞳にはっきりと映った。好桃が両手で大河の左手を包み込むと、彼女の手が淡く光り始めたのだ。大河は呆気にとられ、その様子を眺めていた。すると俄に痛みが引き始め、やがて全く感じなくなった。当然、何が起きたのか大河にはわからない。


 好桃は手を離すと大河を見上げ、にっこりと微笑んだ。


「自分の風邪は治せないけど……他の人の傷は治せるから。だから、大河くん。また怪我したりしたら、いつでも頼っていいからね」


 大河は、正直なところ理解したくはなかったが、好桃のこの行動で何もかもを察してしまった。これは彼女がジカルからもらった魔力だ。大河の傷を癒やすこと。それが、好桃の精一杯の善行なのかと大河は身に沁みて思った。彼女だけは、何が何でもこの手で守ってやらねばならないのだと。


 そして、さらに好桃は話を続ける。


「大河くんは、私のこと心配してくれたんだよね? 危ないことに、巻き込んじゃうかもって……」


 大河は頷いた。今回ばかりは否定はしない。できない。

 ジカルと関わることで、彼女にも危険が及ばないとは言い切れない。むしろ及ぶ確率の方が高いだろう。そんな不安を大河は抱いていたのだ。だが、好桃はそれをすでに見透かしていたようだった。


「ジカルちゃんは、私たちにしかできないから頼みに来たんだよ。大河くんも、ジカルちゃんのこと見えてるんだよね? だったら、一緒に探そう」


 好桃はまた笑った。それはいつもと変わらない、穏やかな笑顔であった。大河は咄嗟に彼女から視線を逸らし、本棚の方を見つめた。

 ……やはり魔法に関する書籍が多い。


 しばしの沈黙の後、大河は意を決して尋ねた。


「……お前は、ほんとにそれでいいのか?」


 好桃もしばらくは黙っていた。しかし十数秒のちに返ってきたのは、彼女の明るく、張りのある声だった。


「うん、大河くんが一緒に探してくれるなら!」


 何が正解かはわからない。ただ、ここで引き止めても無駄とすら思える。

 大河は好桃に視線を戻すと、彼女を安心させるように言った。


「明日、高原に参考になりそうな資料もらってくる」

「うん、ありがとう」


 好桃も嬉しそうに、無邪気な笑みをこぼす。


「じゃあ、今日はもう寝てろ」

「うん、大河くん……来てくれてありがとう」


 不意に礼を言われたので、大河は「お前が世話がかかるからだ」と言って背を向けた。その時、大河はジカルがいなくなっていることに気づく。どこを向いても、本棚や机があるだけで彼女の姿は見当たらない。色々と言っておきたいことはあるが、帰ってしまったのだろうか。


 机上の目覚まし時計の針は、九時過ぎを示している。米を買いに行っただけの兄が帰らないので、妹はかなり心配しているはずだ。大河は仕方なく、自転車を走らせて早急に帰宅することにした。


 好桃を寝かしつけた後、大河はアパートの部屋を出た。今日もまた、鍵をかけてそれを上着のポケットに入れる。大河は軽く一呼吸し、家に向かおうと身体を九十度回転させて階段の方を向いた。すると、階段の手前のブロックのところにジカルが立っていた。暗い、澄んだ瞳でこちらをじっと見つめている。

 しかし、大河は驚くことなく、ジカルに近づいていった。そして彼女の手前まで来ると、口を開く。


「もうこれ以上、俺以外の人間とは関わるな」

「何故?」

「お前に言ってもわからねーよ」


 ジカルは相変わらず、「無」の表情で見つめ返してくるだけだ。


「あいつも、色々と大変だったんだよ」


 思わず、大河からそんな声が漏れる。

 それを聞いたからか、突然、ジカルは話し始めた。


「しかし、彼女からは憎しみが感じられない。彼女の中に、憎悪や嫌厭という感情は存在していない」


 唐突にジカルの口から飛び出した言葉。勿論、大河はその意味を解せなかった。


「どういうことだ? あいつも、お前のこと見えてるんだろ?」


 不本意にも抗弁するような姿勢になっているのを自覚し、大河は口をつぐむ。だが、これはどういうことなのだろうか。

 ジカル曰く、見えてはいるが、彼女からそのような負の感情は窺えないという。


 確かに、好桃は常ににこにこ笑っている。この世界を憎んでいるとはやはり思い難い。大河がこうして【ツインクル・テール】の捜索に協力してやっているのは、(口では言えないが)本音を言えば彼女のためでもあるのだ。それゆえに、もしも好桃がこの世界の破滅を望んでいるなら――大河がジカルに協力する意味はなくなってしまう。


 反対に、この世界を愛しているのだとしたら、彼女には何故、魔視があるのだろう。


 ――そういや、生まれつき魔視を持ってるやつもいるんだっけ。


 大河はふと昨晩ジカルから聞いた話を思い出し、そんなことを思ったが、すぐにその考えを捨てた。生まれながらに魔視のある人間はこの人間界に数人しかいないと言っていたから、その可能性はほぼ皆無だろう。だとしたら、ますます理由がわからなくなる。


 大河は、マッチ棒のように直立で佇むジカルを前に、ただ考えを巡らせていた。

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