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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
13/46

「非日常的日常」

 目覚ましが鳴り響く部屋の中。

 大河は跳ね起き、手を伸ばして机の上の目覚ましを止める。時間は午前七時。体のあちこちに、痛みが残っている。特に、両太腿は中に針金でも入っているのかと思うほど、ズキズキする。


 正直、学校を休みたい衝動に駆られたが、大河は床に放置された鞄を跨いでクローゼットの方に行くと、扉を開けて中から制服を取り出した。その時にまた右手の星が目に入るが、無視してあまり深く考えないようにした。


 着替え終わり、鞄を持って階段を下りる。


 鞄を玄関に置いてからリビングに入り、テーブルの方に視線を向けた。父親は今日も早朝から出ていったらしく、卓上には朝食が三つ用意されている。白ご飯と味噌汁といった簡素な食事だが、父親の子供たちに対する精一杯の気遣いなのだろう。


 その後、大河は台所へ向かった。彼が早く起きたのは、これから弁当を作るためだった。


 母親が数年前に家を出てしまい、父親が早朝出勤の夢野家では毎朝、基本的に大河が弁当を用意することになっている。

 父の負担を減らすため、兄妹たちにはそれぞれの役割が割り振られているのだ。大学生の姉は、昼まで起きてこない。妹も起きてくるのは七時半頃だから、大河が朝食兼弁当係だった。しかし今日は父親が出勤前に用意していってくれたから、大河の出力量はいつもの半分で良い。


 大河は料理が上手い方ではないが、ここ数年で急速に腕を上げていった。少なくとも妹たちからは、父親が作る料理よりも「美味しい」と評されるくらいにはなった。


 大河は早速、フライパンに油を敷き、鶏肉を炒めた。

 ついでに好桃の分も作ってやる。大河にとって、好桃はあくまで「ついで」であった。自分で料理しなくとも、既製食品を買ってきて弁当箱に詰めるくらいならできそうだが、それすらもやらないとなれば大河が作って持っていくしかない。


 週に一度、夕飯を作りにわざわざアパートまで行っているものの、それ以外の日はコンビニ弁当で済ませることが多いという。部屋の掃除なども現状、すべてを大河がやっていると言っても過言ではない。

 好桃は大河をも超える、「超」怠け者なのだ。


 調理を始めてから少し経った時、妹の愛玖空あくあが一階に下りてきた。ピンクを基調とした白い水玉模様のパジャマを着たまま、ぼさぼさの髪を手櫛で梳きながら大河の横を通った時、妹は兄に話しかけた。


「兄ちゃん、おはよう。昨日、いつ帰ってきたの?」


 まだ眠気が残っているのか、妹は大欠伸をしている。そんな妹を見ても、大河は料理の手を休めずに適当に答えた。


「あ……あぁ、十一時くらいかな……」


 妹がいつも寝る時間帯は十時半頃だから、それよりも遅い時間を言ってみる。確か、大河が家を出たのもそのくらいの時間だった。


「でも、そんな時間にコンビニで何買ってたの?」

「あぁ、ノート切らしててな」

「そんなの、今日の行きにでも買えばいいのに。兄ちゃんって、いつもどこかズレてるよね」


 妹はそう言うとまた大きな欠伸をこぼし、着替えるため脱衣所の方に行ってしまった。大河は妹の話を軽く聞き流し、ただ鶏肉を焼いていた。


 メインが出来上がると、それをレタスと一緒に弁当の中に詰める。妹の方はピンク色の少し小さめの箱、大河の方はそれよりも一周り大きい青い箱だ。それぞれに詰め終わると、あとは炊き立ての白飯を詰めれば完了だ。

 炊飯器の蓋を開けると、忽ち中から白い湯気が飛び出してくる。大河は御飯を杓文字で掬い上げ、箱に詰めていった。


 二つの大小の弁当が完成すると、その余りで好桃の弁当も用意する。妹とほぼ同じサイズの黄色い弁当箱に、同じ内容のものを詰める。これで、三つの弁当が出来上がった。


 大河は一つを妹の席に置いてから、自分の席に着いて急いで朝食を済ます。そして歯を磨いた後、ハンガーにかけておいたブレザーを着、弁当を持って玄関に直行。床に置いてある鞄を手に持った。

 中に弁当を入れ、靴を履いていると、そこを通りかかった妹がまた声をかけてきた。


「兄ちゃん、また後ろの髪ハネてるよ」


 寝癖を指摘されたが、いつもそのままにして出ていくため、あまり気にはならない。大河が無視すると、妹は話を変えてきた。


「そうだ。好桃ちゃん、迎えにいくんでしょ? あの子、元気にしてる? 最近、全然遊びに来ないから。ちょっと今日あたり誘ってみてよ」

「お前が誘えよ。連絡先、知ってるだろ」

「もー、そこは『わかった』って答えるところじゃない?」


 これ以上、面倒なことを言われる前に出ていこうと、大河は立ち上がって玄関のドアを開ける。


「行ってらっしゃい!」


 後ろから妹の声が聞こえたが、大河は「あぁ」と素気ない返事をするだけだった。

 ドアを閉め、いつものように好桃のアパートに向けて歩き出す。


 途中、どこからか犬の鳴き声が聞こえた。近所の家の庭から吠えているのだろう。そう思いつつ大河が足を速めようとすると、再び太腿に軽い痛みが走る。それと同時に、大河は昨日の出来事を思い出した。


 突如、目の前に現れた巨大な魔物。さらに、魔界から来たという謎の少女。あれが何だったのかよくわからない。わかっているのは、あれは夢ではないということだ。今でも、あの眩い閃光の残映が目の奥にくっきりと焼きつき、魔物の不気味な咆哮も鮮明に耳に残っている。


 あの少女――ジカルという名前だっただろうか。彼女は、魔界から魔物が出てきてしまったと言った。彼女の言った【ツインクル・テール】という生き物も、その正体すら大河の頭の中では、曖昧に整理されている。

 何ひとつ手がかりがない上に、説明を聞いても今ひとつ要領を得なかった。情報になるものがほとんどないのであれば、探すのは不可能ではないだろうか。


 ――高原なら、何か知ってるかもな。


 昨夜、考えたことをもう一度、大河は心の中で反復してみた。

 それは気休めに過ぎないが、何もしないよりはいいかもしれない。高原が【ツインクル・テール】について何か有用な情報を知っていたら、捜索がしやすくなるかもしれない。


 やがて、好桃のアパートが見えてくる。大河は今しがた考えていたことを一旦保留し、階段を駆け上がった。好桃の部屋の前まで来ると、チャイムを押した。


 しかし数分経っても、好桃が出てくる気配はない。まだ寝ているのだろうか。大河はズボンのポケットに手を入れると、鍵があった。そこで昨晩、彼女に呼び出された時に持って帰ったことを思い出す。

 勝手に入るのはどうかと大河は少し逡巡したが、好桃ならばそこまで気を遣わなくていいだろうという結論に至った。大河は鍵穴に鍵を差し込み、回してドアを開けると中に入った。


 そのまま好桃の寝室に行き、ノックしたが返事はない。


「好桃、いるか?」


 呼びかけると、


「大河くん……いるよ……」


 と、とても弱々しい声で返事があった。

 普段の彼女の声色はどこにもない。大河はそっとドアを開ける。


 そこには、顔を林檎のように赤く染めている好桃がいた。ベッドに腰かけたまま、大河に視線を送っている。


「大河くん……ごめん……すぐに行くから」


 その声は息も絶え絶え、といった感じである。


「待て、熱があるんじゃないのか?」

「大丈夫だよ。大したことないから……」


 しかし、誰が見ても大丈夫ではない。

 大河は好桃のところに行き、彼女の額に手を当てた。やはり熱があるようだ。


 大丈夫だと言い張る好桃を、大河は無理やりベッドに寝かせ、熱を測らせた。


 体温計を見ると、三十九度を超えている。とても学校に行けるような状態ではない。


「食欲はどうだ?」


 大河がきくと、好桃は首を横に振った。


「あんまり……」


 寒気からか、彼女は身体を震わせている。そして、大河を見つめながら呟いた。


「昨日、夜更かししたからかも……」


 大河もそれは知っている。昨日の深夜、大河の携帯に好桃からメッセージが届いたのだ。おそらく、大河が出ていってからも起きていたのだろう。


「今日は安静にしてろよ。学校終わったら、様子見に来てやるから」

「でも、今日はお弁当作ってきてくれたんでしょ? それ、お昼に食べるから置いていって」

「いや、その熱じゃ流石に無理だろ」

「でも、勿体ないよ。せっかく、大河くんが作ってきてくれたのに……」


 好桃は両手で掛布団の端を握りしめながら、申し訳なさそうな顔をする。しかし、熱がある状態であんな脂っこい内容の弁当を食べては、体調が悪化するのは目に見えている。


「お粥なら食べられそうか?」

「……うん」


 大河が念のために尋ねてみると、好桃は小さく頷いた。


「じゃあ、すぐ作って持ってくるから、それまで大人しくここで寝てろ」

「でも……学校はどうするの?」


 好桃にきかれ、大河はその部屋の時計を見やった。針は、八時少し前を示している。今から速攻で作れば、どうにか間に合うかもしれない。


 大河は急いで部屋を出ると、きれいに掃除されたばかりの台所へ行き、下の戸棚から小さめの鍋を出した。見る限りでは、やはり大河が最後に夕食を作りに来てから、誰もこの台所を使用していないらしい。

 そんな現場を目の当たりにした大河は溜息をつきつつも、鍋に水を張る。


 十数分してお粥が出来上がると、大河は鍋ごと大きい木の盆に載せて好桃の寝ている部屋に持っていった。

 勉強机に鍋を置き、蓋を開けて中身を茶碗に注いでやる。


「ありがとう……」


 好桃は、力ない声で礼を言った。


「あとは自分で食えるか?」

「……うん」

「じゃあ、俺はもう行くからな」


 時計の針は、すでに八時二十分を回っていた。それを見た大河は、部屋の前に置いてあった鞄を持って玄関まで駆けていき、ポケットから鍵を出す。返そうと思っていたが、彼女が学校に行けないのなら、今日も借りておくしかない。


 外に出ると鍵をかけ、階段を駆け降りるとそのままの速度で学校に向かった。顔面に風を受けたが、前日と比べて気温が上昇しているせいか、暖かく感じられる。

 心地の良い風の音に混じって、遠くの方からは今日も鳥の鳴き声が聞こえる。しかし、今はそんなことに浸っている余裕などない。


 急いではいるものの、足が痛くて思うように走れない。担任の教師が教室に入ってくると、朝のホームルームが始まる。それまでに自分の席に着いておけば遅刻にならずに済むのだが、このままではその時間にも間に合うかわからない。大河は重い足を精一杯動かしてなんとか走り続けようとしたが、走れば走るほど両足がズキンズキンと痛み、その度にスピードが落ちてしまう。


 結局、大河はこの日のホームルームには間に合わなかった。

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