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ツンデレ男子と魔界怪奇譚  作者: 橘樹 啓人
第一部 TWINKLE TAIL
1/46

「リアルな夢」

 ――ここはどこだ?


 無意識という意識の中に、その疑問だけがはっきりと存在していた。


 深い森の中。夢野ゆめの大河たいがは木立に囲まれた一本の道の中央に、ただ立ち尽くしている。

 リーン、リーンという鈴虫のような鳴き声。視界は闇に覆われ、昼か夜かも判別できない。木々の枝葉が風に揺れて怪しい音を奏で、生暖かい微風が肌に触れる。


 昨日は普段通り、退屈な日常を送った後、何事もなく寝床についたはずだ。だとすると、ここはどこだろう。


 ――夢、だよな?


 大河は心で呟いた。

 得も言われぬ不安を抱きながら恐る恐る一歩を踏み出し、森の奥へと歩き出した。しかし、足を進めるごとに草木の不穏な匂いが大河の鼻をつき、歩みを躊躇させる。それがあまりにもリアルな感覚だからだ。


 本当に夢なのかと疑念が過ぎる。その時、どこか遠くの方から獣のような鳴き声が響いた。瞬間、背筋に汗が迸り、掌にも汗が滲み、疑問がさらに深い谷となって襲ってくる。


 必死に恐怖心を殺しながらしばらく進むと、今度ははっきりと闇の奥から獣の咆哮が聞こえてきた。例えるなら、恐竜のような――地球上の生物とは思えないほど、悲鳴のように甲高い不気味な声。

 間髪入れず、何かが枝を踏みつけるような音がした。


 いよいよ危険を感じた大河は立ち止まり、耳を澄ました。その音は徐々に大きくなってくる。こちらに近づいてきているようだ。ミシミシ……という音とともに、「巨大な何か」が前方から歩いてくるような気配。だが、そこは闇が支配していてよく見えない。

 それでも、これは人間ではない、と大河は確信した。耳で聞き取れるほど、動悸も速くなる。


 やがて暗闇の中から、〝それ〟は姿を現す。といっても、暗くて姿はよくわからない。だが、車のヘッドライトのように黄色く光る大きな二つの眼が、確かにそこにあった。それは大河のすぐ目の前で停止した。大河は足が竦み、一歩も動けなかった。

 蛇のように鋭いその両眼は、大河の掌ほどもあるように思える。相手がこちらに対し、明らかに敵意を向けているのは確かだ。刹那、木々の隙間から淡い月光が射し込み、その姿を鮮明に映し出す。


 全身は漆黒の毛によって覆われ、爪は鷹のように鋭く尖り、開いた口からは狼のような牙が現れる。さらに、背中には蝙蝠のような翼が見える。俗に言う、ドラゴンのような姿をした生き物だった。怪物は大河を見下ろし、今にも襲いかかりそうなオーラを放っている。

 逃げようにも、足が震えて動けない。その時、大河は不意にある声を聞いた。


『――お前は、何のために生きている』


 少女のようなか細い声。それでいて感情が見えず、まるで寝言のような響きだった。しかもそれは聞こえるというより、心の中で響くような、不思議な感覚だった。まるでテレパシーのように。


 その声を聞いたからか、ふと我に返った大河は踵を返し、一目散に駆け出した。見てはいけないものを見てしまったという危惧感。どうか夢であってほしい。疾走しながら、そればかりを願っていた。


 ところで、あの声の主は誰だったのか。ここはどのような世界なのか。無論、そんなことを考えている状況ではないが、次々に疑問の雨が降ってくる。

 無我夢中で走り続けるうち、大河の首筋を無数の汗が伝う。


 走るうちに息苦しくなってくるが、速度を落とせばすぐにでも追いつかれてしまうだろう。走るのをやめたが最後、殺されてしまうかもしれない……という思考が過ぎる。同時に、津波のように押し寄せてくる圧倒的恐怖感。


 突如、足先に何か硬いものが当たり、大河は前のめりに倒れ込んでしまった。咄嗟に地面に手をついて受け身を取る。苔が生えているのか、ざらざらとした不快な触感。振り見ると、道の脇の木立から根が地を這うように伸び、大河の足許まで届いていた。


 怪物は両手の爪を前に突き出しながら、肉迫してくる。大河は起き上がることも忘れ、咄嗟に右腕で自分の頭を庇った。その瞬間、大河の右手を怪物の爪が切り裂いた。


 激痛が走る。血の流れるのを感じ、右手をもう片方の手で押さえつけながら、大河は痛みに耐えた。

 するとまた背後から、夜風に混じって別の足音が聞こえた。今度は人間なのか、小さな足音だった。走ってきた逆の方向の暗闇から、鷹揚に木の葉を踏むような音を響かせながら、こちらに近づいてきているようだ。


 刃物で手の肉を抉られたような激しい痛みで意識が朦朧とする中、大河はその音をただ聞いていた。再び不安を含んだ恐怖が、胸の底から湧き上がる。


 どうにでもなれ、という言葉が今は相応しいだろうか。

 そんなことを思いながら大河は振り向き、音のする暗闇を凝視した。


 現れたのは、一人の少女だった。大河の手前まで来ると、足を止める。彼女はじっと大河の後ろにいる怪物を見つめている。と、その時。

 怪物が咆哮とともに、後ろの翼をバタバタと鳴らし、少女に飛びかかったのだ。


 ――逃げろっ!


 大河がそう叫ぼうとした瞬間、少女は右掌を前に突き出したと思うと、そこからクモの巣状に光の輪が広がった。その輪は忽ち少女の身体を全て包み込むほどの大きさになり、壁を作るように内部が白く光って少女の姿を隠蔽する。

 怪物は勢いを緩めることなく、そこに突進した。すると光が一層強さを増し、大河の頭上で白色の光線が爆散。雷鳴に似た音を轟かせながら、怪物を後ろへ強く押し返した。


 弾き飛ばされた怪物は空中で体勢を立て直すと、そのまま少女の数メートル手前に降りた。数秒ほど真紅に変色した眼をぎろりと光らせ、太い獣の声で唸りながら少女の方を睨んでいたが、やがて大人しくなると眼の色が元の黄色に戻った。その後、怪物はゆったりとした動作で巨躯を半回転させ、少女と大河に背を向けると背中の翼を大きく広げて飛び去った。蝙蝠のような羽を上下に激しく動かしながら、紺色の空へどんどん見えなくなっていく。


 大河は助かったと思いながらも、少女のことを思い出し、さっと後ろを振り返る。そこには先程の少女が無言で立ち尽くし、正面から降り注ぐ月光が彼女を照らし出している。少女は、大河の方に視線を移した。


 大河は少女と目が合い、改めて彼女の姿を見つめた。

 歳は十四、五くらいだろうか。裾のところに凝った模様のレースが白く編み込まれた漆黒のワンピースを着、水色の目を静かに大河に向けている。さらに、腰に巻いた青いリボンが風に靡き、彼女をより印象づけている。


 しかし、大河はその少女を見て、ある違和感を見つけた。

 その目には、光が宿っていなかったのだ。まるで死人のような目だった。見ているだけでも恐ろしさを覚える。


 少女がさらに数歩、大河に接近した。

 怪我を負い、地面に腰を落としたまま立てなくなった大河の眼前に、少女の足がある。恐る恐る、大河はそっと顔を上げた。少女は依然として無言である。その視線は、間違いなく大河に送られている。大河から見れば、彼女から見下ろされた状態。


 敵か味方かもわからないこの少女は、一体誰なのだろう。疑問が湧いたが、それ以上に恐怖心が強く、大河は声をかける勇気も気力も失ってしまった。


 しばらく沈黙が流れ、静寂が支配した。大河はここで、いつの間にか風がやんでいることに気づいた。すると突然、少女の口が開く。


『私のこと……見える?』


 その言葉を聞いた瞬間、はっと大河は息を呑んだ。


 さっきと全く同じ感覚。テレパシーのように、脳の中で少女のものと思われる声が響いた。その直後、大河の意識は薄れ始め、ゆっくりと闇の中へ落ちていったのだった。

お読みいただきまして、ありがとうございます。

ファンタジーの知識が乏しく、お見苦しい箇所がこれから多々出てくるかとは思いますが、何卒ご容赦ください。

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