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謎の怪人レイ!……って誰?

真夜中のショッピングモール。入り口付近に備え付けられているベンチに一人の少女が小さな寝息を立てて横になっていた。

外ハネした金髪に碧眼が特徴の美少女で、黒を基調としたメイド服を着、赤いアンダーリムの眼鏡をかけている。少女の名はエミリー。

このゲームの参加者の一人である。疲労が蓄積し、瞼を閉じようとするが、疲れているはずなのに頭が冴えてくるのである。

眠っている間に狩人に襲撃されたらどうしよう。

気持ちの悪い狩人が参加者たちを次々に襲い、見るも無残な姿に変えらていく姿を目撃していた彼女は非常に強い不安を抱いていた。

あんな風に命を奪われたくない。

早く家に帰って、大好きなパパとママに会いたい。

寒さのせいもあるのだが、それ以上に恐怖によって彼女の体は震えていた。

そもそも彼女がX氏の誘いに乗ったのは大金を手に入れることができれば、幼い頃からの夢である歌手としてデビューできるかもしれないと思ったからだ。最初はX氏からの突然の電話に戸惑いを隠せなかったが、彼の威圧感のある低音ボイスから語られる言葉に説得力を感じ、遠路はるばるこの街まで足を運んできた。

大金を稼ぐ機会を与えると言っていたのでどんな仕事かと思ってきてみたが、その正体がこれほど恐ろしいゲームとは夢にも思わなかった。既に参加者の半数近くが殺められている現状。

次は自分なのではないか。ひしひしと迫りくる恐怖に、彼女は手で顔を覆う。怖くて怖くてたまらない。涙が次々に溢れ出る。


「お願いです。誰か、私を助けてください……」


カの鳴くような小さな祈りが届くかはわからない。

けれども彼女は願わずにはいられなかった。

お金なんかいらない。今はただ、普通の生活に戻りたい。体を小さくしてガタガタと震えながらベンチから動こうとしない彼女の前に、一人の影が現れた。

まさか、狩人では?

真っ暗で姿が見えないことが、彼女の内なる恐怖を増大させる。

不意に当てられた懐中電灯の光。その眩しさを両腕で防ぐと、光の中から声がした。


「お前さん、参加者のようだな」


しゃがれた老人の声だ。


「黒い服に隠れて姿が全く見えんかった。夜の色と完全に同化している。これが隠れんぼだったなら、お前さんの優勝だろうな」

「え……?」


光に怯みながらも思わぬことを言われ困惑していると、声が返ってきた。


「怖がっているのか。まあ、このような箱庭であのような化け物から逃げろと言われたら、誰だって疑心暗鬼にもなるし、恐怖も抱くだろうなぁ」

「あの、あなたは?」

「わし? わしはお前さんと同じ参加者だよ。近づいても、よろしいかね」


参加者と聞いてエミリーは安心した。考えてみれば狩人は唸り声や叫び声をあげてばかりで言葉を喋ることがないのだ。

恐怖のあまり彼女はそれを忘れていた。老人の問いに頷くと、彼はゆっくりとエミリーに歩み寄る。人前で寝転がっている姿を見られるのも恥ずかしいし、お年寄りには席を譲ったほうがいい思い、彼女は消えきれない恐怖で体を震わせながらも、辛うじて起き上がり、老人が座れるスペースを作ることができた。


「すまんの」


どっこいしょ、と言って腰を下ろした彼を改めてエミリーは観察する。年齢は七十を超えているのではないだろうか。腰まで伸ばした白髪に白髭、白い着物姿の恰好は普通の老人というよりは仙人に近い。

穏やかな目元が彼の人格を現しているかのように感じられた。

懐中電灯の光が灯っているため、今はお互いの姿がよく見える。

老人は長い口髭を撫でながら、穏やかに微笑み。


「わしは匙。お前さんの名は何と言う」

「私は……エミリーです」

「良い名だ」


匙の言葉はお世辞だろうか。普通は初対面の人にそんなことを言うのは不自然だからだ。けれど、仮にお世辞であったにしてもエミリーは嬉しかった。誰でもそうだが、自分の名を褒められて悪い気分になる人はいない。


「懐中電灯ではちと光が足らんか」


匙は癖なのか髭を撫でると懐中電灯の光を消す。

何をするのかと疑問にエミリーが思っていると、彼は掌から黄金色に輝く球体のようなものを出し、それを軽く上へ投げた。

光の球はふわふわと宙を舞い、彼らの頭上で浮遊する。


「こっちのほうが電気の無駄にもならん。最初からこうしておけばよかった」

「あの、この球は?」

「ちょっとした光の球だよ。これでお前さんの顔も見えるし、少しは明るくなれるだろう」

「で、でも狩人が襲ってくるかもしれませんっ!」

「心配せんでも良い。少なくとも一体は既に倒されているから」

「ええっ」


目を丸くして驚く彼女に匙は笑い。


「お前さんはこんな近くにいたのに、気づかなかったのかね」

「何にですか」

「つい数時間ほど前、このモールで戦闘があったんだよ。狩人と参加者だよ。それはそれは激しいものだった。勝負は参加者が勝ち、狩人は爆死した」

「爆死!?」


信じられない言葉に、エミリーの眼鏡がズレる。


「ちょっと失礼するよ」


匙はいきなりエミリーの額に己の手を当てた。

ほかほかと温かい手の温もりを感じ取っていると、彼は手を離し。


「なるほど、大体のことはわかった。お前さんは人が良いというか、騙されやすい。このゲームに参加し、後悔しているだろう」


エミリーは自分が思っていた確信部分を突かれ、こくりと頷く。

Xの口車に乗せられ自分はこの街に来てしまった。

大富豪が簡単に大金を渡すはずがないのに。どうして気づかなかったんだろう。言葉にできないほどに悔しい。唇を噛みしめると自然に視界が涙で潤んで見えなくなる。

泣き続けるエミリーに無言でいた匙だが、やがて口を開いた。


「エミリー。わしはこの悪趣味極まりない遊びに、昔の忘れ物を探し出すために参加した」

「忘れ物?」

「大事なものだ。それを何としても探し出したい。お前さんはこのゲームから逃げたい。それならどうだろう、わしと一緒に行動してはいかがかな」

「……」

「こんな老人だとと頼りないと思うだろうが、少なくとも一人よりはましだろう」

「私で、いいんですか」


エミリーは手の甲で涙を拭き、彼に言った。


「私は何の取り柄もないです。運動も苦手ですし、狩人と戦える力もありません。こんな私と組むより、狩人を倒したっていう方と一緒にいたほうが生き残れますよ」

「お前さんだからこそ組みたいのだ」


狩人を倒せる人物よりも自分を選ぶ。

匙老人の選択がエミリーには理解できなかった。

普通ならどう間違ってもしないはずなのに。

どうして彼はこんな私と一緒に行動したいんだろう。

励ますため?

それとも何か別の目的が――


「すぐに答えは出さなくてもいい。今日はゆっくりと寝て、明日、答えを聞くとしよう。だいじょうぶ、夜は狩人は襲ってこないから」

「でもっ!」


俯いていたエミリーが顔を上げると、そこには匙の姿は消えていた。


「あのおじいさん、どこに行っちゃったんだろう」


いきなり話しかけてきたと思ったら、光の球を出したり、突然消えたり。全く行動が読めない人。もしかすると彼は魔法でも使えるのではないだろうか。そんな空想に囚われていると、両の瞼が重くなるのをエミリーは感じた。


「あれ、おかしいな。さっきはあんなに冴えていたのに」


疲れがたまったのか。それとも不思議な老人と話して恐怖心が和らいだのか。思案しても答えはでなかったが、この日、エミリーは泥のように深い眠りに落ちた。



翌朝。ぐっすりと車の後部座席で眠っていたナツは黄金カードから流れるX氏の声によって目を覚ました。


「親愛なる参加者諸君、おはよう。昨日で参加者も数を減らし、残り十五名となった。今日の夕方までにあと何人残っているのか、それとも全滅しているのか、この私を楽しませたまえ」


X氏の話が終わると、ナツは呆れたように嘆息し。


「トリー、このバカみたいなゲームを終わらせる方法、何かないの」

「ある」

「ほんと?」

「但し、どれも難易度の高いものばかりだ」


車中でトリニティが説明したゲームを強制終了させる方法は以下の通り。


一 空中から街を出る

二 タイムリミットまで逃げ切る

三 X氏のいる場所へ向かい、ゲームを止める。


「結構あるじゃん。それなら一つずつ実行していけばいいんじゃない」

「そう作戦はうまくいかないものだ。一はこちらが一五人もの人数を空中移動させる手段を持たないことが挙げられる。私の能力でも一度に一人が限界だ。それに街を囲んで上空に赤外線センサーなどが張り巡らされているかもしれぬ。もし、そうでなかったとしても、用心深いX氏のことだ。外部に多くの兵士を見張りにつけ、出てきた我々を一網打尽にすることもあり得る」

「トリニティの能力云々は意味不明だとしても、それだと確率は低いか。二はどう?」

「残り時間は二日。この車に乗っていても逃げ切れる保証はない。ましてや、他の参加者なら猶更だ。まともな手段でゲームを戦えば、全滅の危険性もある」

「じゃあ、三だね」

「と言いたいところだが、X氏がいるであろうXタワーは四階建て。

まさかすんなりと最上階に行けるはずがない。用心深い彼のこと、各階ごとに罠を仕掛けて待ち構えているだろう」

「罠ってどんな?」

「わからん。だが、狩人を大量に待機させているなどは考えられる。ここにいるのは三人。戦局はあまりにも不利だ」

「だったら、協力してくれそうな人を探して仲間に加えればいいじゃん」

「しかし、万が一探せたとて仲間になってくれる保証は――」

「やってみなきゃわからないよ。というわけで、作戦三に決定!

ディッキー、最高速度で運転お願い」

「ヒトヅカイノアライオジョウサンダゼ」


文句を言いながらも、ディックはアクセルを全開にする。

その勢いに圧倒され車内は激しく揺れる。


「ちょっとディッキー、速すぎ!」

「チュウモンヲツケタノハオジョウサンダ。トリケシハナシダゼ」

「……少々気分は悪くなるが、それだけ早く参加者を見つけられる利点はあるな」

「何、関心してるの!?」

「すまん」


ディッキーの暴走により大混乱に陥る車だったが、やがて彼は何を思ったのか急ブレーキをかけた。


「どうした」


トリニティの問いにディックは葉巻を咥え、火をつける。

それは彼が戦闘態勢に入ったことを意味する。

後部座席から前面の景色を見てみると、車の前に一人の人物が仁王立ちをしていた。

右半分が青、左半分が緑色の目だけを覗かせた異様な仮面をつけている。紫に近い黒のストレートの髪を腰まで伸ばし、細身の体躯には中華風の衣装を身にまとっている。パッと見は昔のカンフー映画に登場する敵役と言ったところだろうか。

ディックは窓を開けて上半身を車体から出し、怪人に告げた。


「テメェハナニモンダ」

「私はレイ。お前たちを確保する者」

「オマエガダイニノカリウドッテワケカ」

「だったらどうする?」

「オモシレエ、イッセンマジエヨウジャネェカ」


その気になったディックが車を止めて降りると、レイは言った。


「お前だけでは私に勝てない。どうせなら三人で挑んだ方が少しは勝率が上がるというもの」

「オレヒトリデジュウブンダ」

「強情者め。後悔してもしらぬぞ」


指を差し、顎を上に向けるレイ。


「テメェ!」

「短気は損気とも言う。気の短さが命取りになってもしらぬぞ」


怪人は仮面の中でクックックと笑い声をあげ挑発を続ける。

車の中で怪人の余裕と自信に満ち溢れた態度にトリニティは危機感を覚えた。これほどの大風呂敷を広げたということはやつは相当な達人に違いない。トリニティは鞄を持ち、外へ出る。


「あんどーなつは中で待っていろ」

「う、うん……」


いつもは強気なナツだが、昨日出会った狩人とは違う異様な雰囲気に冷たいものを覚え、ここはトリニティの指示に従うことにした。

それに自分が出たところで二人の足手まといになるだけだとも内心思っていたのである。


「ディック、私も加勢しよう」

「ハンディキャップマッチジャアルメェシ、オレヒトリデタオセル」

「私と戦うのはゴリラか、それとも七面鳥か。どちらにせよ、すぐに片付けてご覧にいれよう」


掌を上にあげ、クイクイと招くポーズをする。

かかって来いと言っているのだ。


「オオオオオオオオオオオッ」


最初に飛び出したのはディックだ。彼は剛腕を振るい、仮面の怪人を狙う。しかし怪人は繰り出す拳の連発を細い腕で巧みに捌き、ヒットを許さない。逆に掌底をディックの胸板に浴びせ、吹き飛ばす。

飛んだディックは愛用車の前ガラスに激突するが、すぐに立ち上がってきた。


「凡人なら即死のところをよく耐えたな」

「オレサマハ、クニジャ、ウチュウイチノタフガイトヨバレテイルンダゼ」

「成程。頑丈さだけが売りというわけか。安い男だ」

「ダマリヤガレッ!」


葉巻を拭き矢のように飛ばすが、レイは微動だにせず左手の中指と人差し指だけで弾丸のように向かってくる葉巻を受け止め、地面に叩きつけると、足で踏みつけた。


「葉巻を人に投げつけるとはマナーのなっていない……これだからゴリラは困る」

「マナーナド、クソクラエダゼッ」

「ゴリラには私が礼儀と言うものを調教せねばならぬようだな」


ディックが放ったビックブーツを受け止めると、勢いをつけて体を反転させる。それに巻き込まれる形でディックも一緒に回転し、気づいたときには彼の巨体は地面に落とされていた。


「ディック!」


仲間の危機を察したトリニティが包丁で応戦するも、その突きは全て躱されてしまう。


「何という素早いやつだ」

「違う。お前の動きが遅すぎるだけの話だ」


敵は地面に跳躍すると、つま先だけで突きを繰り出したトリニティの拳の上に立つ。


「未熟者め!」


上から拳骨を見舞い、前のめりに倒れそうになったところを頭突きで追撃する。更に彼らの服の後ろ首を掴んで立ち上がらせると、両者の腹に貫き手を炸裂させる。


「ガハッ」

「ゴフッ」


二人は血反吐を吐き出し、その場に轟沈。立ち上がる気配はない。


「トリー、ディッキー!」


彼らを案じて外へと飛び出した二人は彼らを揺さぶり、声をかける。

しかし、彼らの目は閉じられたままだ。


「アンタ、トリーたちに何をしたの!?」


キッと睨むとレイはチッチッチと小馬鹿にしたように指を振り。


「何もしてはいない。ただ、敢えて言うなれば軽く戦いのレッスンをしてやっただけのこと」


怪人は風に艶やかな髪を靡かせ踵を返す。


「狩人一号を倒したとの報せを受け、少しは期待したものだが、失望した。どこへでも行くが良い。X様のところでもな」

「どうして、見逃すの?」

「見逃す? 違うな。お前たちは私が直接確保する価値もないというだけのことだ」

「アンタ、許さないッ!」


散々仲間を愚弄され、ナツは思わず拳を握る。怪人は振り向き氷の如く冷たい瞳を向ける。


「彼ら以下の素人であるお前に何ができると言うのだ。

冗談は顔だけにしろ。命を粗末にしたくなければな」


そう言い残すとレイは指を鳴らしてその場を去る。

強者であるトリニティとディック。彼らが二人がかりで相手をしても全く寄せ付けることなく、ただの一撃も食らうことなく倒してしまったレイ。格闘技に関して素人であるナツでさえもわかる、圧倒的な実力者だった。自分たちはいずれ、あれほどの者と戦わなければならない運命なのか。

怪人が去ったあと、苦心しながらもどうにか二人を車に乗せ、自分にできる範囲で介抱すると、やがて彼らは目を覚ました。


「やつはどこへいった?」

「わかんない。でも強かったね」

「コノオレサマヨリツエエヤツガ、コノヨニイルトハナ」

「レイと名乗るあの者は凄まじい実力の持ち主だ。だがそれ以上に気になったのはやつの線の細さだ。男にしてはあまりにも細すぎる。それに声もどことなく、高かった」

「オレハヤツノイフクカラコウスイノカオリヲカンジタ」


二人の証言からナツはある一つの結論にたどりつき、引きつった笑みを浮かべる。


「まさか。さっきのやつが女子なわけないじゃん。あんなに強いんだから」

「そう信じたいがな……」


女に負けたという思い込みから激しく落ち込む彼らに、ナツは手を叩き。


「負けたのは悔しいけど、リベンジすればいいじゃん。確かに最初はアタシもアンタたちを馬鹿にされたのは悔しかった。けど、結果的に命を奪われずに済んだんだから、このチャンスを活かすのもありじゃない」

「チャンスを活かす?」

「つまり早く仲間をみつけて、あいつに一泡吹かせてやるのよ」

「君は立ち直りが早いな」

「いつまでもクヨクヨしてもはじまらないからね。こういう事態には特にね」

「我々も君の割り切りの良さを見習わねば」

「見習うのは歓迎だけど、ドーナツはあげないよ」

「案ずるな。どーなつは全て君のものだ」

「ありがと」

「ジャ、サイシュッパツスルゼ」


思わぬ強豪との出会い。しかし敗北から学べるものは多い。

必ずやつを倒し、そしてX氏のゲームを止める。

三人の意思はより一層堅いものへと成長するのだった。

刻一刻と参加者たちに迫る命の危機を救い、まだ見ぬ参加者を仲間にすることができるのか。


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