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ゲーム開始!でも、ちょっといきなりすぎ……

「ここが日本か」


場所は日本。時刻は正午。飛行機のタラップを一人の男が降りる。

青く染めた髪をオールバックにし、眼光鋭い目で空港を見据える。

背丈は一八十ほど、年齢は二十代前半だろうか。男は胸を張り、堂々とした足取りで空港を出ると、観光客を乗せるべく待ち構えているタクシーに歩み寄ると、その窓を軽く叩く。


「お客さん、乗りますか」


男は無言で頷き後部座席に乗り込み、手にした鞄を傍に置く。


「どこへ行きますか」


初老の男性運転手が訊ねると、男は口を開いた。


「Xタウンまで頼む」


彼の声は太く低くよく響くこともあり、聞いた者に威圧感を与える。


「わかりました」


運転手は額に冷や汗を流しながらも、異様な雰囲気の漂う男を乗せ、Xタウンへと車を走らせた。


Xタウン。それはある大富豪の提案により作られた富裕街であり、日本各地の大富豪が集まり暮らしていることで名高い街だ。

周囲は円型の高い壁に囲まれているため一般人は普段は入ることはできない。その街に男は向かっているのだ。彼の風貌は経営者というより若手のサラリーマンのようにも見え、運転手は不審がった。

しかし途中で下ろしてしまってはせっかくの儲けが台無しになる。

疑問を感じながらも、運転手は素直にXタウンの入り口に車を停車させた。

男は代金を払うと、辺りを見渡し警戒の色を漂わせながらも、一歩、また一歩と前進していく。

Xタウンの巨大な扉の前まで歩みを進めたとき、警備員が彼に声をかける。


「一般の方の立ち入りは禁止されております」

「いや。私はX氏に召集されて来たのだ」


男が懐から黄金色のカードを取り出すと、怪訝そうにしていた警備員の表情が笑顔に変わった。


「それは失礼をしてしまいました。どうぞ、おはいりください」

「感謝する」


男は一礼するとXタウンの中に入る。

タウン内の家はどれも豪邸で白い塀に囲まれている。

彼はそれらの家々を眺めるとふっと口角を上げた。


「私の稼ぎではこのような家には一生かかっても住めぬだろうな。最も、これまではの話ではあるが」


彼の家庭はあまり裕福ではない。そのため、ずっと豪邸の暮らしに憧れを募らせてきた。そしてその機会が本日巡ってきたというわけなのだ。この機会を逃しては自分は富豪になることのないまま一生を終えるだろう。それならばこのチャンスを必ずものにして、のし上がってみせる。強く拳を握り堅く胸に誓うと、男の傍を一陣の風が吹き抜けていった。


指定場所である中央広場公園は中心に巨大なスピーカーが設置されただけの、殺風景の場所だった。

所々に木々が植えられている以外は、ブランコもすべり台もジャングルジムも、遊具と呼べるようなものは何もない。


「自然の中で遊べという方針か。それとも近年多発している遊具の事故を考慮しての措置か」


顎に手をあて思案していると、背後から不意に強い殺気を感じ、瞬時に振り向く。するとそこには、スキンヘッドに屈強な体格を黒のタキシードで包み、葉巻を咥えた強面の男が立っていた。


「ディック。君も来たのか」

「トリニティ、オマエミタイナヨワムシヤロウガ、コノオレサマトヤリアアオウナンザ、ヒャクネンハヤイゼ」


ディックと呼ばれた男は青髪の男――トリニティにふーっと葉巻の煙を吐きかけ、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。だがトリニティは動じることなく、仏頂面で告げた。


「そうかもしれん。だがこの場で出会ったということは我々は敵同士であり仲間同士でもあるということだ。命の保証は無いが、これも何かの縁。今宵は精一杯戦おう」

「ケッ、アイカワズノオヒトヨシダゼ。コノゲームハソンナニアマイモンジャネェヤ……」


差し伸べられた手をピシャリと払い、ディックは踵を返した。

トリニティは黒手袋をはめた手をさすりながらも、じっとディックを見つめていたがやがてその目は入り口に注がれた。

中央広場には次々と人が集まってくる。国籍も年齢も性別さえも違う男女がトリニティと同じく黄金のカードを手に持ちながら、何かに惹きつけられるようにこの場に集う。

集まった人数は合計で三十名ほど。

彼らを集めたX氏は何を企んでいるのか。

それは彼らにもわからないことであった。




「ごきげんよう。親愛なる参加者諸君」


スピーカーから放たれた声に三十名は一斉に上を向く。

すると上空に巨大なX氏のホログラムが出現した。

頬のこけた顔色の悪い中年だが、その目には暗い闇の光を放っている。


「参加者ってどういう意味だよ!?」


黄色いモヒカンに半裸、サングラスという不良染みた格好をした青年の問いにX氏は含み笑いをして。


「君たちは私が世界屈指の大富豪であることは知っているであろう。

この私が何の縁のない君たちを呼び寄せたのには訳がある。

それは私が主催する狩人ゲームの参加者になってもらいたいのだよ」

「狩人ゲームだと?」


木製の仮面に中国服を纏った謎の人物が口を開く。X氏のホログラムは頷き。


「左様。今から君たちは三名の狩人に追われる獲物となり、三日この街を逃げ回ってもらう。確保されたらその時点でゲームオーバー。見事逃げ切った者には褒美を与えたいと思う」

「褒美ってなんだよ」


モヒカンの男が言うとX氏は少し間を置き。


「賞金五十億円とたった一つだけ願いを叶える魔法の指輪だ。信じられぬかもしれぬが、それは本物だ。嘘だと思うのなら、それでも構わぬが」

「鬼ごっこをするだけで五十億円が手に入るんなら安いもんだぜ!」


モヒカン男が拳骨をパキポキと鳴らすと、X氏は不気味に笑い。


「勇敢なことだ。それでは、狩人をご覧に入れよう」


ホログラムが指を鳴らすと、地中から大穴を開けて一人の狩人が飛び出してきた。狩人と言っても猟銃を持った探検家風の人間ではなく、トカゲの顔に西洋の甲冑に身を固め、両腕には鋭利なかぎ爪を装備した化け物だった。


「な、なんだよ、コイツは」

「私が人工的に生み出した怪物だよ。これがこのゲームの狩人だ」


相手は着ぐるみなどではない。本物の怪物だ。まともに相手をしては命が幾つあっても足りない。モヒカン男はこのゲームからの脱出を選んだ。

誰しも人間、危機が陥ると命が惜しくなるものだ。


「じょ、冗談じゃねぇ。誰がこんな下らないゲーム参加するかってんだ。俺は降りるぜ!」


踵を返し、脱兎のごとく駆け出すモヒカン男。それを狩人は無機質な瞳で見つめると、重厚な体に似合わない俊敏な動きをみせ、先回りをする。そして、太陽の光を浴びて鋭く輝く爪の一閃をモヒカンに浴びせる。切り裂かれたモヒカンの全身から大量の血が噴き出し、狩人の体が赤く染まる。だが、その皮膚はすぐに緑色に戻った。

人間一人も惨殺したにも関わらず一切の動揺を見せず舌なめずりをする狩人。そこには良心の欠片もなく、ただ野生の本能があるだけだった。


「わかったかね? これが狩人の力だよ。ゲームを辞めたいものは遠慮なく申し出たまえ。先ほどの彼のような目に遭いたければの話であるが」


全員が押し黙り、無言を貫く。抗議をしただけで無駄だとわかっている。X氏は自分たちをゲームを楽しませる駒だとしか思っていない。その事実にごく一部をのぞき、戦慄した。


残り29人


「早くも一人が脱落してしまったが、残る君たちはどうするかね」


上空から見下ろすX氏に答えるものはない。


「全員同意したとみて、ゲームを開始したいと思う。ルールは単純。三日間、狩人三体から逃げ切れば良し。無論、逃げるだけでなく戦うのも自由だ。それでは、健闘を祈る」


その言葉を最後にホログラムは消滅してしまった。


「ルオオオオオオオオッ」


それが合図だったのだろう。獰猛な狩人はこの世の生物とは思えぬ不気味な唸り声を発し、鱗の生えた両足で歩みをはじめた。

逃げなければ殺される。賞金も大事ではあるが、まずは自分の身の安全が先だ。参加者たちはそのように考え、一斉に蜘蛛の子を散らすように街全体へと逃げ出した。

トリニティもその一人であり、彼は日本に降り立った時から肌身離さず持っている鞄を振りながら、速足で移動する。

まさかこのような事態になるとは想像もしていなかった。X氏は私に一獲千金のチャンスがあると直に電話をかけてきた。どのように電話番号を知ったのか不審に思ったが、まさかこのような残虐なゲームに巻き込まれるとは。欲に目がくらむと人は何をしでかすかわからぬものだな。

他の参加者においていかれないようにと駆け出しながらもそのようなことを考えていると、突然、何者かに背後から服の後ろ首を引っ張られた。


「ぐえっ!?」


あまりに不意を突かれたために素っ頓狂な声を出した自分を恥じつつ、相手を確認すべく振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

歳は高校生くらいだろうか。尻までかかるほどの長髪にツリ目が特徴の美少女だ。彼女は腰に手を当て、足を大きく広げ、仁王立ちをしていた。この危機的状況で立ち止まる少女は何を考えているのか。


「あんた、あたしを助けなさい!」

「助かりたいなら逃げることだ」


簡潔に助言し、その場を去ろうとする。だが、少女は彼の腕を掴んで引き留める。


「あんた、あたしの話聞いてる? あたしは助けなさいって言ったの!」

「助言はした。どう行動するかは君次第だ」

「どこに逃げれば安全なわけ?」


その問いにトリニティはハッとした。

彼女の言う通りだ。仮にこの場で逃げ回ったとしても、この街にいる限り安全な場所というものは存在しない。遅かれ早かれ、見つかる運命にある。ならば、ここで立ち止まって交戦したほうがいいのではないか。鞄を持つ手に脂汗が流れる。

トリニティはあくまで紳士的に彼女の手を離すと、真剣な眼差しを向けた。


「今は動いてはいけない」

「いつになったら動いていいの?」

「私が合図をするまで、ここで立ち止まっているんだ」

「はいはい」


少女は嘆息し、面白くなさそうな顔で足を止めた。

トリニティは懐から小さな金属製の棒状の物体を取り出す。

大きさは握りこぶしに収まるほどなので、少女の目からそれが見えることはなかった。

狩人は数メートル先を走る肥満体の男を視界に捉え、鋭い牙の並んだ口を開き、涎を地面に垂らす。唾液が地面に当たったと同時に、生えていた雑草は石化する。それをかぎ爪の生えた足で踏みつけ、甚振るように息の切れかけた男に接近する。


「ハー……ハー……」


鬼ごっこには不相応な体重三桁を超えた男は、着ているシャツを流れる汗でぐっしょりと濡らし、膝に手を置き、息を整えようとする。


「俺は運動が昔から大の苦手なんだ。楽して大金をあげるっていうからこの街に来たのに、こんなことなら家でネトゲでもしておけばよかった」


肥満体に見える人の中にも身軽なものはいる。だが、どうやら彼はその部類には入らないタイプらしかった。全くの無防備の男に吹きかかる生暖かい風は腐った肉の匂いがした。


「誰だよ、賞味期限切れの肉でバーベキューをしているやつは。服に匂いが染みついたらどうしてくれるんだよ」


ぶつくさと文句を口にするが、男は両肩に鋭いものを感じ、視線を右に向けると、自分の肩には鋭いかぎ爪が置かれているのが確認できた。


「ま、まさか……」


顔から血の気が引き、流れる汗は冷たさを帯び始める。

かぎ爪が体から離れたので、恐怖を押し殺して振り返ると、そこにはあの爬虫類の顔があった。黄金に輝く瞳が自分を捉え、口からは長い舌をペロペロと動かし舌なめずりをしている。


「よせ、俺はうまくねえ! 食うなら牛の方がいいぞ」


手を振って拒絶し、後退する男。だが背後には電柱が。

冷たい電柱と生暖かい未確認生命体に挟まれ、男は腰の力が抜けたのかヘナヘナとその場に尻もちをついて倒れ込む。

ギロリと見下ろす野生の瞳が男に語っていた。


『俺は牛より豚が好きなんだ。わかったか、この豚野郎』


いきなり両頬を思いきり膨らませたかと思うと、蛇口を捻ったかのように大量の唾液を吐き出した。


「アアアァッ……」


頭から唾液をかけられた男はその効果に暫く声をあげて苦しんでいたが、やがて足から順に石化していき、遂には完全な石像へと変化してしまった。仮にタイトルを付けるのならば、『アスファルトに腰掛けた豚男』という題になるであろう生きた像を、狩人は大きくかぎ爪を振り上げ。ヒュンという空気を切り裂く音と粉砕してしまった。

もはや男の面影はどこに求めようもなく、あるのはただのねずみ色の砂山だけだった。


「フシュルルルルルルルルル」


満足気に声をあげた狩人は次なる獲物に向かって狩りを再開する。

と、前方から無謀にもこちらに向かってくる人物がいた。

黒いスーツに青ネクタイ、青髪をオールバックにし、拳を握って突進してくる。


「狩人と名乗る人工生命体よ! これ以上、人間を殺めるような真似は私が許さん!」


勇ましい声と鋭い眼光。

トリニティを全身を観察し、狩人は思った。

こいつは面白い獲物になりそうだ、と。


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