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ex とある少女の追憶 下

 どうやらグレンと呼ばれた少年は空き物件となったこの場所を買い手として見に来たらしい。

 これまで事故物件扱いで管理会社の人間しか寄り付かなかったこの場所を選ぶという事は、きっと金銭的にここ以外の選択肢が無かったのだろう。

 それでもその年で独立して鍛冶師をやろうとするだけの野心と、それを後押しする才能を持っているのだろう。

 自分には無かった才能を。

 でなければ。自分のような馬鹿でもなければ。そういう行動は取らないだろう。


 そしてグレンと呼ばれた少年は工房の中を見学しながら、不動産会社の社員に問いかける。


「そういえば前に此処の工房を使ってたのってどんな奴だったんだ?」


「ちょうどグレンさんと同じ位の年頃の女の子でしたよ?」


「え? マジで? ……多分こう、凄い恵まれたスキルの持ち主だったんだろうな」


 ……違う。

 お前と違ってそれは無い。

 本人にその気が無いのは分かっていても、どこか嫌味に聞こえるその言葉にイライラが積もっていく。

 だけど一緒に来た不動産会社の社員は自分の契約の際に担当してくれた人で。こちらの事情は把握していて。


「いえあの子のスキルは鍛冶師として活用できるような物ではなかった筈ですよ」


 そう説明してくれる。

 それに対してグレンという少年は驚いたような表情を浮かべ……やがて言う。


「……同類か、俺と」


 互いが互いの事を勘違いしていた事を決定付ける発言を。


「という事はグレンさん。あなたも……」


「残念ながらそんな都合のいいスキルなんて持ち合わせてねえよ。Fランクの探知スキル。俺の持ってる奴はそういうマジで役に立たねえスキルだよ」


 そう言ったグレンは作業台に置かれている刀の前で立ち止まる。

 彼女が最後に打った刀だ。


「これは?」


「その……亡くなった前の契約者が作った物だそうです。此処の工房は我々の方で最低限の整備をさせていただいているのですが……その、遺留品の受取人となる方も……まあ、色々あって彼女には居なかったようなので……、そのままですよ今は」


「なるほどね……」


 そう言ってグレンはその刀を手に取る。


「我々には刀の価値なんて分かりませんが……あの子の作った刀というのは、同業者から見ればどういう物なのですか? 価値のありそうな物なのですか?」


「聞いてどうすんだ? まさか金に変える算段でも付けんのか?」


「いえ……ただ気になるじゃないですか。やりたい事と噛み合わないスキルを手にして、それでも夢を追った人間がどこまで行けたか。どこまで行ける筈だったのかなんてのは」


「……」


「どこの業界だってそうだ。スキルを持っていない人間が良い物を作っても、ろくに価値の分からない人間が明らかに不当な評価を付けていく。スキル無しで作られた物に対してまともな評価を付けられないんだ。そこでくすぶりまともな評価を得られる場所まで到達できない……あの子だって多分きっとそうだった」


「……」


「業種も何も違います。それでも夢を追う前に諦めた多くの人間の一人として……僕も。従業員も。内心応援してたんです。だからその刀が本当の所どの位の価値のある品になれていたのかを――」


「それを俺に聞くのもおかしいだろ。俺も評価する側の専門家でも直接商売でやり取りする商人でもねえ。俺がどうこう言ったって市場価値は変わらねえし、その不当な評価を付ける連中よりも的外れな評価をするかもしれねえ」


「それでも同じような境遇を持つグレンさんなら、少なくとも色眼鏡無しで判断できるんじゃないかって……」


「……立派なもんだよ」


(……ッ)


「当然名の知れた名刀なんかと比べると劣る所もあるだろうな。だけどだからと言ってこの刀が鈍刀かって言われたらそんな訳ねえ。非の打ち所はあっても、それだけじゃ終わらねえんだ。これが評価されないとかふざけんな。この刀に適当な評価しか下せねえ馬鹿なら、そんな奴はもう向いてないからやめちまえばいい」


 そう、グレンという少年は熱く語ってくれた。

 分かっている。

 グレンという少年も、評価をする側の人間ではない。

 彼が評価をした所で。してくれた所で、何かが変わる訳ではない。

 だけど……それでも。


「断言するよ。させてくれ。俺ら位の年でこれだけの業物を打てる奴が上にまで行けない筈がねえ。例え今すぐにはうまく行かなくても、コイツは絶対成功していた。できるだけの実力を示した。これで底辺でもがき続けるような世界であってたまるか」


 ……それでも。


(……認められた)


 初めてそういう風に言って貰えた。

 初めて自分の努力を認めてくれた。


 自分が描いた夢を、絵空事ではないと言ってくれた。


 自分は此処で終わってしまったけれど。

 それでも……その言葉を貰えただけで。

 これまで頑張ってきて良かったなと。

 ほんの少しだけ報われたような気がして……涙が出てくる。


「……そうですか。それが聞けただけでも良かった」


 ……ああ、本当に。本当に良かった。


 そしてグレンという少年は言う。


「決めた。此処にするよ」


 物件の下見にきていたであろうグレンはそう言って、そして一拍空けて言う。

 言ってくれる。


「事故物件で安かったりだとか、立地条件の良さとかも勿論ある。だけどよ……それ以上に、俺と同じような境遇で此処までやれて、志半ばで倒れていった奴の想いを此処で終わらせたくねえ。コイツの刀から学べる事も山程あるんだ。自分勝手な話かもしれねえが、俺は技術と設備を託されたつもりで……コイツの想いも上まで連れていく」


 分かっている。

 グレンという少年には幽霊である自分の姿は見えていない。

 きっとそんな自分勝手な話を、当の本人に聞かれているなんて思いもしないだろう。

 だけど無意識に伸ばされた手は確かに掴んだ。


 託す事にした。


 自分の同じ境遇の鍛冶師の少年に。

 自分の事を評価してくれた鍛冶師の少年に。

 託せる物を全部託そうと思う。


 そして最後まで。それを見届けるまで。

 未練を無くしてくれるまで。


 好きになった男の子の背中を押してみる事にした。





 そして現在。

 相変わらずグレンからは姿を視認される事は無くて。

 幽霊とか大丈夫みたいな事を言っていたのに、やる事為す事ビビリ散らして面白い反応を見せてくれる彼の為に、掃除や設備の整備や寝ている間にマッサージをしたりと、やれるだけの事はやってみている。

 できればその内姿を視認してくれればいいなと、そう考えながら。


 ……とはいえ不安な事が一つ。

 彼は本当に境遇が似ていて、副業に冒険者をやるらしい。

 そして今日、何かをするのだろう。

 彼の武器であるハンマーを仲間の気の良さそうな人達と一緒に取りに来た訳で。


 冒険者だとかそういう事とは全然関係の無い事件で殺害された自分が言える話では無いのかもしれないが、冒険者なんてのはいつ命を落とすか分からない訳で。


(なんか不安だ……付いてこ)


 いざという時手助けできるように付いていく事にした。

 死ぬような事があっては困る。


 彼には刀鍛冶として、登れる所まで登って貰わないといけないのだから。

 それを見届けると決めたのだから。

 次回からクルージ達の話に戻ります。

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