ex とある少女の追憶 上
少女に一般的な刀鍛冶の才は無かった。
だとしてもそれで納得して立ち止まれるような人間でもなかった。
「誰がなんと言おうと刀鍛冶になる。そう決めたんだよ私は」
少女の実家はエデンブルグでそれなりに名の知れた鍛冶屋を営んでおり、そこで作られる物の中には異国の武器である刀の姿もあった。
そんな鍛冶師の父にとってただの武器。商品の一つでしかなかった刀の魅力に少女は胸を打たれ……やがて志した。
刀鍛冶という専門の鍛冶師に。
それもただのではない。
志したのは最高の刀鍛冶だ。
だけど現実的にそれは実現の難しい夢で。
専門的なスキルを持たない人間にはある程度。そう高くない領域で限界が来る。
……それはスキルを持っている事が前提とされる鍛冶師という職業において致命的な事で。
故にこの職業の多くの場合後継者に子を選ぶ事は無い。
それを行うのも、スキルを持たない者が継いで経営が成り立つのも、精々が他に競合のいない片田舎位の特殊なケースのみだから。
だから彼女の親も周囲の人間も、その背を押す事は出来なかった。
故に彼女は最終的に黙って家を飛び出した。
基礎的な事は父親の仕事を手伝っている内に。それと隠れてコソコソと学んで。吸収できる技能は吸収したつもりだ。
そこから先を自分の様な鍛冶に使えるスキルを持たない人間に教えてくれる暇人はいないのだろうけど、だとすれば自力でどうにかする。
してみせると。
親の手の届かない王都で夢の実現に一歩踏み出す事にした。
まずやったのは開業資金の調達だ。
冒険者をやりつつ空いた時間もアルバイトを行い、とにかく死に物狂いで働いて。
結果幸いにも冒険者として効率良くお金を稼ぐ事ができるようなスキルを持っていた事もあり、優秀なトレジャーハンター染みた活躍の末、一年という短期間で。十六歳の誕生日の頃には自身の工房を手にするに至った。
ここまでは順調。
これで形だけは鍛冶職人になれたのだから。
形だけは。
「……ッ」
現実が見えた。
スキル至上主義のこの業界に、才能の無い人間が飛び込む事の難しさを、あらゆる角度から心臓を刺されるように実感した。
評価されない評価されない評価されない評価されない。
自信を持って打った刀も、優秀なスキル持ちの鍛冶師と取引をしているような武器商人には鼻で笑われ貶される。最近鍛冶師の見習いになったような人間に追い抜かれていく。
着々と地道に前へと進めている筈なのに、自分ですらも評価できなくなってくる。
これなら仮に品評会のような場所に出す資格があった所で、きっと自分ではどうにもならないだろう。
スキルが無い自分は鍛冶師として大成しない。
どうにもできない。
それだけこの世界で生きていく上でスキルは重要なのだ。
なまじ自分程度の人間が、持ち得たスキルだけを頼りに冒険者としては大成しているという事実がその考えに拍車を掛ける。
そうして、折れかかっていた頃だった。
少女は自身の工房内で、刃物で刺されて殺害された。
その時具体的に誰に何の目的で殺されたのかは分からない。
身に覚えもなく、死に至る前後の記憶が割と曖昧だったから。
そう、曖昧。
その記憶をたどる魂はまだそこに居る。
空き物件となった彼女の工房に留まっている。
だけどそこに居たからと言って何かをする訳でもない。
未練がある。折れかかっていても折れてはいなかったのだから。
そこに強い未練はあったのだろう。
だけどだからといって、その未練はどうにもならない物だから。
気力も無く、何もなく。
ただ、そこに居るだけの霊となった。
そしてそれからどの位の時間が経過したのだろうか?
そんな彼女の工房に足を踏み入れた少年が現れた。
「此処が事故物件って奴か……」
「えーっと、グレンさん。一応我々の立場でこういう事を言うのは違うのではないかと思いますが……やっぱりここはお止めになった方がいいのではないでしょうか?」
「いや、別に幽霊とかいる訳ないだろ? それにほら……仮に出てきても大丈夫だと思うし。俺は少しでも早く刀鍛冶として活動できるようにしたいから。中見たら寧ろ迷う理由無くなってきた位だよ」
グレンという名の、刀鍛冶らしい少年が。