表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相死相愛  作者: よなぷー
8/36

0008相死相愛

「まあ、悪い気はせんがな」


 面を上げると、ジル様は優しく微笑んでいた。


「今の占い結果からいけば、お主が私にそう依頼するのは自然の成り行きじゃ。『優れた占い師』といえばこの私、ジル様をおいて他にないからの」


「何でもします……」


 出来る限り不気味にならないように、自分は慎重に慎重を重ねて訴える。


「ジル様は『家族は捨てねばなるまい』とおっしゃいました……。つまり独立しろ、ということです……。炊事掃除洗濯、何でもやります……。ですから是非、是非自分を、ジル様の手元に置いてください……。お願いします……!」


 ジル様は可否を答えず、当たり前の質問をすっかり忘れていた、とでもいった具合に問い質してきた。


「それにしてもお主、なんでそこまで占い師なんぞになりたがるんじゃ? 何か理由でもあるのか?」


 自分は今までずっと秘してきた思いを吐露するときがきたと知った。椅子に再度座り、ジル様に正面から話しかける。嘘偽りない本当の言葉が、自分でも制御できない奔流となって口から飛び出していった。


「自分には爺ちゃんがいました……。無類の酒飲みで、毎日酒の東西を問わず飲んでいました……。といっても酒に溺れることはなく、節度を守り、ある一定以上は決して口にしませんでした……。『お爺ちゃんはな、酒に飲まれることはないんだ』とそれはもう何度も、自慢げに自分に話していました……」


 ジル様は無言で相槌を打ち、自分の語りに耳を傾けている。


「その頃自分は小学6年生……。ませてきた時分で、テレビや雑誌の占いコーナーを見ては、今日の自分の運勢はどうだ、父ちゃんや母ちゃんのラッキーアイテムは何だと、いちいち占い結果を気にしていました……。占星術や手相の本も買ってきて、独自に人を占う方法を勉強し始めるにもいたったのです……。そんなある日、自分は爺ちゃんの手相を観ました……。アマチュアとさえいえない、児戯にも等しい占いでした……。しかしそれでも、爺ちゃんが酒をやめない限り、事故に遭うことが判明したのです……」


 自分は声が震えていることに気がついた。意志の力でどうにか抑える。


「自分は爺ちゃんにそのことを告げました……。しかし爺ちゃんは大笑いしました……。『何を馬鹿なこと言ってるんだ、歩。そんな占い当たるわけないだろう。前にも言ったが、お爺ちゃんは節度を守って飲んでる。飲んで車やバイクに乗ったこともない。そんな結果は嘘っぱちだよ』。自分が何度説明しても、爺ちゃんはとうとう信じてくれませんでした……」


 当時の自分が今の自分に重なるようだ。自分は12歳の所塚歩の心境を思い出していた。


「そして一ヵ月後、爺ちゃんは事故に遭ったのです……。居酒屋で飲んだ帰り、酔って歩道からはみ出したところを、後ろから来た自動車に追突されました……。即死だったようで、誰も最期の言葉を聞くことは出来ませんでした……」


 涙ぐんでいる自分に気づく。前髪が長いので、ジル様には悟られまい。


「もし……。もし、自分がプロの占い師だったなら……。爺ちゃんは自分の言うことを真面目に聞いて、お酒をやめてくれていたかもしれません……。17歳になった今でも、その悔いは心にわだかまり、枷となって自分を苦しめるのです……。爺ちゃんの笑顔は胸にこびりつき、今でも決して忘れられません……。これが、自分がプロの占い師になりたい理由です……」


 時計の秒針が時を刻む音が鳴り響いている。ジル様は大きく点頭した。


「なるほどな。お主の想い、しかと聞いた」


 傍らのメモ帳にボールペンで何やら書く。一枚千切って自分に押し付けた。


「私の電話番号じゃ。いいじゃろう、お主を弟子に取ろう。後で電話するが良い。次のお客が待っとるから、今日はこの辺で帰るのじゃ」


 自分は歓喜に打ち震えた。


「くくく……! ありがとうございます……!」




 自分は美味しいチャーハンを食べ切ると、パックの煎茶を淹れて飲んだ。


 あれから一年。両親は特に反対せず、むしろ快く自分を送り出してくれた。それからジル様のマンションの一部屋を借り、自分の住みかとして利用するようになった。もちろん毎日毎日占いの勉強漬けだ。がむしゃらな一年だった、と思う。


 あ、そうだ。自分はジル様に報告しにリビングへ向かった。


「ジル様、今度の文化祭で占い屋をやることになりました……」


 ジル様はリモコンでテレビの音量を小さくした。


「無責任なクラスメイトにいいように使われたか」


 真紅のきらめきを抱くワインを、ゆっくりと傾ける。


「ま、それも修行じゃ。プロの占い師として当然通過するべき儀礼じゃ。一発かましてこい」


「くくく……。承知しました……」




 それから文化祭まで時間は加速するようだった。的中率がいまいちだったり、基礎知識を度忘れしてテキストをひっくり返したり、自分の占いもかなりいい加減だ。まだまだ修行が足りない。


 室内の演出もだいぶ煮詰まってきた。自分が当日着る黒いローブとマントはまるで職場でのジル様のようだ。骸骨の飾り物、六芒星を描いたマット、懐中電灯を使った室内照明など、それらしいアイテムは完成度を高めてきていた。男子は従来通りやる気がないが、女子は「占い」というもともと好みなジャンルであるので、次第に燃えてきたようだ――福沢灯の一派を除けば。


「ねえ所塚さん、この腕輪をつけてみてよ!」


「くくく……。いい感じですね……」


「所塚さん、この帽子はどう?」


「円錐帽ですか……。クラッカーを載せた気分です……」


 自分はだいぶおもちゃにされていた。しかし普段目立たない自分がこうまで熱い視線を浴びるのは結構なことだ。文化祭が終わるまでこの狂想曲は続くのだろう。


 しかし、ある日の夕食の際、ジル様は「よくお聞き」と居住まいを正させた。


「歩の文化祭なんじゃが……。不吉な相が出ておる。詳しいことは分からないが、とにかく危険なことは確かじゃ。なるべくなら休んだほうがいい」


 突然の勧告に自分は戸惑った。


「危険の種類は分からないんですか……?」


「うむ。どんなものでどの程度危ないのか分かればいいんじゃがな。さすがにそこまでは予知できん。何なら学校を休校にしてもいいぐらいなんじゃがな。しかし占い師の言うことと、取り合ってもらえないに決まっておる」


 自分はクラスメイトの顔を思い浮かべた。皆文化祭の占い屋を成功させることに夢中で、青春の一部を懸けている。彼女らを裏切る気にはなれなかった。


「……ご忠告はありがたいのですが、肝心の自分が休んでは占い屋は休業です……。そんなわけにはまいりません……。気をつけて頑張ります……」


 ジル様は自分の目を見つめ、それから下に落とした。牛肉を切り分ける。


「ま、そうじゃろうな。ただしくれぐれも気をつけるのじゃぞ」


「くくく……。承知しました……」




 そしていよいよ二日間に渡る湖水南高校文化祭が幕を開けた。初日は生徒のみの観覧だ。天気は曇りだったが、熱気は晴天時のそれだった。


 2年A組の占い屋は『プロ占い師・ジルの一番弟子があなたの運命を占う!』との触れ込みが効き、想像以上の盛況だった。やはりジル様の令名は違う。廊下に並んだ椅子にも列が出来、一回の占いを10分から8分に切り上げねばならないほどだった。一回の見料が200円と安いのも好評の理由だろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ