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相死相愛  作者: よなぷー
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0006相死相愛

「よろしいですかな、お二人とも。では、いきますぞ」


 運命の一瞬。しかし、僕にはある秘策があり、それは既に実行されていた。僕が負ける確率は1パーセントもないのだ。


「では、始め!」


 時計が回りだした。僕と新川が一斉にそばをすすった。すぐさま次のそばが両者の椀に注ぎ込まれる。


「頑張れじゃん新川!」


「フレー、フレーですの、新川様!」


「やるからには勝ちなさいよ、伊藤君!」


 三人の声援が室内に響く。僕は心中でにやりと笑った。勝つのは僕だ、決まっている。なぜなら新川のそばは、僕の15グラムより大きい20グラムなのだ。ただでさえ満腹の新川の腹は、1分と持たず隙間がなくなるだろう。


 これが僕の秘策だった。卑怯と罵りたい奴は罵ればいい。勝つ、勝つ、勝つ。勝つために全力を尽くすのが伊藤家であり、だからこそ僕の父は貿易業でのし上がったのだ。そしてそれは僕も同じ。たとえ蟻一匹相手にも油断せず、あらゆる策を弄し、周到に綿密にゲームプランを構築し徹底的に叩きのめす。それが僕、伊藤仁なのだ。


 どうだ新川、苦しいだろう。もうギブアップしたほうがいいのではないか? 僕はそばを掻き込む手を休めず、頬を緩めながら横目で新川を見た。


 新川は平然とそばをすすり込んでいた。


 おかしい。そんな馬鹿な。そろそろ奴の腹は5グラム多いそばの重量で満腹になってきたはずだ。なのに新川は苦しそうな顔一つせず、勢いを持続させたままそばを食している。まるで極度の空腹を抱えた少年のように、彼はペースを落とさなかった。


 馬鹿な。馬鹿な。ディナーの後だぞ? 20グラムのそばだぞ? 腹がきちきちになって当たり前なのに。どうして。どうして……?


 3分が経過した。僕は自分の速度を維持したまま、とにかくがむしゃらに食い続けた。そう、これは早食い勝負だ。5分間でより多く食べたほうが勝者なのだ。たとえ新川が余裕を持って食べているとしても、その速度が僕より遅ければ僕の勝利は固いのだ。


 僕は必死でそばを飲み込んだ。食べる、ではない、飲み込むのだ。4分が経過する。このままいけば勝てるはずだ。このままいけば、僕が、新川に、勝つ……!


 だが勝負は甘くなかった。先ほどのディナーがボディブローのように効いてくる。僕のペースは落ち、それは古山さんにも見抜かれた。


「どうしたの伊藤君! 遅くなったわよ!」


「今ですの、新川様! 急げ急げですの!」


「何だかすげえじゃん、二人とも!」


 由梨さんも片平も声を張り上げる。室内は異様な熱気に包まれた。セバスチャンもメイドも熱に浮かされたように対決を見守った。空になったお椀が山のように積み上げられ、二人の食事者は一心不乱にそばを胃袋に流し込み続ける。


 信じられないことに、新川のスピードが上がった。ありえない。こいつは化け物か? 僕は死力を尽くし、最後の追い上げをかける。だが新川の一気呵成の攻めは怒涛のようだ。まるで追いつけない。


 残り10秒。5秒。3秒、2秒、1秒!


「そこまで!」


 時計が鳴り響き、執事がそれを空手チョップで止めた。万雷の拍手が惜しみなく僕と新川に降り注ぐ。僕は箸を投げ出し、椅子に深々と横たわった。


「では集計します!」


 セバスチャンが両者の空にしたお椀を数える。僕は新川を見た。彼は涼しそうな顔で水を飲んでいた。


「なかなか面白かったわい、伊藤」


 屈託のない笑顔を見せる。僕はパンパンに膨れた腹をさすりながら、さすがに呆然と新川を見つめた。


「お前、怪物だ」


 執事が朗々と声を張り上げた。


「結果が出ました。伊藤様、210杯!」


 自己記録更新か。だがそれも今となっては虚しい。


「新川様、224杯!」


 セバスチャンが新川の手首を掴み、高々と差し上げる。


「よってこの勝負、新川陸様の勝利でございます!」


 再び、拍手が室内を幸福に満たした。その中で、僕は新川に手を差し伸べた。


「僕の負けだ、新川。まったく、かなわないよ、お前には」


 敗北宣言だった。心は清々しく、勝てなかったことに後悔はない。新川はにやりと笑って握手に応じた。


「お主も素晴らしかったぞ、伊藤。大したもんじゃ」


「一体どういう腹してるんだ、お前は」


「これにはちょっとしたわけがあっての……」


 そこで由梨さんが新川に飛びついた。胸にしがみつき頬ずりする。


「新川様! 格好いいですの!」


 新川は迷惑そうに引き剥がしにかかる。


「おい由梨、べたべたするな」


 僕は不愉快に目を閉じた。そうして由梨さんを、僕はこのとき諦めた。




   (三)




 湖水南高校秋の祭典、文化祭。今年も生徒と一般の両客で二日間に渡って開催される。自分の所属する2年A組もまた、何を出店するかで会議を行なっていた。


 担任の小松先生が渋い声で黒板を叩く。相変わらず素敵な方だ。


「何か希望はあるか。おい片平、お前はどうだ」


 出た、小松先生お得意の片平いじり。ムードメーカーの片平が今年もまた議論を引っ張るのか。


「喫茶店なんか良くないですか?」


 あちこちから失笑が漏れる。文化祭といえば喫茶店。短絡的思考の産物だ。


「じゃあじゃあ、占い屋! 所塚もいることだし!」


 青天の霹靂のような指名を受けるも、自分は大して驚きもしなかった。アマチュアながらも占い師である自分が音頭を取ることは、今までにも何回かあった。


「くくく……」


 思わず笑みが漏れる。周囲がたじろいだが、こういった反応を気にしたことはない。


「自分で良ければ、構いませんよ……」


 小松先生が若干引き気味に受け取った。


「よし、喫茶店、占い屋。他に希望は?」


 会議は煮詰まることなく怠惰に流れていった。




所塚歩ところづか・あゆみじゃな?」


 自分に声をかけてきたのは、二学期からA組に加わった転校生・新川陸だった。


「ええ、そうですが……」


 時は放課後。腕に江崎由梨をまとわりつかせながら、新川は周囲を気にするように声を低めた。


「あんな自堕落な会議で主役を引き受けて良かったのか?」


 ん? この人は何が言いたいのだろう?


「占い屋に決まったことですか……?」


「ろくに発言できなかったわしも悪いんじゃが……。何だかクラス中がお主に責任をおっ被せているようで、どうにもいけ好かなかったんじゃが」


 ああ、そういうことか。


「くくく……。構いませんよ。慣れておりますれば……」


「そうか。それならいいんじゃがな」


 江崎が甘い声を出した。


「ねえ、帰ろうですの、新川様……」


「引っ付くなというのに。ではな、所塚」


「はい……」


 新川と江崎は夫婦のようにクラスを後にした。


 新川陸。変わった男だ。転校早々D組の鮫島と乱闘。その後、大金持ちのお坊ちゃま、伊藤の家でわんこそば対決を行ない圧勝。色々話題の尽きない、面白い奴だ。


 さっさと帰宅準備をする。占い部を認めない一部教師のおかげで、この学校には自分の安息所はない。早く帰って手相占いの専門書でも読もう。


「あーあ、占い屋になっちゃった」


 忌々しげに毒づいたのは福沢灯ふくざわ・あかりだ。友達と話しながら、自分に聞こえよがしに声を高める。

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