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相死相愛  作者: よなぷー
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0001相死相愛

   (一)




 俺は他人から「お喋りが過ぎる」とよく注意される。言われた当人としては、いったいそれのどこが悪いのか、と反論したくなる。確かに俺の舌は回転しているのが日常的で、止まっているときは物理的にか精神的にか、首根っこを押さえられたときだけだ。だけどそれで皆笑ったり喜んだりしてくれるんだ。何の不都合もないじゃん?


 高校の教室という、ある意味牢獄のような場所で、縮こまったり大人しくしていると、肩が凝っていらいらしてくる。それはきっと皆も同じだ。だから俺は、まるでサーカスのピエロのようにおどけて笑顔を振りまき、重たい空気を払いのけているのだ。感謝されこそすれ、注意されるなどもっての他ではないか。少なくとも俺、片平悠馬かたひら・ゆうまはそう信じる。


 高校2年の夏休みが終わり、一ヶ月ぶりにいつものA組の面子が顔を揃えた。日焼けしたもの、背が伸びたもの、まだ宿題を終わらせていないもの、様々だ。俺はといえば、陸上部の合宿で灼熱地獄を味わったのと、お盆に親戚一同が誰一人欠けることなく集合したのがいい思い出だ。友達と海にも行ったなあ。かなづちなんでもっぱら女の子に声をかける役目だったけど。


 俺は夏の思い出を友人たちと喋りながら、窓ガラスで自分の容姿を確認した。黒い短めの巻き毛で小振りの鼻、そばかすの浮く頬。なんで世の女はこの俺の美顔に気づかないのだろうか。夏の「成果」がゼロだったのはこの片平悠馬の一生の不覚である。


「お前ら席つけ席」


 担任の小松章介こまつ・しょうすけが無造作に教室へ入ってきた。黒のオールバックでやや棘のあるきつめの眼差し。いつも自分自身を嘲笑っているかのような虚無的な笑いが特徴だ。頬がこけ、精悍な風貌は美男子といってよかった。女生徒に人気が高いことを当人も自覚しており、女について俺と話すときは決まって上から目線だった。


 生徒たちが各々の席につく。それを確認し、礼をして出席を取ると、小松は教卓を叩いて注視を集めた。若干含み笑いをしている。


「いいニュースがある。このクラスに転校生が来た。……入って来い」


 教室が軽くどよめいた。2年A組にニューカマーがやってくる。いったいどんな奴だろう? 話の種が転がり込んできたとばかり、俺は目を皿のようにして、入ってきた男の容姿や挙動に注目した。


 黒く長い頭髪を後ろで縛っている。切れ長でやや大人びた両目だ。きつく引き締まった口元が清々しい。かなりの美形だ。身長は175センチぐらいか、なかなか高い。その堂々たる歩み、クラスの皆に正対して動じない姿勢など、緊張というものを知らぬ風だった。


 生徒自身が黒板に白いチョークで名前を書く。筆圧が強いのか、真新しいチョークは半ばで折れた。それでも破片を駆使して続きを書く。


新川陸しんかわ・りく』。新川は恐れ気もなく教室を見渡し、俺の視線と鉢合わせした。しかし新川は素通りし、まっすぐ宙を見つめて黒目を制止させた。


 小松はにやりと笑って教壇に両手をついた。


「新川陸、これが転校生の名前だ。ええと、そうだな……おい、片平」


 いきなり名前を呼ばれ、俺は胸がざわめいた。また厄介ごとじゃなかろうな。小松は心中を見透かしたように告げる。


「お前が新川の案内役をしてやれ。おい新川、困ったことがあったら片平に聞け。何でも教えてくれるぞ」


 最後には爆笑が起こった。まったく、人事だと思って……。小松は続けた。


「教室の後ろに空いている机がある。それが新川、お前のものだ。視力はいくつだ?」


「1.5じゃ」


「じゃ」? 何それ、老人言葉? しかし小松は気に留めなかった。


「なら最後尾でも構わんだろう。ちょうど片平の後ろの席になるな。よし、湖水南高校を楽しめよ、新川!」


「おう」


 横柄にも聞こえるその答えを発すると、新川は俺の後ろに着席した。俺は上半身をひねって背後の新顔に挨拶した。


「よろしくじゃん、新川」


「おう」


 こいつは後々までの語り草になるぞ、と俺は思った。そんな、何事も起こさず平穏無事に暮らすことのできなさそうな男の、俺は湖水南高校初の友達となった。




「長かったじゃん、校長の話」


 体育館での始業式を終え、俺たちは教室に戻ってきていた。今日は特に雑事もなく、ホームルームを終えたら解散の運びとなる。俺は早速空き時間に新川へ話しかけた。


「なあ新川、生まれはどこじゃん?」


 新川は嫌そうな顔をせず真面目くさって質問に答えてくれる。


「今で言う山梨県じゃな」


 今で言う? 妙な言い回しに引っかかるものはあったが、この片平悠馬は細かいことは気にしない性格なのだ。


「じゃあ現在はどこに住んでるんだ?」


「児童養護施設『ひまわり』じゃ」


 孤児院か。俺は煮え湯につま先を浸す気分でつついてみた。


「両親はいないってことか?」


 新川は心持ちまつ毛を伏せた。


「そうじゃ。というより、わしは気がついたときにはたった一人でいたのじゃ」


 仲間の桑山が口を挟む。


「そりゃどういうこった? 記憶喪失だったとでもいうのかい」


「その通りじゃ」


 新川は肩をすくめた。興味津々の男たちの前で、彼はやや声量を落として打ち明けた。


「実は一年前、山梨県のとある村で、わしは気がついたときには一人で道に立っていたんじゃ。着ているものはボロで、体は泥と垢にまみれていた。警官に保護されたとき、わしは自分の名前『新川陸』と『湖水南高校』以外、何も覚えておらんかった。そう、本当にわしは記憶喪失を起こしていたのじゃ」


 二階堂が首を傾げた。


「自分の名前とうちの高校の名前を、ねえ。何でだろう」


 俺は「それで?」と新川に続きを促した。


「わしは湖水南高校に通いたいと申し出た。自分の記憶を取り戻すにはそれが一番ふさわしいだろうと思ったからじゃ。しかしわしの知能は高校の授業についていけるものではなかったのでな。『ひまわり』に引き取られてからは、毎日中学の教科書と睨めっこしながら、不足している知識と常識を鍛えていったのじゃ。そしてこの夏、湖水南の入学試験を受け、晴れて2年A組の一員となることを許されたのじゃ。じゃから正確にいえば転校生ではないのじゃが、そこは小松先生が配慮してくれたのじゃろう」


 俺は口笛を吹きかけて慌ててやめた。


「凄い話じゃん。じゃあ学ランに袖を通して外出するのも今日が初めてってわけか」


「学ラン?」


「ああ、この黒い制服のことじゃんよ。……日常的な記憶も失ってるのか?」


 新川は笑った。


「そうじゃ。あまり俗世間のことにはついていけないんじゃ。許しておくれ」


 佐々木が新川の肩をどやしつけた。


「何、心配するな。俺たちが流行ってるものや言葉を叩き込んでやるからよ。一ヶ月もしないうちに世間に精通させてやるぜ」


 新川は佐々木に微笑んだ。


「それは恩に着る。皆もよろしく頼む」


 俺は新川に手を差し出した。


「ようこそ2年A組へ! 色々一緒にやっていこうじゃん」


「片平、ありがとう」


 新川は俺の手を握り返した。

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