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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第二十六話

「おらよっ!」

構えが緩んだところに、ニーフの回し蹴りが脇腹に飛んできた。恐らく何かしら強化の魔法を使っているのだろう、予想以上の衝撃がメリルを襲う。辛うじて腕を挟むことに成功したが、踏ん張りが利かずメリルは吹き飛ばされた。


「ぐぅ!?」

地面に投げ出される衝撃がメリルを襲う。すぐさま立ち上がろうと腕を突っ張ったが、胴体以下が自分の体ではないように重い。何とか膝を立ててうずくまる姿勢になるのが精いっぱいであった。


「どうしたくそ女。終わりか?」

ニーフはそんなメリルの様子を冷めた目で見下ろす。そしてぎりっと力強く剣を握りなおすと、ゆっくりとメリルへと近寄り始めた。

「舐めた口をききやがって。その汚ねぇ首、落としてやる」


地にうずくまるメリルのもとへ近づきつつ、ニーフは徐々に笑みを浮かべ始めた。片目がさっぱり利かなくなってしまったが、彼の悲願がようやく叶う。そう考えると、先ほどまでの怒りが引いていくようだった。


「くくく……」


未だにメリルは立ち上がることさえできていない。恐らく、苦も無く首を落とすことができるだろう。無抵抗の人間を殺すことには慣れている。そこに良心の呵責は一切ない。


「ははは!」


思わず笑いがこみ上げてくる。

「さて、ようやく伝説の……剣乙女の死が見られるってわけだ。この俺の手で! ようやく――」

そしてニーフは、ふと表情を和らげた。




「――終わるんだ」







彼は、奴隷が生んだ子供だった。


すべてを失われた両親から生まれた、すべてを奪われるための命だった。

日々を虚無と絶望の中で過ごしてきた彼。輝かしい王都に生まれながら、彼はその影の中から出ることは叶わなかった。


そんな彼にも、とある友人がいた。

その友人も同じく奴隷の子で、同じように日陰を全力で生きていた。

そんな友人は、自分と同じ人種だと思っていた彼には、実は自身とは異なる能力があった。


友人は、まれに見る剣術の才能を有していたのだ。


それに気が付いたのが、街の衛士だった。

最初は盗みやスリを行う悪ガキの対処として出会った二人。だがそのとき友人はその衛士に見初められた。元々奴隷たちのコミュニティのなかでは、図抜けた身のこなしや勘を有していることは知られていた。けれど彼は奴隷の子。他のものと同じく、残念ながら底辺の生活からは逃れられないと誰もが思っていた。


しかし彼は、幸運なことに衛士に見初められ、光ある衛士の道へと歩み始めた。


内心複雑な心境を抱きつつも、彼は友人を祝福した。自分たちのような底辺の人間が日のもとに出られるという、一種の希望に見えたからだ。


友人が衛士に引き取られて幾年が経ったころ。まともな仕事にありつけないことを悟った彼は、体がある程度成長したことをきっかけに、裏社会で生きる術を身に着け始めていた。

決して順風満帆とは言い難い、裏社会での生活。それでも彼は、自分のできる範囲で必死に生きていた。

そんな時。彼は久しぶりに友人と出会う。


つま先から頭のてっぺんまで、小奇麗になっていた友人。常にどこか……いや、全身が汚れていた奴隷時代とは全く異なる装い。だが、幾度となく悪事をやらかして汚れた笑みを浮かべあったその顔を、彼は覚えていた。


彼にとっては、友人は一種の希望であり、誇りであった。地力の差はあれど、同じ仲間だと思っていた。


しかし、久々に出会った友人は、変わり果てていた。


最初に向けられたのは、剣であった。


剣の才覚を認められた友人は、衛士の中でも将来を有望視され、元奴隷の身でありながらそれなりの優遇を受けていたらしい。その結果、友人は彼にまるで汚物でも見るかのような視線を投げかけるようになっていた。

彼にとって、奴隷だった頃は黒歴史となったようだ。


そうして友人は、なんと奴隷の殺人を犯すようになった。しかしお咎めはなし。奴隷はほぼ人として認められていないからだ。


『俺とお前は違う。最早同じ人間とすら思っていない。お前は精々、剣の才能すらなかった己を恨むんだな』


全く対話の余地はない。それを悟った彼は、すぐさま踵を返し逃げることしかできなかった。


暴力や破壊が横行する奴隷区は、物やがれきが散乱しその時々によって装いを変える。離れて久しい友人を撒くことは可能だった。しかし、安易に手を出した血気盛んな幾人かが命を落とす羽目になったが。


暗がりに逃げ込み息をひそめる中。彼は心の中で幾度となく疑問を浮かべた。


どうしてこんなことになった。何故彼はここまでする。奴隷だからって、殺してもいいのか。剣の才能が有れば、なんだってしてもいいのか。なんだって許されていいのか。


それは、おかしくはないのか。


いくら自らに問いかけても、その答えは見つからない。彼にとっては、変わり果ててしまっても友人は友人だと思いたかった。わずかな時間とはいえ、あの薄汚れた生活を一緒に乗り切ってきた仲間だと信じたかった。




日が暮れたころ。ふらふらと、申し訳程度に整えられた廃墟のような建物に戻る。一応は、子供のころから変わらない、両親の待つ彼の家であった。


家に帰ると、真っ先に感じたのはすえた血の匂い。思わず顔をしかめながら奥へ入ると、そこには切り刻まれた両親の姿があった。


お互いがお互いを守ろうとしたのか、折り重なるように倒れ伏す両親。上にかぶさっているのは母親のほうで、その胸元には深い切り傷が刻まれているのがわかった。恐らく、剣で一太刀のもと切り伏せられたのだと思われる。下手に夜目が利くせいで、母親の苦悶の表情が目に移り、彼の心を揺さぶった。


彼が呆然と両親の死体を眺めていると。ふと、視界の端で何かが動くのを感じ取る。

勢いよく体ごと振り返ると、目に入ったのは一人の男が腰を上げるところであった。



『遅かったじゃないか』



そこにいたのは、数刻前に鉢合わせた友人であった。その手には、かすかに血糊が残る剣が握られている。

友人は口を開く。



『逃げたお前の代償だ。俺にとっては無価値だが、お前にとっては高くついたか?』



その瞬間、彼の中で何かが壊れた。

そして同時に、先ほどまで悩んでいた疑問に答えを見出す。



剣の才能とやらで何でも許されるというのなら。俺はその存在を否定する。

俺は、剣の才能あるものを……殺す。



彼は、友人の言葉への返答として懐に忍ばせていた投げナイフを飛ばす。正面から特に隠すこともなく飛ばしたものであるからして、容易に避けられることは分かっていた。故に、彼はナイフが剣にはじかれる音が響くころには、闇夜に紛れるようにその身を隠した。


恐らく友人は剣の才能とやらに胡坐をかいて、ここまで出張ってきたのだろう。あたりは暗く、死角も多い。おおよそまともに戦える場所ではないことはわかっているのだろうが、その無駄に冗長したプライドが、彼をここまで誘った。つくづく才能とやらは罪深い。


その後、闇に紛れて仕掛ける彼に対応できなかった友人は、あっさりと首をかかれる。重苦しい鎧とともに鈍い音を立てて崩れ落ちる友人。そんな様を冷めた目で見下ろしていた彼は。



「……はは」

不意に笑みを浮かべた。



「ははは……。何が剣の才能だ、くだらない」


彼はおもむろに逆手にもったナイフを、倒れ伏した友人の首元に突き立てる。既に事切れているが、さらに血があたりに広がった。




「……そんなもの、俺が殺す」




その日、才ある剣士を蛇蝎のごとく憎む一人の暗殺者が誕生した。


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