第二十五話
「……ほう?」
突然の行動に、ニーフが小さく声を漏らした。
「ついに見せてくれるのか、聖剣を」
「察しがいいわね」
メリルはふぅ、と小さく息を吐くと、体の力を抜いてだらりと両手を下げた。
「……残念だけれど。聖剣を抜くからには、生きて帰れるとは思わないことね」
直後、メリルを中心にぶわっと強い風が発生し始めた。その風は青白い光をまとっていて、彼女を包み込むように舞い上がる。
魔力を感じ取れるものが見れば、その魔力の密度に圧倒されるであろう異様な力場。その光景を前にしたニーフは、一度は目を見開いて驚く様子を見せたが、すぐに表情を改めた。そこにはメリルの脅し文句にひるんだ様子は一切見られない。
光をまとった風は、徐々に集約し始め、メリルの右手と左腰のあたりに集まり始めていた。それに伴って気圧されるような強い魔力と、直視が難しくなるような光が発生し始める。このまま集約が進めば、以前オーレンに見せたような白銀の直剣と精緻なつくりの鞘が具現化するのだが。
「っ――」
不意にメリルの表情がわずかにゆがむ。
直後、バチンとはじけるような音とともに、メリルから黒い稲妻のようなものが飛び出した。その稲妻は一度きりではなく、散発的に発生する。
「あっ、ぐ!?」
バチンバチンと黒い稲妻が発生するたび、メリルの表情が苦痛にゆがみ始め、やがて苦悶の声を漏らす。それにあわせ、剣や鞘の形を徐々に象り始めていた光と魔力が、徐々に霧散し始めた。
「………………」
メリルは苦悶の表情を浮かべるのを黙って見つめていたニーフ。
「…………はは」
そんな彼が小さく笑みを浮かべたところで。
メリルが地に膝をつき、集まっていた魔力と光が完全に消滅した。
「ははは、どうした剣乙女よ。聖剣とやらを見せてくれるんじゃなかったのか?」
膝をつきうつむいているメリルに対し、ニーフは口元に笑みを浮かべながらそう口を開く。もはや彼女が不意に襲ってくることはないと判断してか、両手を広げ大仰に振る舞って見せた。
「でもまあ、呪い一つ跳ね除けられない聖剣なんざ、大したことねえのかもな。どうだ剣乙女さんよ? ご自慢の聖剣が呪いに封じられる気分は?」
楽し気に語るニーフに対し、メリルは辛うじて顔を上げにらみつけることしかできなかった。
意識が刈り取られるようなことはなかったが、聖剣を生み出そうとした瞬間、まるで体の中を蛇が大暴れしたかのような激痛と不快感が襲い掛かった。その不快感は聖剣の魔力に呼応するかのように増大していき、とてもじゃないが聖剣を維持することは叶わない。
まるで聖剣そのものを食らい尽くすために作られたかのような、恐ろしい呪いであった。
「……『神々をも殺す呪い』ね。確かに、言うほどのことはあるわ」
荒い息を吐きながら、メリルは口を開く。
「その呪いの剣を作った人物は、神とか聖者とかに相当恨みを募らせていたのかしらね」
はるか太古の時代。教会や一部の信者たちに祀られている神や聖者たちが実在する神話の世界があった、と言われている。神と人々が、まるで隣人のように近い距離に住まう時代。その時代では、神にまつわる様々なものが作られたらしい。メリルの抱く聖剣も、この時代の聖遺物である。
しかし現代は信仰こそ残っているとはいえ、神の存在を感じ取れることはない。それは神の時代……神代ともいえる文明が、終わりを迎えたということに他ならない。具体的に何があっていつ終わったのか。学者たちがそれこそ気の遠くなる時間調査や研究を重ねているはずだが、未だに正確なことはわかっていない。
ただ、要員のひとつとして考えられるものはあった。
それが、『神殺し』と呼ばれるような武具の類である。
ある程度数が確認されている聖遺物とは異なり、歴史上数えるほどしか確認されていない神殺しの武器。そのことごとくが、常人では制御できないほどの強力な力を秘めているとされ、歴史の中ではその武器が原因で街が滅んだなどという言い伝えもあったりする。
神殺しの武器は強力だ。しかし、圧倒的にその数は少ない。そしてそのほとんどが、国や教会に厳重に封印されたのち保管されている。
だから、普通はこんなところで見ることはないのだが。
「……どこで貴方がそれを手にしたのか分からないけれど」
だが、それはこちらも同じことだ。聖遺物である聖剣だって、使いようによっては国崩しの邪悪な武器にだってなり果てる。強力な武器は、強力だからこそ使い道と使いどころを見極める必要があるのだ。むやみに振るうものではない。
……まあ、さっき抜こうとしたのを棚に上げて、だけれど。
ふぅ、と小さく息を吐くメリル。彼女はざくっと地面に突き立てた細剣を支えに、ゆっくりと立ち上がる。
「丁度いい枷くらいにはなったかしらね」
額に汗を浮かべながらも、メリルはにやりと笑みを浮かべた。
「……ふざけやがって」
危機に瀕しているのは承知のはずなのだが、メリルの態度は相変わらず余裕のあるもの。その自信はいったいどこから湧いてくるのか。それはメリル本人にしかわからないだろう。
少なくとも、それが自身を舐めているように感じたニーフ。彼は目を細め、怒りをあらわにした。
「調子のいいこと言ってんじゃねえぞ、くそ女!」
怒号とともに、ニーフが一気に地を蹴った。今までの惑わすような動きではなく、力のこもった直線的な動きだ。
「死にさらせ!」
射程に入るや、ニーフは一気に姿勢を低くし、下からすくい上げるように力強い斬撃を放つ。メリルは肉薄する剣に己の細剣を沿わせ、僅かに軌道をずらす。そして軌道がずれたことで生まれた安全圏に、強引に身を移した。
しかしすぐさまニーフの剣が翻り、メリルに襲い掛かる。彼女はふらつく足でなんとかステップを踏むと、よろめきながらも凶刃をかわす。
その後も、ニーフの攻撃をメリルは紙一重で避けていく。わずかな判断ミスがそのまま命取りになるような、ギリギリな防御。まるで綱渡りのような危うさだが、呪いに侵された現在の彼女にはそれが精いっぱいであった。
今はまだ辛うじて事なきを得ているけれど。……厄介な呪いねっ。
聖剣を具現化させるときには強く噛みついてきた呪いだったが、あれ以降はなりを潜めている。相変わらず体が鉛のように重く満足に動けない状態だが、再度聖剣に頼ろうものなら、すぐさま噛みついてくるだろう。
取り敢えず、聖剣にはこの呪いを払うまでは頼れないわね。……呪いさえ何とかなれば、使うつもりもないけれど。
聖剣に宿る、浄化の力。体内でくすぶっている今の呪いの状態ならば、その力が徐々に呪いを払っていくはずだ。その点は、長年連れ添ってきた相棒を信じることにする。
そしてそれまで、この男を抑えられるかどうか――
「あっつ!」
直後、ニーフの剣がメリルの足を裂いた。決して大きな傷ではないが、動きを阻害するほどの傷が、メリルの思考に靄をかける。




