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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第二十四話

『呪え』



刹那、目を見開いたメリルが唐突にその場から飛び退る動作を始めた。


ニーフが言葉を発した直後。鞘の間から少しだけのぞかせたナイフの刀身が、青紫色に怪しく光った。同時に同様の色の影が、メリルの足元に広がる。

その影から、突然無数の黒い針のようなものが突出し始めた。


「っ!?」


彼女は危険な空気を感じ取ったのだろう。その影が現れるタイミングには避ける姿勢にはいっていた。しかし黒い針の突出は早く、また向きは不規則。そのすべてを避けることはできなかった。後方へ飛びのきながらも、数個の針が柔肌を傷つける。だが、かすり傷をつけるだけで突き刺さったものは一本もなかった。メリルの常識外れの反射神経があってこその軽傷である。常人では、この攻撃で足先から胴体まで無数の針に貫かれ死んでいただろう。


とっさの行動な上、随所に走る小さな痛みに、飛びのいた先でメリルはたたらを踏んだ。だが、その姿勢はすぐに臨戦状態へと移行する。

かと思ったら、ガクッと膝が折れた。


「くっ――」


メリルは素早く地面に剣を突き刺し、それを支えに転倒を防ぐ。体が支えられたとみるや、すぐさま自身の体に視線を下ろす。

いくら無理な動きをしたからと言って、この程度で膝が折れるような鍛え方はしていないと自負のあるメリル。多少傷を受けたこともあるが、どう考えてもかすり傷程度で発症する脱力感ではない。明らかにおかしい。

メリルは自身の体を見下ろして、ふと気が付いた。


黒い針がかすめた腕や足。その周辺が黒くただれたようになっていた。


内出血をしているわけでも、ましては火傷のような感じでもない。目の細かい蜘蛛の糸のような、気味の悪い黒色のシミのようなものが、傷を中心にして広がりつつあった。


「……まさか、呪いの武器なんて持っているとはね」

うつむきがちな頭を上げ、じろりとニーフをにらみつける。強い倦怠感を感じつつも、メリルは気丈に振る舞った。よろよろと地面から剣を抜き放ち、弱々しくも構える。



「……くくく」



そんなメリルを前に、ニーフはうつむいて喉を鳴らすような笑い声をだす。そして少し抜いていたナイフを戻すと、空いた手で頭を抱えた。

「まさか、ここまで効果があるなんてなぁ」

頭を支えつつ、ニーフが笑いをかみ殺しながら顔を上げた。


その瞳の片方が、元の灰色とは似ても似つかない黒紫色に淀んでいた。


「……貴方、その瞳」

「あ? どうにかなってるか? さっきから見えにくくなっていてな」

いつの間にか口調が粗暴なものに変わったニーフ。彼はごしごしと目元をこするが、そんなことでは瞳の淀んだ色は取れることはなかった。しばらく彼は色の変わった目を気にしてか、ごしごしといじっていたが。やがて諦めてメリルの方へ注意を戻した。


「まあいい。元々神をも呪い殺すとまでうたわれた邪剣だ。反動もでかいんだろうよ」

「……随分と御大層なものを持っているのね。どこでそんな趣味の悪いものを手に入れたのかしら?」

「ちょっとした折にな。……で、気分はどうだ、剣乙女さんよ?」

ニヤリと下卑た笑みを浮かべるニーフ。


「この呪いは、相手が化け物であればあるほど強い効果を発する。基準はいまいちわかんねぇけどな。だが、聖剣なんて抱えてるてめえのことだから、相当来てるだろ。どうだ?」


「……そうね。まるで自分のものじゃないみたいに体が重くて敵わないわ」

先ほどニーフの言葉に呼応して怪しく輝いたあの短刀。恐らくあれが呪いの効果を発動させる呪われし武器だ。そしてそれを発動させると、あの黒い影とともに針が伸びてきて、刺さった対象に呪いを振り撒くのだろう。

呪いの効果は詳しくはわからないが、『呪い殺す』とまで言われているのだから、生命活動にも影響を及ぼすのかもしれない。相当強力な呪いだ。


ふらふらとメリルは剣を構えているが。先ほどから奇妙な違和感が傷口だけでなくその周辺まで広がっていくのを感じていた。それと伴ってよりひどくなっていく倦怠感。これが全身にいきわたったらどうなるのか……あまり考えたくない。


けれど、どうやらニーフは知らないようだ。


メリルがこの仙境に導かれるとともにいただいた聖剣。

それは、ただただ強力な武器というわけではない。その力は、あらゆる効果を発揮する。メリルが不老の身になっているのも、この聖剣のおかげだ。


どんな強力な呪いか知らないけれど。『神をも殺すものを殺す』のが、この聖剣の力よ。


確かに呪いは強力なようで、徐々にメリルの体を蝕んでいる。だが、長年聖剣と過ごしてきた彼女には確信があった。

この呪いによって自身の身が滅ぼされることはなく。また、時間はかかるが治療も可能だということを。


……けれど。それまではこんな不調な状態で戦わないといけないようね。

それはなかなか、しんどいわ。


「それは好都合。おとなしく殺されろよ」

そう吐き捨てると、ニーフが剣を構えた。呪いだけで殺せると言っておきながらも、彼は確実にメリルを切り殺す腹積もりのようだった。

確実に相手を仕留めるというその心意気は、やはり暗殺者のそれなのだろう。


「……弱っている女を襲うだなんて。男の風上にも置けないわね」

そんなニーフを前に時間稼ぎをしたいメリル。聖剣が呪いを浄化し始めるのにはまだ時間がかかりそうなのは、自分自身が一番理解している。出来れば調子が戻りだすくらいまでは安静にしていたかったのだが。


「安心しろ。貴様みたいなムカつく女を犯そうなんざ、欠片も考えてねえよ。反吐が出る」

「俺が望むのは――」とニーフはゆっくりと腰を落とし始めた。

そして。




「――貴様の首だけだ!」

一気に地面を蹴り、メリルへと肉薄し始めた。




「っく!?」

宣言通り首を一刀のもとに落とそうという必殺の一撃が、メリルに襲い掛かった。真横から飛んでくるその一撃を、細剣で受け止める。

普段ならばここである程度競り合いを繰り広げ、相手の出方をうかがうのだが。力の入らない今の状態では、全く太刀打ちできなかった。


仕方なくメリルは細剣を寝かせニーフの剣の軌道をわずかにずらすと、一歩後ろに下がる。たたらを踏む形になったが、ニーフの射程から逃れた。

「どうした剣乙女? 随分と弱気じゃねえかよ!」

「……いけしゃあしゃあと!」

弱っている今こそ仕留めきるという心積もりなのだろう。ニーフは執拗にメリルを攻め立てる。それを持ち前の勘とセンスでいなすメリルだったが、やはり呪いの進行がひどいのか、その表情は苦悶に満ちている。





……このままじゃあ、不利ね。


わずかに切り傷を作りながらも幾度となくニーフの斬撃をしのぎながら、メリルは己の状況の悪さを感じ取っていた。


……止む無し、かしらね。


彼女は不意に飛んで来たニーフの大ぶりな一撃を身をかがめて避けると、そのまま地を蹴って転がりながら距離を取った。


治療が滞るし人ひとりに対して使うものでは、とてもないけれど。


……抜くしかない。


よろよろと立ち上がりながら、メリルはじっとニーフをにらみつける。

そして彼女は、おもむろに手にしていた細剣を腰に戻した。



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