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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第二十三話

「……随分とお優しいことだな、剣乙女」


オーレンがログライを焼いている最中。その様をちらりと確認したニーフが、鼻を鳴らしながらつぶやいた。

「死霊に操られないよう、火葬だと? 何千何万もの命を無慈悲に切り捨てたという女とは思えないな。噂通りのお前なら、どうせ転がせておいて死霊族となったあの男すら、平気で切り捨てるだろうに」


「そんな人でなしみたいな言い回しはひどいわね。顔見知りの供養くらいはするわよ」

心外とばかりにメリルは肩をすぼめる。そんな彼女に対し、ニーフは嘲笑を浮かべた。


「他人に丸投げして供養とは、よく言えたものだな」

「ちなみに貴方の方は、切り殺しても供養するつもりなんてないから」

「……それは朗報だ。お前のようなやつに供養されるなんて御免だからな」

そういってニーフは、だらりと下げていた血糊の付いた剣をゆっくりと構える。同時に細められる目と、そのままメリルを射殺すかのような覇気をはらんだ視線。



「貴様のような才能の塊のような奴が、俺は一番嫌いだ」

彼は間違いなくメリルの命も奪いにかかる心積もりのようだった。



「……ただ才能に胡坐をかいていたわけではないのだけれどね」

彼女とて、己の才能だけでここまで上り詰めたわけではない。勿論人並み以上の潜在能力を有していたことも間違いではないが、その才能が腐らぬよう血のにじむような努力を積み重ねてきた結果だ。その過程で危ない橋も幾度も渡った。服越しでは分からないが、彼女の肉体には無数の切り傷が刻まれている。目を見張るような大きな傷はないが、傷の数だけ見ればログライ以上かもしれない。本人曰くあまり美しくないので、好き好んで見せようとはしないが。


ただやはり他人様には、そのような影の努力というのは見えないもので。特に彼女のような英雄は、そのあたりが軽視されがちだ。そんな扱いを受けることに慣れてしまったメリルは、ニーフの物言いにやれやれと肩をすぼめるだけにとどめた。


「……で。一応聞いておくけれど。連戦になるけど、小休止は必要なしでいいのかしら?」

「必要ない。俺は貴様の首さえとれれば何でもいい」

メリルの提案を一蹴するニーフ。そんな彼の願望に、メリルは口元に小さく笑みを浮かべた。

「あらそう、それじゃあ普通にお相手するわ。そのけったいな夢、叶うといいわね」

「…………ふざけた野郎だ」


眼前に油断なく剣を構えるものがいるのに、一切気負った様子のないメリル。その様を見て、ニーフが小さく舌打ちを漏らす。強者の余裕か、はたまた彼女自身がそういう質なのか分からないが、ニーフにとっては非常に不愉快であった。


両者が口を開かなくなると、あたりには風が草を揺らす音と、ログライを焼く炎が暴れる音のみが聞こえるようになった。炎の音は別にしても、草原が奏でる音はとても優しいものだ。けれど、その音に耳を傾ける余裕が生まれないほど、ニーフとメリルとの間の緊張感は高まっていた。

恐らく両者には、周りの音はすべて雑音としてとらえられ、もう聞こえていまい。




「……――」




どれほど間を持っただろうか。延々と続くかと思われた睨み合いだったが、その拮抗を破ったのはニーフだった。


彼は前動作なく、一瞬にして彼我の距離を詰めてきた。ログライとの戦闘では見せることのなかった、予想外の加速。

まさに瞬きの一瞬すら命取りになるような速度であった。


「ふっ――」


加速した状態で、ニーフが最小限の動きで剣を切りつける。速度も相まって、その一撃はすべてを切り裂くことが出来そうなほど、鋭利なものになっていた。下手な受け方をすれば、得物自体が真っ二つにされそうな、容赦のない一撃。その一撃は、寸分の狂いなくメリルの首元へと吸い込まれようとしていた。

けれど。


「!?」


その一撃を、メリルは軽く身をそらすことで難なくかわした。

まるで予測していたかのように。


「ちょっと熱くなりすぎているんじゃない?」


加えて、そんな小言をいってのける。


メリルは横っ面をさらすニーフに向けて、だらりと下げていた細剣を一閃させた。しかしニーフも驚異的な反射速度で姿勢を下げ、その一撃をすんでのところでやり過ごす。


「この――」

低い姿勢のまま、ニーフが身をそらす勢いを使って、空いた左手から先ほど多用していた針を飛ばした。まるで曲芸のような動作だったが、針の速度はかなりのものだった。少なくとも常人には、彼らほどの至近距離では避けることは叶わないだろう。


だが、メリルにはその常識は通用しなかった。


彼女はこの針を切断することで、全身が麻痺する毒の粉がばら撒かれることを知っていた。そのため、切り飛ばすという選択肢は存在しない。かといって避けるということもしなかった。


なんとメリルは、飛んできた針へと細剣の腹を軽くあてると、針の軌道を強引に反らし始めたのだ。


横から不意に現れた摩擦に、針と細剣の間からがりがりと削られるような音が鳴り響き、速度が一気に落ちる。そして運動エネルギーがほとんど奪われ、空中でその動きを止めようとし始めた針を、彼女は左手でつかんだ。わしづかみではない。親指と人差し指で針の胴体をつまみ、中指を添える。

その持ち方は、まさに投擲に適したものである。

そしてメリルは、その手にした針をお返しとばかりにニーフへと投げつけた。


「なっ!?」


まさか投擲した針が、飛ばした勢いのまま……あるいはそれ以上の速度で戻ってくるとは思いもよらなかったのだろう。ニーフは驚愕の表情を浮かべながらも、間一髪飛来してきた針を避ける。狙いが外れたのか、身を反らさずとも胴体を掠る程度の位置に飛んできた針は、とっさの動きでもなんとか避けることはできた。もしこれが胴体の真ん中を貫くような軌跡を通っていたのなら、恐らく深々と突き刺さっていたことだろう。


無理な姿勢をしていたせいか、ごろごろとニーフは地面を転がりながらメリルと距離を取る。そんな彼を、メリルは目だけで追いかける。追撃をするつもりはないらしく、最初の位置から一歩も動いた様子はない。


「流石に利き腕じゃないと、狙いは定まらないわね。しかも、無茶な制動のかけ方をしたから、歪んでいたようだし。残念だわ」


そんな彼女は、先ほどの攻防に何の焦燥感も抱いていないようだった。むしろ思うように投擲できなかったことを残念がるほどの余裕がありそうだ。恐らく、そもそも先ほどのタイミングで仕留める気はなかったのだろう。投擲などせずに掴んだまま突き立てていれば確実に当てられていたものを、わざわざ投擲などという手段をとったことからも、その心情がうかがえる。

先の一瞬で肝を冷やしたニーフとは雲泥の差であった。


「……化け物め」

「あら、こんな美人を捕まえて化け物だなんて。見る目がないわね」


圧倒的な実力差。時間にして幾秒にも満たないあの一瞬だけで、ニーフはメリルとの力の差を自覚した。恐らく、ログライが攻めあぐねていた不規則な動きも、メリルの前では通用しない。近づいたその一瞬で、すべてを終わらせてしまうだろう。

まさに化け物……人の皮をかぶった異形のものだと、ニーフは感じた。


「…………」

けれど、彼にとってはそちらの方が都合が良かった。




「……ふふ」




不意に、ニーフが笑みを浮かべる。

「成程。流石は剣乙女などと豪語されるほどのことはある。まともに張り合えるなどと思っていた俺が馬鹿だったようだ」


口元に笑みを浮かべつつ、ニーフがそのように自身を卑下しはじめる。先ほどまでの、まるで親の仇を前にしたかのような気迫はどこに行ったのか。突然の語りに、メリルは怪訝そうに眉をひそめた。

その後さらにニーフは突飛な行動に出る。おもむろに剣を持ち上げたかと思ったら、切っ先をメリルへと向け、口を開いた。




「……貴様は、化け物だ」




「…………」

それは先ほどまでの悪態とは違った。まっすぐに彼女を見つめながら発したその言葉は、どこか呪詛めいた何かを感じる。得体のしれないニーフの言動に、メリルは警戒の色を見せた。


「人の皮を被った、化け物だ」

「……好き放題言ってくれるわね」

メリルは不快そうに顔をしかめると、一歩右足を引き半身になると細剣を構えた。ニーフに対抗するわけではないが、切っ先を彼に向ける。


「不快だから、その口閉じてもらいましょうか」


きっと目を細めたメリルは、ぐっと細剣を握る力を強める。たったそれだけの動作で、彼女から発せられる威圧感が急上昇した。常人ならば、下手をすれば昏倒してしまうのではないかと思うほど、強力な威圧。それを間近に受けたニーフは、しかし動じた様子はなかった。

彼は右手に持つ剣の切っ先をメリルへと向けつつ、左手を腰にさしたナイフへと添える。今まで存在こそ見せつけていたが、一切使うそぶりを見せなかった一品だ。


ニーフは、腰に下げたナイフを抜き始める。かと思ったら、ほんの少し持ち上げたところでその動きを止めた。

そして、そのままの姿勢でおもむろに口を開いた。




『呪え』


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