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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第二十話

「……うるせぇ、な!」


ログライの咆哮に最初は気圧されたようにわずかに後ずさったニーフであったが、すぐに気を改めたようだ。そして先ほどとは少し違う粗暴な口調で吐き捨てると、一直線にログライへと肉薄した。

その動きはまるで地面すれすれを飛ぶ燕のように、鋭く、速い。


「ふん!」


低い位置から近づいてくるニーフに対して、ログライは彼の頭をたたき割るかのような勢いで剣を振り下ろす。その攻撃を、ニーフは右に大きく迂回することでするりとよけた。しかしログライの剣筋は直下の地面を大きくえぐり、土塊があたりに飛散し襲い掛かる。


「馬鹿力がっ」

側面から攻撃を仕掛けようとしていたのか。避けた直後急停止したニーフだったが、土塊が飛んできて鬱陶しそうにそれを払う。その間にログライが彼へと向き直っており、ニーフは舌打ちをした。

「っ!」

ニーフはログライに向けて、先ほどと同じように針を飛ばす。今度は二本。しかしそれらも、同様に真っ二つという末路をたどる。


「どうした? そんなものではワシは倒せぬと言ったであろう。正々堂々、かかってくるがいい」

最初の切り結びは、ログライの圧倒的優勢であった。というより、ニーフはログライに近づくことすら敵わなかった。



「正々堂々、ね……」



だが、ニーフはまだまだ堪えた様子はない。むしろ、ほんの少し笑みを浮かべるほどには余裕があるようだった。

「いいだろう。お前の望み通り、『正々堂々』戦ってやるよ」

出会った当初は暗め雰囲気がぬぐえなかったニーフだったが、いざ戦闘が始まると獰猛な笑みを浮かべ始めた。まるで獣のような印象を受ける。


先ほどのように超低空で駆けだしたニーフは、その後左右に不規則に方向転換し始める。一見無駄な動きにも見えるが、どのタイミングでどこから攻撃が来るのかわからない怖さがあった。

「なるほど、これは面白い!」

直後、ガィンと金属同士がぶつかり合う甲高い音が響く。狙いを悟らせないニーフの剣を、ログライのそれが受け止めた音だ。


「敵を惑わすことで優位を取る戦法か。今まで多くの戦士を見てきたが、貴様のような戦い方をするものは初めてだ」

「全くうれしくねぇ情報どうも」

その後ニーフは、途中で軌跡を変えるような不規則な剣筋でログライを攻め立てる。流石のログライも、予測が難しい攻撃に戸惑っているようだ。

「随分と面妖な剣術を使うようだな!」

「そういうアンタは堅過ぎだ」

だが、ログライの方も負けてはいない。不規則な動きをするニーフを、その体ごと吹き飛ばすような一閃をはなつ。たまらずニーフが距離を置くという場面が幾度となく繰り返された。




「…………」


軌跡の読みにくいニーフの斬撃を、持ち前の長年培ってきた戦いの勘でさばいていくログライ。その光景を見ると、ニーフの方が攻めあぐねているようにも捉えることができるが。ちらりとメリルの方を見やると、その表情はどこか硬い。


「……メリルさん、どうかしました?」

彼女の様子に不安感をあおられたオーレン。彼としては、やはり知己であるログライに勝ってほしいという願いがある。

オーレンの問いに、ふと表情を和らげて彼を横目でみたメリルだったが、その表情はすぐに戻り目の前の戦闘へと視線が戻る。


「オーレン君。君にはこの戦闘の状況、どう見える?」

「状況、ですか……。パッと見、ログライさんが優勢のようにも見えますけど」

逆に問われ、オーレンも戦闘へと向き直る。相変わらず守るログライに攻めあぐねるニーフという構造が維持されていると感じるが、違うのだろうか。


「うわっ」

そんな時、ニーフが投擲した針がログライの剣にはじかれ、オーレンの足元に転がってきた。


「……こんなのが刺さったら、痛いどころじゃ済まないだろうなぁ」

なにせ鉛筆大の極太針である。オーレンは刺さった場合の光景でも思い浮かべてしまったのか、しかめっ面をしながら屈みこんだ。そして足元のそれに手を伸ばす。


「……あれ?」


手を伸ばそうとしたところ、不意に視界の端にRESISTという文字が小さく浮かんだ。何かしらの状態異常を防いだ際に表示されるものである。


なんでこんなタイミングでこれが表示されるんだろ?


表示直後こそそう疑問を抱いたオーレンだったが、ふと手を伸ばした針を観察して気がついた。


針は全長十五センチ程度で、先端から五センチほどから先細りをしていく構造の、何の装飾もない金属の塊だ。しかしよく見ると、その針の先端から何やら粉のようなものが漏れ出ている。その粒径はかなり細かそうで、風が吹くとさらさらを簡単に舞い上がった。そのいくらかが若干こちらに飛んできたが、軽く払うことで目などに入り込むことはなかったが、心なしかぴりりと払った手が刺激を感知する。

それと同時に、RESISTという文字が視界端に映り込んだ。


「こ、これって……。もしかして麻痺粉が仕込んであるものなんじゃ――」


ばっとオーレンは顔を上げて、先ほどログライが切り捨てたであろう針の残骸を探した。遠目なため細部まではわからないが、針の切り口をみると中空になっている様子がうかがえた。


今までログライさんが切り飛ばした針の数は三本。そのすべてに麻痺粉が仕込まれていたのだとしたら。



「どうやらあのニーフとかいう剣士。本業は暗殺者のようね」


ふとそこで、メリルがぽつりとつぶやいた。


「身のこなしが軽いから、軽戦士のような立ち振る舞いも出来ているようだけれど。恐らく本来は、面と向かわずに相手を殺すのでしょうね。あるいは夜の闇に紛れて、とか。視界が利かない状態であんな奇妙な軌跡を見せられたら、対応は難しいでしょう。けれど今は明るくて、その恩恵も薄い。そんな彼がそこに頼らない方法として使ったのが、その仕込み針ね」

「正々堂々とは、よく言ったものだわ」と若干呆れ気味に目を細めるメリル。


「まともな戦士ではないから、真っ向から戦えばあの傭兵の方が優勢になるでしょう。けれど、守りが主体であまり動きを見せない彼は、あの暗殺者の格好の的。その証拠に、状況が変わりつつあるわよ」

そう言われ戦闘へと目を戻すと、彼女の言いたいことが分かった。


先ほどまでは、癖が強くて戸惑うところも多々あったようだが、それでも容易く斬撃を捌くログライの姿があった。その状態だと笑みも見えていた。

しかし今はどうだろうか。彼の表情は苦しそうに歪められ、その動きは緩慢になりつつあった。まるで体が言うことを聞かないかのように。


「……成程な。先ほど飛ばしてきた針には、毒が仕込んであったのか」


体が思うように動かないのだろう。油断なく剣を構えてはいるが、その剣先はがくがくと有り得ないほど震えている。そんなログライを前に、ニーフは吐き捨てるように息を吐いた。

「はっ、今更気づいたか。遅ぇ、遅ぇよ」

もうログライは立っているのもやっとなのか。剣をだらりと下げて気だるげに頭を掻くニーフを目前にしても、動く気配はない。それをわかってのことだろう、ニーフは口元に笑みを浮かべながらログライの姿を眺めた。


「しっかし。随分と効果が現れるのが遅かったな。一応仕込んだのはかなり強力な麻痺毒のはずなんだがなぁ。……これだからのし上がる奴っていうのは気に食わねえ」

不意にニーフが鋭い眼光を見せた。彼の弛緩していた空気が、一瞬にして張りつめられる。

「ぐ、ぐううぅ……」

それを感じたログライが、ぐっと剣を握りしめる。しかしそれ以上は体が言うことを聞かないのか、うめき声をあげるだけで相変わらず剣先が定まらない。


「その年齢だ。アンタも相応の努力をしたんだろうさ。そこは認めてやるよ。だが、そのまっすぐに自身の実力を信じる姿勢は、俺にはあわねえな。それに自分の意志に実力がついてきてくれるっていう点もな」

そこまで口にすると、ニーフは腰元から先ほど投げていた針を取り出した。その針をつまんで、誇示するかのように軽く振る。

その後手元で器用に持ち替えると――



「……死ね」



そうつぶやき、オーレンにも確認できるような速度でそれを投擲した。


ニーフの手から離れた針は、まっすぐにログライへと飛来しする。それをとらえたログライは、何とかしてそれをはじこうと身じろぎをするが、体はピクリとも動かない。

そんな状態で襲い掛かってきた針は。


動けない彼の胸元へと突き刺さった。




「がっ――」




ログライは針が刺さると短くうめき声を上げた。そして不意に目を大きく見開き、口元をがくがくと震わせ始める。かと思ったら、耐えるようにがちっと歯を食いしばり始めた。


「が、ぐ――」


もはや口から漏れるのは意味のなさないうめき声だけだった。

彼は胸に刺さった針を抜こうとしたのだろう。震えながらも左手が剣から離れ、少しだけ胸元へ移動し始めたところで。



まるで剣の重みに耐えかねたように、前へと倒れこんだ。


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