第十九話
「……それは穏やかじゃないわね」
淡々と口にするニーフの言葉に、メリルは口元に笑みを浮かべつつも目を細めた。
「参考に聞かせてもらいたいのだけれど。どうして私を殺そうと思っているのかしら?」
相変わらずメリルは飄々とした態度を崩さない。だが、ほんのわずかに左足を下げたのに気が付いた。恐らく、危険を感じて身構えたのだろうと思う。
そんなメリルの所作に気が付いたのか。ニーフはちらりと彼女の足元に一瞬目をやったが、すぐに目線を上げた。変わらずメリルをにらみつけ始める。
「貴様が憎い。……ただそれだけだ」
「貴方の反感を買った記憶はないのだけれど。……そもそも、今回が初対面のはずよね。何が貴方をそこまで駆り立てているのかしら」
「御託はいい。俺の目的は、貴様を殺すことのみだ」
そう口にして、今まで動きを見せなかったニーフが初めて動きを見せた。相変わらずメリルの方をにらみ続けたままだが、だらりと腕を垂らしてほんの少し腰だめの姿勢をとる。
一体そこからどんな行動にうつるのか。経験不足のオーレンには分からなかったが、少なくとも話し合いをしようという空気は完全に消失したことを悟った。
思わず距離を取ろうと後ずさるオーレンの代わりに、メリルが右足を踏み出し彼の前を陣取る。同時に右手が腰の剣へと伸ばされた。
今までも不穏な空気が漂っていたのは確かだが。ここにきてその空気が息をのむような緊張感をはらむようになった。
いつ、どちらが動いても不思議ではない。
そんな一触即発の雰囲気が、場を支配していた。
「ちょっと待ってもらおうか」
と、そんなとき。張りつめた場の空気をものともせず、ログライが声を上げた。その後メリルの斜め前あたりまでおもむろに歩を進める。
「ちゃんと約束は守ってもらうぞ、剣乙女よ」
「……貴方ね」
くるりとこちらを振り返るログライの変わらぬ不遜な態度に、メリルは拍子が抜けたように息を吐いた。そうして腰にさした剣に触れていた手を下ろす。
「……なんだお前は?」
今まで存在自体は認知していたが、まさかここで口を出してくるとは思っていなかったのだろう。ニーフは不快気にログライをにらみつけた。その視線を真っ向から受けてなお、ログライは不敵な笑みを崩さない。
「場の空気を濁してしまって悪かったな。いやなに、ここへ赴く前に剣乙女殿とは約束事を交わしていてな。一番槍はワシが受け持つ話になっておるのだ」
「邪魔だ、失せろ」
まさに水を差されたといったところだろうか。ニーフは構えたまま動きこそしないが、少しだけ語調を強めてそう言い放つ。だが、ログライは飄々と笑みを浮かべた。
「まあそう年寄りを邪険にするでない。どうせワシに負けるようでは、この後ろの女には到底敵うまいよ。恥をかく前に、ワシが一肌脱ごうというわけだ。感謝してもよいのだぞ?」
「貴方はただ単に戦いたいだけなのでしょう?」
「そんなことはないぞ。年若いものに胸を貸し与えるのが、年長者の務めであろう」
「……よくもまあ堂々とそんなこと言えたものね」
「…………」
先ほどまでの緊張感はどこへ行ったのか。崩れた空気にやり場のない不信感を感じていそうな雰囲気を、ニーフから感じる。絶対に怒ってるよあれ……とオーレンは内心ひやりとした。
「――まあ、兎も角だ。ワシが先にお主の相手をさせてもらう。ワシの名前はログライ。しがない傭兵だが、腕は立つぞ?」
「あ、それ自分で言っちゃうんだ……」
確かに自力でこの仙境へ来れるほどなので、実力は備わっているのはわかるが。まさかさらりと自慢するとは思わなかった。
その自慢が功を奏したわけではないだろうが、ログライの名乗りにニーフは小さく目を開いた。
「…………『鉄壁』か」
「おお、ワシのことを知っておるのか!」
ニーフの言葉に、ログライが嬉しそうに声を弾ませた。どうやら彼も通り名のようなものがあったらしい。あまりこの世界の情報に通じていないオーレンは首を傾げたが、それはメリルも同様のようであった。思わず彼女の方を振り返ると、何も言わずただ肩をすぼめられる。
「お主がどこのどやつか知らぬが。相手にとって不足はないのではないか?」
不快気に歪められていたニーフの表情が、ログライの名前を聞きつけて真剣みを帯びる。ログライの言う通り、油断ならない相手であることが分かったといったところだろうか。
「さて、談義は終わりだ。いざ尋常に――」
ニーフのまとう空気が変わったことに気が付いたログライ。それを受けて彼も身構えようと背中の剣に手を差し伸べようとした矢先。
目にもとまらぬ速さで、ニーフが何かを投げつけてきた。
「っ!?」
まるで予備動作の感じられなかった不意打ち。ログライもこの仕打ちと速さは予想していなかったのか、一瞬だけ驚いたように喉を詰まらせた。
だが、さすがは仙境へ至るほどの猛者。目にもとまらぬ速さで飛来する何物かを、ログライはいともあっさりと切り落とす。抜刀から振り下ろしまでの動作が、常人には考えられないほど素早かった。
「投擲術か。随分と芸達者なのだな、貴様は」
ちらりとログライが切り落としたものを確認する。彼が真っ二つに切り落としたそれは、鉛筆ほどはあろうかという太さの針であった。それを見てログライは不敵な笑みを浮かべた。
「不意打ちとしては文句のない一撃だ。これが急所に刺されば、戦う前に勝利を収めることが叶うだろう。剣士というのはどうしても対応できる範囲というのが狭いからな。このような小技が決め手になることもある」
「だが」とログライは振り下ろした直剣をゆっくり正眼に構えると、すっと表情を改めた。
「このような小細工で、ワシが仕留められると思わぬことだな」
「……」
ログライの所作をつぶさに眺めていたニーフ。しかし、ログライが構えたのを確認すると、右手で直剣を抜き放った。ログライのそれと比べると細く短いそれを、彼は片手で構える。
その様子を眺めていたログライは、再び口元に笑みを浮かべると、直後目を見開いた。
「かかってくるがいい!!」
びりびりとあたりの空気が震えるかのような咆哮であった。
そこには普段の陽気な彼の姿はなく、命を懸けた一人の武人としての雄姿があった。




