第十八話
外部からの来訪者が現れる転送装置へ向かうオーレン達。歩を進め始めた当初こそ話し込んでいた彼らだったが、目的地が近づくにつれ各々口数が少なくなっていった。それにあわせて、表情も引き締まっていく。
そうして。ここを抜ければ目的地が見えるという小高い丘を上りきると、彼らは足を止めた。そしてそのまま丘のふもとを見下ろす。つい一か月ほど前に目にした謎のオブジェが、そこには変わらずにそびえたっていた。そしてその中央に、人影が一つ。その人物は、伏せていた眼をオーレン達の登場に合わせてあげる。
その人物は、年若い青年であった。
年齢的には、二十代から三十代前半といったところだろう。黒ずんだ灰色の髪を適当に切りましたというような、いまいちまとまりのない髪形が目を引くが、それ以外はいたって普通に見える中背の男。腰には直剣のほかに、小型のナイフのようなものも提げている。
まとう雰囲気はどこか暗めで、ログライのような快活さはうかがえない。目つきが鋭いせいか、睨まれているようにも見える。実際にらみつけられているのかもしれないが。
「……若いな」
男の姿を目にして、ログライがポツリとつぶやく。
「この地に訪れる資格が得られる実力が如何ほどのものかは知らんが。だがあの年嵩というのは、珍しいのではないか?」
青年がこちらをにらみつけるばかりで動かないことをいいことに、値踏みするように青年の見下ろすログライ。彼と同様にメリルも実力を推し量るかのように、目に力を籠める。
「そうね。目を見張るほど珍しいというわけではないけれど、少ないことは確かだわ。基本的に若いうちから頭角を現せるものって天才肌が多いから、数は少ないわね。天才肌の子なら成長が尋常じゃなく早いし、あの年ごろでここに招かれる実力を有していても、不思議じゃないでしょうね」
「天才肌か。うらやましい限りよ。この年になってようやっと割り切ることを覚えたとはいえ……やはりいざ目の前にすると、口惜しいのぅ」
呆れ気味につぶやきつつ、ログライが肩をすぼめる。やはり同じ剣を扱いものである以上、年若く大成するものを間近にすると、嫉妬心がわくのだろう。割り切りにも限界はある様子。
そんなログライに対して、メリルはさらっと言葉を返した。
「まあ、才能だけで来られるような場所でもないから、本人も多少努力はしているはずよ。恐らくね」
「ワシも随分と努力したつもりだが、気が付けばこんな年になってしまったぞ?」
「それは私の知るところではないわね。それこそ、才能の差ではないかしら」
「ぐぬ……言いおるわこの女。だがそこが良い!」
「………………そう」
一体どこが琴線に触れたのか。ログライが嬉しそうに笑みを浮かべるのに対し、メリルは塩対応だった。
「……まあ、今は貴方の身の上話を聞きたいわけじゃないの。来客のお相手をしないとね」
ひらひらと軽く払うように手を振ったメリル。その後彼女はスタスタと丘を降り始める。
「ようこそ、天空の仙境へ。私がここの主のメリシュテルです。見たところまだ若いのにここへ至るなんて、大したものだわ」
丘を降りる彼女の動きを目で追いつつ、けれど青年はまだ動こうとはしない。ここについた途端、目にしたオーレンに歩み寄ってきたログライとはずいぶんと異なる対応だった。
そんな青年だったが、代わりに口を開いた。
「お前が剣乙女か。まさか噂通り不老だとは思わなかった」
「あら、それは噂通りでよかったわね。しわがれた老婆じゃなく、見目麗しい美女の方が良かったでしょう?」
口元に不敵な笑みを浮かべながらメリルが軽口を叩くも、青年からの反応はない。当てが外れたとばかりに、彼女の口元が少しへの字に歪む。
「ワシは見目麗しい美女で大層良かったがな」
「……貴方の意見は聞いていないわ」
かと思いきや、いつの間にか後ろをついてきていたログライの方からコメントが返ってきた。空気を読まない奔放ぶりに、横にいたオーレンの方が申し訳なさげに苦笑いを浮かべる。
……本当に、この人は良くも悪くも正直だよなぁ。
「……で。貴方はどこのどちらさんなのかしら?」
気を改めるためか、一度大きく息を吐いたメリルは腰に手を当てて誰何する。彼女の問いに対し、青年はわずかな間をあけたのち短く答えた。
「……ニーフだ」
「ニーフ、ねぇ……」
ニーフと名乗った青年の言葉に、メリルがどこか納得がいってなさそうなそぶりを見せた。一体何があるというのだろうか。理解できていないオーレンがきょとんとした表情を浮かべていると、それに気が付いたログライが小声でぽつりとつぶやいた。
「『ニーフ』というのは、奴が腰にさしているあの短刀のことだ。どう考えても偽名だろな」
彼の言葉にちらりと視線をニーフの腰元へ移す。恐らくログライの言っている短刀というのは、あのナイフのことだろう。ということは、この青年は自分のことを『ナイフ』だと名乗ったということか。それは確かにすぐに偽名だと気が付く。
「偽名? ……なんでそんなことを?」
「さてな。まあもしかしたら、本名で自身の戦法が割れることを警戒しているのかもしれん。案外、名の知れた武人なのかもしれぬな」
そう語るログライの顔には、どこか嬉しそうな表情が見て取れる。相手の実力が高ければ高いほど盛り上がる体質なのだろう。
相変わらずの戦闘狂だ。
「……まあいいわ。早速だけれどニーフさん、何用かお伺いしてもいいかしら?」
結局偽名については追及することなく、メリルは続けて問いかけた。少しだけ自身より背の高いニーフの顔色をのぞき込むように見つめる。
「聖剣が目当て? それとも実力試しかしら? ……まさか、この後ろの傭兵のように私生活を見せてくれなんてひねくれた願いではないわよね。それならそのままおかえりいただくけれど」
肩の力を抜かせるためか、はたまた素なのか、メリルはちょくちょく軽口を口にする。まあ一か月ほど一緒に生活した経験から察するに、恐らく後者なのだろうが。
しかしそんなメリルの態度に反して、ニーフの反応は薄い。相変わらず言葉少なく、彼女の方を鋭くねめつけるばかりだ。正直、部外者だがその視線が怖いと感じているオーレンであった。
もしかしたら、女性が剣を持つのに忌避感を持ってるとか、そういう人だったりして。
誰でも魔物の恐怖にさらされているこの世界であるからして、人々の武器への距離は近い。だが、それでもやはり体の構造による制限というのはどうしようもないもので、武器をもって矢面に立つのは大抵男性である。それは騎士団の男女比からもうかがえた。魔法が使えるものは、さほど比率に偏りはないように思えたが……こと近接部隊はそのほとんどが男性だった記憶がある。それ以前の記憶を掘り起こしてみても、衛兵や自警団と呼ばれるような人たちは、そのほとんどが男性だった。
そんな環境だからこそ、もしかしたら『武器は男性が扱うもの』なんて思想を持つ輩がいても不思議じゃないのかもしれない。
とまあそんな感じに邪推することはできるが。果たして彼は、一体何を目的にここへやってきたのだろうか。
オーレンがつらつらと思考を巡らせていると。ニーフはじっとメリルを見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……お前を、殺しに来た」




