第十六話
またまた先週は更新できずすみません……
翌朝。登り始めた太陽が鋭角に辺りを照らしつけ、辺りの何気ない風景の中にくっきりと陰影を映し出す。照らされる雲海が、ただの海とは違いどこか神秘的な装いを見せつけてくる。『御来光』という言葉があるが、お釈迦様が後光とともに現れたように見える様から生まれたという説があるらしい。確かにこの景色に神仏を重ね合わせてしまう気持ちも、分からなくはなかった。
そんな景色の中。オーレンは一人模擬剣を手に素振りをしていた。
昨夜メリルに極意を習得する様を見てほしいと豪語してしまったほど、志が高い故の行動……というわけでは、実はない。ただ単に思った以上に早く起きてしまっただけであった。もちろん豪語したのだから習得できないと恥ずかしいぞという思いからの行動というのも、間違いではない。けれど早起きした理由は、今日帰れると気持ちが逸ったからだと思う。遠足当日の子供かと、自分のことながら思わなくもないオーレンであった。
「…………っ」
黙々と模擬剣を振りながら、オーレンはちらりと開きっぱなしのウィンドウに目をやる。そこにはクエストウィンドウが表示されており、今まさにスキル習得の数値がちょこんと上がった様を確認することが出来た。
「……流石にここまでくると、全然上がらないなぁ」
昨夜確認した時に0.98という表示だった数値は、先ほど0.99となった。この0.01を上げるために、何回剣を振り下ろしたのか。実は彼にも把握は付いていない。少なくとも、十や二十ではないと思う。最初の方は振れば振るほど上がっていた数値だけに、後半の上がりにくさは目に付いた。
……でも、あともう少しなのは変わりない。絶対今日中に覚えるぞ!
ふぅ、と小さく息を吐き気を改めたオーレンは、再度模擬剣を振りかぶり鋭く振り下ろした。
「こんな朝っぱらから精が出るな、坊主」
とはいえあまりに単調過ぎて、音楽でも聴きながら素振りしたいなー、などと思っていた矢先。不意に野太い声が聞こえてきた。
この仙境でオーレンのことを坊主呼ばわりする者は一人しかいない。というか、オーレン以外の男性も一人しかいない。
振りかぶり今まさに振り下ろそうとしていたところで動きを止め、オーレンは声のした方を振り返る。視線の先には、肩に直剣を担いだログライの姿があった。その姿を認め、オーレンは力を抜いて剣を下げる。
「あ、おはようございます」
「ああ、おはようだ」
ログライは空いた手を軽く掲げ挨拶を返すと、オーレンのそばまで歩み寄ってきた。
「今日はいつになく早いではないか。どうした?」
ログライの問いに、オーレンは片手を剣から放しぽりぽりと頬を掻く。そして気恥ずかし気に答えた。
「いやぁ……。なんか今日帰るんだって思ったら気が逸っちゃったのか、早く目が覚めちゃって。メリルさんから教わったスキル……技も、もう少しで覚えそうだしと思って」
「ほう、剣乙女殿直伝の技か。……そう言えば一度も見せてくれなんだな。ううむ……名残惜しさがさらに増してしまった」
「ログライさんも今日戻るつもりなんですか?」
ログライの顔を見上げる際視界にちらつくウィンドウを消しながら、オーレンは尋ねる。すると彼はおどけたように肩をすぼめた。
「剣乙女殿から帰れと言われてしまったからな。それが無ければ残る気であった。……まあ、坊主の護衛を頼まれた手前もあるし、大人しく戻るとするさ。一応土産ももらったことだしな」
そう言ってログライは肩に担いだ直剣を軽く上下に揺すった。
そういえばログライが持参したオーレンの身の丈ほどもある長剣は、以前メリルにほとんど根元から一刀両断されている。代わりということで、彼はメリルから一振りの直剣をもらいうけていた。
どうやら過去この仙境へ足を運んできた剣士の遺品だという。意外と願掛けや信仰などのオカルトの類を信じるというか、大切にする風習が傭兵にはあるらしく、最初はログライも渋っていたが。神をも恐れぬ剣乙女様の『気にしたら負けよ』という豪儀な言葉に圧倒された彼は、その後の武器として使用していた。
「余程の名匠が打った剣なのだろう。ワシも今まで見たこともないような出来の剣だ。勇士の遺品であるというのが、いささか気になるが……まあ、それを差し引いても一生に二度も手に入らない名品であろう。後は使いこなすこちらの問題だ。こちらも剣の出来に恥じぬような武士にならねばな」
「そのために、ワシも帰るまでは素振りだ」とログライはオーレンから少し離れると、直剣を正眼に構えた。そしてすべてを叩き切るかのような力強い風切り音を立てながら、彼は素振りを始める。それを横で見つめていたオーレンも、つられて素振りを開始した。
「……そういえば、坊主はラニルアータに戻るのか?」
二人して黙々と素振りをしていると。不意にログライがぽつりと口を開いた。その言葉にちらりと彼の方を向いたオーレンは、すぐに視線を戻すと素振りを再開する。
「そうですねー。仲間が待っているはずなんで、ラニルアータに戻るつもりです」
「そうか……」
そこで彼はどこか歯切れの悪そうな様子で言葉を切った。不審に思い、素振りの手を止めてログライの方を眺めると。彼は同様に手を止めていて、横目ながらも目が合った。
「……一つ頼みごとを聞いてくれぬか?」
「頼みごと……ですか?」
オーレンは体の力を抜いて、素振りの姿勢を解く。同様にログライも構えていた直剣を下ろすと、ポリポリと頭を掻いた。
「まあ、お主に言っても無理なのかもしれぬが。……実は、バイスの奴にもう一度会ってみようと思ってな」
以前浴室でログライと唐突ながら裸の付き合いをした際、彼とバイスの馴れ初めを聞く機会があった。その時は殺し合いをしたということだったが。
「確かに出会った時は殺し合いの最中であった。だがもう、それは過去の話だ。今は昔を語りつつ、あ奴と酒を飲みかわしてみたくてな。だが、奴は今騎士団長なのであろう? 他国の、それも傭兵崩れがおいそれと挨拶に行けるような人物ではない。そこで、坊主に少し仲介を頼みたいのだ。坊主は、奴と面識があると言っておったしな」
「頼めないか?」とログライはちらりとオーレンを眺め見た。確かに、バイスとは新人の演習に参加させてもらった時に顔を合わせた、と以前説明している。ただ、そこまで懇意ではないことも同時に口にしたはずだ。なのでログライも、あまり強い期待をすることが出来ない状態なのだろう。殺し合った他国の傭兵よりは顔が利くとは思うが、対するオーレンも演習にて顔を合わせた風来坊の旅人でしかない。それは仲介も頼みづらいだろう。
だが、オーレンには切り札があった。
その切り札とは、ミシェリアとのつながりである。
ミシェリアという少女は、かなりお転婆なところがあるが、ラニルアータという国の第二王女である。そんな彼女に熱烈に懐かれているのが、仲間のリィンベルだ。やってみないと分からない側面はあるが、彼女に頼めば騎士団長へのお目通りくらいならいけるのではないだろうか。
そんな思いがあり、オーレンはログライの頼みに頷き返した。
「うまくいくかは分からないですけど、帰ったらちょっと伝手をあたってみます」
「おお、そうか! いやはや助かるぞ!」
「ちょっ、痛いですって!?」
オーレンの言葉に喜色を浮かべたログライは、嬉し気にオーレンに近づきバシバシと背中を叩いてきた。相変らず容赦のない平手に、彼は非難の声を上げる。何故これでHPが減らないのか不思議なくらいだった。
「さて、俄然やる気があふれてきたぞ。今なら良き剣が振れそうだ! さあ坊主、続きをしようではないか。なんならここいらで一回手合わせでも――」
意気揚々とログライがオーレンの肩に腕を回して彼を困らせていると。
彼らの視線が、とある光の柱を捉えた。
「……なんじゃ、あれは?」
ログライは丘の向こうに立つ見たこともない現象に首をかしげる。それに対し、オーレンはぱちくりとまばたきを繰り返した。
彼があの光を見るのはこれで二回目。だが、特徴的であるために印象は強かった。
あの光の柱は、この仙境に来訪者が来たことを知らせるものである。




