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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第十五話

遅くなってしまいました――

なかなか自分の弱点が露見している気がします。

全く心の準備もなしに迷い込んでしまったこの仙境。最初は心細くて弱音を吐いたときもあったが、最近は随分と慣れてきた。

人間とは不思議なもので、不安が先行しあれだけ居心地の悪かったこの客間も、今ではまるで自室のような安心感を覚える。


「今日も疲れたなぁー」


今日も今日とてメリルとログライに連れられて遠出をしたオーレンは、部屋に戻ると床に足をつけたままベッドに倒れ込んだ。風呂上がりで火照った体の熱がシーツへと伝搬し、ほんのりと温かくなる。

「…………」

背中に温かさを感じつつ、オーレンは何気なしに天井を見上げた。家主の趣味か、白で統一された調度品たちを見下ろす天板は、それ自体も綺麗な白色を有している。そんな白一色の世界でそのまましばらく動きを見せなかった彼は、不意に小さく呟いた。


「……一か月か、ここにきて」


ほぼ無意識に出てきた言葉だが、それをきっかけにここに来てからの出来事がぽつぽつと思い浮かぶ。

思い返せば、慣れない剣の修業やこの世界の住人と密に接する生活など、初めてのことに日々新鮮さを感じていた気もする。そしてそれにようやっと慣れ始めてきたなと思ったら、気が付くと一か月であった。


「……みんなどうしてるかな」

迷い込んだ最初の日はこの疑問にえらく悩まされたものだが。一か月も経つと、割と気軽に考えられるようになった。何時まで経っても旅人の生命線とも言っていいシステムが通信は無理と言っているため、もう吹っ切れた……という感じだ。


「一か月もあれば、何個かダンジョンを攻略することも出来そうだけど。みんなレベル上がってるのかなぁ」

おもむろに空中に指を走らせてウィンドウを開く。ステータスウィンドウには、一か月前と変わらないレベルが表示されている。メリルの狩りに同行するようになって、多少なりとも蓄積経験値が増えているのはあるが、上がるまでには至っていない。

「ここにきて、筋力は結構上がった気はするけど」


ほぼ毎日、この仙境に来てから剣を振り続けてきたせいか、レベルは上がらずとも筋力値は少し上昇していた。職業上剣類を装備できないオーレンにとっては、金属製の重い板を操る筋トレを行っているようなものなので、その影響だろう。ちょっとたくましくなった……ような気がする自身の腕をちらりと眺めると、オーレンは再びウィンドウへと目を戻した。そしてふふんと小さく鼻を鳴らす。


「まあ、後は……」


続いて彼はステータスウィンドウを閉じると、クエストウィンドウを開いた。そして受注中の一覧を眺める。


「これももう少しなんだよね」


ラニルアータで受けたクエストは、現在塩漬け状態であるので置いておいて。他とは少し色合いの違うクエスト欄に目を向けた。そこには唯一この仙境に来てから発生したクエストが載っており、その詳細欄には数値が書かれている。


「現在0.98……明日には1になりそうだ」

恐らく、この数値が1になれば、新たなスキルを得ることが出来るはずだ。

そしてそのスキルは、恐らくだが――


「あの空間を切り裂くとかいう、トンデモ技かな。……ほんと、極意だって言ってるのに、僕みたいな剣術素人が一か月足らずで覚えることが出来るんだから。旅人ってズルいよなー」


この世界の住人が聞いたら泣いて羨ましがるというか、下手したら切り殺されそうだなと思い、オーレンは苦笑いを浮かべる。ちなみにメリルもログライも、旅人についての話をすると、口をそろえてズルいと称していた。その気持ちはよくわかる。


そのまま手を宙に浮かせつつ、じっとウィンドウを眺めるオーレン。その目は先の1間際の数値に向けられている。

やがて彼は、おもむろに小さく呟いた。


「……これを覚えたら、本格的に帰る方法を探さなきゃ。取り敢えず、明日メリルさんに聞いてみるか」


掲げていた腕を力無く横たえると同時に、ウィンドウが目の前から掻き消える。その後オーレンは起き上がり、いそいそとシーツをめくり寝る準備を整えようとしていると。


不意に小さく扉を叩く音が響いた。

それと同時に扉の向こうから聞こえてくる声。



「オーレン君。まだ起きているかしら?」



声の主はメリルだ。オーレンはシーツをめくる手を止めて、扉の方を眺め返事を返す。

「あ、はい。まだ起きてますけど」

「そう。ちょっとお邪魔させてもらってもいい?」

「? 大丈夫ですよ」

こんな夜更けに……といっても、元の世界のように娯楽の類が充実しているわけではなく、日が落ちたらわりかし早めに床に就く世界なので、言うほど夜も更けていないのだが。オーレンもすっかりその生活に慣れてしまい、我ながら健康的だなぁと思ってしまうときもある。


それはそれとして。

オーレンのその返答を待ってから、向こう側から扉があけられた。


部屋に入ってきたメリルは、昼間に見る礼服のような戦闘服でもなく、部屋着でもなかった。もっと生地が薄く、さらりとした触り心地のしそうなパジャマを着ていた。大胆に肩が露出しており、風呂上りということも相まって非常に艶めかしい。彼女の高貴且つ蠱惑的なイメージにぴったりとはまっている。そう言えば、パジャマ姿のメリルを見たのは初めてだった。


思わず言葉を失ってまじまじと見つめていると、メリルはわざとらしく腕を胸の下で組むと、いたずらな笑みを浮かべた。


「……ふふ。お姉さんに見惚れたかしら?」

「え、あい、あの」

「ふふふ」

「~~っ――」

一瞬でキャパオーバーしてしまったオーレンは、その後何も色よい言葉を返せずうつむいてしまった。だが、耳元まで真っ赤であることは分かり、それを見てメリルは一層嬉しそうに笑みを深めた。油断したらだらしない笑みになってしまいそうになるので、そこは細心の注意を払って。


「え、えっと。な、何の用ですか?」

ちらちらと視線を上げたり下げたりしながら、オーレンがぎこちなく問いかける。それにメリルは「ちょっとお話にね」と答えると、近場にあった椅子に腰かける。


「オーレン君も座っていいわよ」

「……」

彼女の言葉に、オーレンは首をかしげながらも従い、ベッドの縁へと腰掛けた。相変らず目は泳いでいるが。メリルはそんなオーレンの姿を笑みを浮かべつつ眺める。


「早いもので、オーレン君がここに迷い込んでから一か月経ったわね。どう、少しは慣れたかしら?」

「……まぁ、一か月もいれば流石に慣れましたね。メリルさんも、ログライさんも優しいですし」

「あら嬉しい」

オーレンの言葉に、メリルが嬉しそうに肩をすぼめる。その反応に何か気の利いた言葉でも返せればいいなと内心では思いはしたが、全く言葉が浮かばないオーレン。口を開きかけたはいいが、結局何も口に出すことはなかった。同様にメリルも、それ以上の言葉を発さない。


そのまま数分が過ぎた。刺激的なメリルの姿を直視できず明後日の方角を向くオーレンと、その様子をじっくり見つめるメリルの間で、静寂が広がる。ここでメリルの姿を観察していたのなら、もしかしたら彼女がなにやら逡巡しているであろうことを察することが出来たかもしれない。


そんな彼女は、やがて意を決したのか、ぽつりと言葉を漏らした。



「…………オーレン君は。もう少し、ここにいたいとは思わない?」



その言葉には、どこか物寂しさが含まれている気がした。それを感じ取ったオーレンは、今までの気恥ずかしさがどこか遠くに飛んでいったような気がした。驚きに少し目を見開いて、メリルの顔色を窺う。だが、すぐに目をそらした。


「それは……」


メリルの問いは、自分がここにいていいという言葉に他ならない。それはオーレンにとって嬉しいものであった。ここに来てからメリルにはお世話になりっぱなしになっていて、迷惑をかけていないかと不安だったこともあったし、単純に認めてもらっているようでうれしいという思いもある。剣の修業だって、スキルこそもうすぐだが、根本的なところはまだまだだ。もっと強くなるために……というのもやぶさかではない。


しかし、それでもやはりオーレンは素直に頷くことは出来なかった。

それはひとえに。


「……やっぱり僕は、帰れるなら仲間のところに戻りたいです」


やはり自分の居場所は、リィンベルを筆頭とした仲間たちのところだと思っているからだった。



「……そっか」

オーレンの言葉に、メリルは小さく息を吐いた。そして組んでいた腕を脱力し膝もとに垂らすと、少しだけ体をのけぞらせて天井をながめた。


「そうよね。それは勿論お仲間のところに戻りたいわよね」

「えっと、あれですよ? 別にここが嫌って訳じゃなくてですね――」

「あら、それは家主として嬉しい言葉ね」

ふふと笑みを浮かべたメリルが、ちらりとオーレンを見つめる。


ここに来た当初は随分と子供っぽいところが先行していたように見えたが。今は少しだけ顔つきがしっかりしたというか、凛としたものが生まれつつあるような気がする。魔法や遠距離武器では得られなかった、生命をその手で殺すという感触を覚えたからだろうか。それとも、彼は彼なりに成長しようと思って頑張っているからだろうか。

なんにせよ、メリルにとっては可愛らしい弟子だ。


「なんでこんな話をしたかというとね。ようやく下界へと降りる転送装置が起動し始めたからなの。明日の朝には、下に戻ることが出来るわ」

メリルの言葉に、オーレンの顔が明るくなる。が、慌てて平静を装うように表情を改めた。メリルが引き留めようとした手前、嬉しいという感情を見せるのに後ろめたさを感じたのだろう。可愛い限りである。


「……まあ、中途半端な状態で弟子を見送るのは、師匠として不本意ではあるのだけれど。しばりつけることはしたくないから。それに、オーレン君はまだしも、あのお下品な傭兵はさっさと連れて帰ってもらいたいからね。彼もなんだかんだオーレン君が戻れば、一緒に戻ってくれるでしょうし」

「お下品な傭兵って……まあ、否定はできないけどさ」

辛辣な言葉に、オーレンは苦笑いを浮かべた。



「……そうですね」



しばらくオーレンは考え込むように天井を見上げていたが、やがて意を決したように小さく頷くと、改めてメリルの方を向き直った。


「明日、僕は戻ろうと思います。けどその前に、メリルさんに僕が極意を習得するところを見てもらいたいと思ってます。……まあ、旅人補正を存分に使ったズルみたいなものなんですけど、もう少しで使えるようになりそうなので」

その言葉にメリルは目を見張った。

剣を握ったこともないであろう初心者が、一か月足らずで極意を習得するなどと……嘘だろうとも思ったが、オーレンの表情にはどこか確信めいたものが見て取れる。絶対にものにできると、信じているからであろう。彼の言うように、旅人であるということは、それだけでメリルたちが考えもつかないような恩恵があるのかもしれない。


「……私が極意を使えるようになるまで、どれだけかかったか知っているかしら? 本当に、旅人というのは規格外な存在なのね」

メリルは苦笑交じりにやれやれと肩をすぼめた。これほど早く技を吸収してくれるということに、嬉しさを感じればいいのか、はたまた悔しさを感じればいいのか。

なんにせよ、弟子のその決心に師匠が見届けないということはあってはならない。



「……いいわよ。君がどれほど成長したのか、明日の朝一で見せてもらうわ」


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