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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第十三話

ガァンッと硬い物同士をぶつけるけたたましい音が辺りに鳴り響く。片方は重厚な金属の板なのだが、驚くべきことにもう片方はぱっと見少し太めの蔦を編み込んだだけの代物だった。細身の腕程度しかないその棒は、しかし無遠慮に扱っても折れる気配はない。


「こりゃぁ、下手な刃の立て方したら耐久ゴリゴリ削れそうだな!」


樹状の魔物から直接生えている二本の蔦。それがまるで手足のように操られ、ギルバインの縦に構えた大剣に殺到する。彼は大剣を傾けたり、少しずつ立ち位置をずらすことによって、そのすべてを受け切っていた。


やがてしびれを切らしたのか。樹状の魔物は二本あった蔦を絡めて、一本の大きなものを作成した。その太さは、幅広なギルバインの大剣にも劣らない。恐らく、まともに食らえばただでは済まないだろう。

「……おほ。ご、ご立派なものをお持ちで」

ちらりと大剣の隙間から得物を確認したギルバインが、たらりと冷や汗を浮かべた。いくら防御力に一家言ある彼と言えども、あれを防ぎきるのは少し勇気がいるのかもしれない。



「……だが、俺だって立派な息子持ってるもんね!」



「いや、こんなところで下ネタぶっこむなよ」

意味不明な発言で自身を鼓舞するギルバインのすぐ後ろ。大剣を盾代わりにする彼に隠れるようにしゃがみこんでいるのが、オレだった。身を挺して守ってくれている彼に水を差すのは憚られるが、思わず漏れてしまった。


しかし戦闘時で気が逸って気にならなかったのか、そもそも返答するつもりがなかったのか。ギルバインはオレのつぶやきをよそにさらに言葉を重ねる。


「硬さ勝負じゃこの野郎! 俺の息子は世界一ぃ!!」

「後の言葉要らな――」


要らないだろ!? と言葉を繋ごうとしたその時、魔物の腕が風切り音を立てながら振り下ろされた。先ほど以上の耳をつんざくような轟音が辺りを支配する。それだけでは足らないとばかりに、衝撃波のような風圧がオレの髪とマフラーを痛い程なびかせた。当然、オレの突っ込みもその音にかき消されてしまった。



「リンっ、今だ!」

「あぁ、もう!!」


そんな猛烈な腕の振り下ろしを防いだところで、魔物の動きが完全に止まった。それを確認したギルバインが後ろを振り返らずに声を張り上げる。戦闘前に打ち合わせた手はず通りではあるのだが……いまいち締まらないノリに、オレはもやもやした気持ちを吐き捨てながら、合図と同時に脱兎のごとく飛び出した。


途轍もない身体能力を有しているこの紅魔の体。普段の男の状態ではとてもじゃないけど出来ないような急制動で反転すると、オレは一足飛びに魔物へと肉薄する。魔物はオレの急接近を感知し何かしら動こうという気配を見せた。しかしそれすらも置いてけぼりにする速度で、オレは一気に近づき、そしてその勢いのまま魔物の胴体に剣を突き立てた。

まともに切りつけても刃が通らないとされる魔物の皮を、オレの剣はもろともせず深々と突き刺さる。



「もういっちょっ!」



さらにオレは剣から手を離すと、その場で勢いよく回転する。そして強い遠心力を得ると、その勢いのまま回し蹴りを放った。人間ならば顔面に当たるであろう部位を、見るからに華奢な足によって蹴飛ばされた魔物は、しかしものすごい勢いで吹き飛ぶ。


剣が突き立ったまま二、三転した魔物。彼は度重なる猛攻に自身のHPバーを全損させ、黒い霧へとその姿を変えて行った。

残されたオレの剣が、どさっとその場に落ちる。


「ふぅ……」

オレは小さく息を吐きながら、上げていた足をゆっくりと下ろす。そして辺りに目を向けた。


先ほどまで何体かの別の魔物が散発的に襲ってきて、シシリーとミヤビがその対応に当たっていたのだが。集団のリーダー格であった樹状の魔物がやられたことを確認するや、それらは徐々に退散し始めていた。あちらの方が数が多いこともあり、シシリーもミヤビも追撃まではする様子はない。

それらを確認したオレは、おもむろに落ちていた剣を拾うと安堵のため息を吐いた。


「戦闘終了ってか」


そう口にするのに合わせて、視界の隅にあるオレのHPの側に光っていたバフのアイコンが一つ消えた。同時にはたから見れば、オレの瞳が赤から緑へと変化する様が拝めたはずだ。

これは新たに覚えたパッシブスキル『勇猛なる赤眼』と言うものの発動期間が終了したことを示している。このスキルの効果は、戦闘時に筋力、体力にプラス補正がかかり、かつ速度が上昇するというものだった。それだけだと破格のスキルなのだが、弊害として被魔法攻撃にもプラス補正がかかるというデメリットもあった。パッシブスキルであるため、スキルのオンオフということもできない。結論オレは近接にはめっぽう強いが、魔法にはびっくりするほど弱いという、脳筋一直線な職へとなりつつあった。まあ、元々素のステータスもそのような感じではあったのだが。


それはさておき。オーレンが行方不明になってから二週間近く。数日前まで彼がいなくなった平原へ赴き、何かしらの手がかりを探していたオレたちだったが。埒が明かないという結論に至ったオレたちは、近場にあった森の奥地へと足を運んでいた。騎士団の遠征では入らなかった領域だ。

というのも、もしかしたらこの先にインスタンス・ダンジョンがあるのではないかと勘繰ったためである。勘繰ったというか、あったらいいなという希望的観測だが。


フレンドリストの記述から、オーレンがインスタンス・ダンジョンに迷い込んでいることは分かっている。そして彼が竜巻に巻き込まれどこかに飛ばされたというのなら、近場で考えられるのはここではないかと予想をつけたのだった。

なのだが……。



「……全然IDがあるような気配はないな」



インスタンス・ダンジョンは、通常のこの世界とは異なる場所に作られているもののようで、必ず移動には転送装置、あるいは転送魔法を用いる。それが分かっているため、こうして皆で森の奥地を探っているのだが。


「ほんと、どこ行ったのかねぇオーレン少年は」

鬱蒼と茂る木々の天井を仰ぎながら、ギルバインがどさっと近場の倒木に腰を下ろした。ここの森の魔物はレベルが高く、比較的手強い。さらにはここに来るまでにそれなりな回数の戦闘を経てきたので、その顔には疲労の色も濃かった。


「大丈夫ですか、ギル?」

そんな彼の側に寄ってきたミヤビは、そそくさと回復魔法を唱え始めた。パーティ欄に表示されたギルバインのHPバーが、徐々に回復していく。

「あぁ、さんきゅ。ついでにこの疲労感も回復してくれませんかねー?」

「そこは、私の回復魔法じゃどうにもできないですね。多分精神的なものでしょうから」

「膝枕でもしてくれれば、一気に回復する気がするなーおじさん」

「え、あの……。そ、それはみんなの前なのでちょっと」


普段のクールな振る舞いとは異なる、気恥ずかし気な表情をミヤビは浮かべる。それは相手がギルバインであるから出てくるものであって、もし仮にオレが同じことを言おうものなら、気味の悪い虫でも見るような目を向けられることだろう。

解せぬ。


「リンさんは大丈夫ですか?」


オレがギルバインとミヤビの放つ近寄りがたいオーラに辟易としていると。迎撃のため離れた位置にいたシシリーがオレの元まで歩み寄ってきた。オレは自身のHPがさほど減っていないことを確認すると、小さく肩をすぼめた。


「ああ、平気平気。攻撃は基本ギルさんが受けてくれてるしな。まあそろそろオレも、このあたりの敵の攻撃を受けても大丈夫なくらいには体力上がってきたけどさ」

「どんどん上がりますよね、ここ」

オーレンを探すついでに、オレたちはレベル上げも兼ねていた。特に、職を変えて間もないオレとシシリーのレベルを上げておかないと、ここから先の旅に出られないため、積極的に戦闘を行ってきた。まあ、その結果がこの疲労感ではあるのだが。おかげで大分レベルアップしたのは確かだ。


「まあしばらくは此処に籠ってもいいとは思ってるけど。……オーレンがいないと、これ以上の遠征は難しいだろうしなぁ」

うちの面子で唯一広範囲の殲滅能力を持つオーレン。基本多数を相手にできる職ではないオレたちは、面制圧を彼に頼りっぱなしだ。彼がいるからこそ、素早い攻略が行えたという場面は多い。

まあそれ以前に、最大で五人しかいないうちのメンバーであるからして、一人かけるだけでも相当の痛手である。


「どこに行ったんでしょうね、オーレン……」

「辛うじてIDで生きてる……ってくらいしか、オレらには分からないのが心苦しいな」

「場所さえわかれば助けに行くんですけどね」

「そうだなぁ……」

所在なさげに天を仰ぐシシリーに合わせて、オレもほとんど日の光を通さないほど密集した木々の天井を見上げた。



「……早く戻ってこないと、置いてっちまうぞまったく――」



そう愚痴を漏らすオレの視界の端。不意にフレンドからのボイスチャットを知らせるアイコンが明滅し始めた。


「! まさか――」


オレは思わず目を見開いてアイコンを凝視した。まさかオーレンから連絡が来たのかと一瞬期待したオレだったが。よくよく宛名を確認すると、そうではないことに気が付く。


「? どうしました?」

そんなオレの様子に気が付いたシシリーが、キョトンとした表情を浮かべ首をかしげた。オレはそれに小さく首を横に振った。

「いや、ちょっとボイスチャットが飛んできてな」

「まさかオーレンですか!?」

「残念ながら違うよ」

オレがそう断りを入れると、シシリーは期待で上がりかけていた肩をゆっくりと下ろした。その後「……そうですか」としょぼんとした様子でつぶやく。


そんな彼女を横目に見ながら、オレは小さく手を上げるともう片方の手でアイコンをタップしたのち、耳元に手をやった。


『どうした、一体?』

オレは頭の中でそう問いかける。するとまるで口にしたかのように自分の声がスピーカーを通したような感じで脳内に響く。そしてその言葉に答える声が、同様に響いてきた。


『わりぃな突然。今大丈夫か?』


声の主はジェリクだった。

彼とはここしばらく会っていなかった。最初はオーレンの行方について一緒に探してもらおうと声をかけたのだが。タイミング悪く彼は別口の案件を進めている最中だということで、手が離せないとのこと。


『ああ、今ダンジョンを攻略中だけど、少しだけなら』

『ありがてえ。……オーレンは見つかったか?』

『……それが、まだなんだ。フレンド表示は生きてるから、まだ頑張ってるとは思うんだけど』

『そうか……。悪いな、探すのに協力できなくてよ』

『いや、まあ仕方ない。――で、一体何の用でボイチャ飛ばしてきたんだ?』


オレはちらりとあたりを見回すと、手近にあった木の一本へと歩を進めると、そのまま背を向けてよりかかった。そして空いた手ですべすべと触り心地の良いお腹を何となくさする。別にこれは腹が減ったわけでも、おめでたがあったわけでもない。ただ何となくであった。

それはそれとして。オレがそう問いかけると、ジェリクはどこか言いにくそうに言葉を濁した。


『あぁー……。そんな中、ちと申し訳ねえなとは思うんだけどよ』

『……何、何なん?』

オレが煮え切らない様子のジェリクに眉をひそめる。やがて彼は意を決したように言葉を紡いだ。



『いやな。お前にちと、一つ頼みごとがあるんだよ』


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