第十一話
「さぁて。ワシはいつでも大丈夫だ、どこからでもかかってくるがいい」
ブォンといかにも重苦しい長剣をおもむろに振り払ったログライは、そのまま正眼に構えた。柄も合わせればオーレンの身の丈ほどもあるのではないかという剣。そんな代物を苦もなさそうに構える彼に、オーレンは少し目を見張った。
ログライが構えるのに合わせて、メリルも腰に差した細剣を引き抜く。オーダーメイドだと思われる純白な見た目で、不思議と力があるようにも見受けられるが。少なくとも、一度見たことのある、あの煌びやかな聖剣ではない。
「どうした? 噂の聖剣とやらは使わぬのか?」
「使わないわよ。おおよそ人に対して使えるような代物ではないしね」
どうやら聖剣を一目見たかった様子のログライ。メリルにすげなく却下された彼は、「なんじゃつまらん……」と小さく愚痴る。
場所は先ほどメリルに集められた広場から変わっていない。だが、一度小休止を挟んでいた。
というのも、本来メリルは刃をつぶした訓練用の剣を使っての仕合を考えていたようで、準備もそれに合わせたものだったようなのだが。しかしそれに異を唱えたのが、ログライだ。
『せっかくの機会だ、自らの得物で戦わぬか? 坊主もより実戦に即したものの方が心躍るであろう。……まあそれは建前で、ワシが全力で事に当たりたいというだけだがな!』
彼の暑苦しい主張に、一度は渋い顔をしたメリルだったが。すぐにその顔は好戦的なものへと移り変わり、二つ返事で了承をしたのだから、彼女も大概似たような気質の持ち主なのだろう。そのまま両者は、自身の得物を取りに一度家に戻った次第だ。その間、オーレンはぽつんとお留守番であった。
「繰り返しになるけれど、殺し合いはご法度よ。けど腕の一本や二本は覚悟をして……と言いたいところだけど。今回はそれも駄目。そのあたりは加減してもらうわよ」
ちらりとオーレンを流し見たメリルが、試合に臨むにあたってそのような制約をかける。恐らくあまり血生臭い環境に免疫がなさそうなオーレンに配慮しての縛りだろう。実際、彼としてもその方がありがたい。
割とグロ関連は苦手としているオーレンであった。
「お優しい師匠であるなぁ。まあ、良かろう」
メリルの甘々な対応に、ログライは苦笑いを浮かべつつ肩をすぼめたが、特に反論するでもなく首を縦に振る。
「まあ後は勝手知ったるところでしょうし。少し撃ち合ってみましょうか。適当に頃合いを見計らって、区切りましょう」
「相わかった。……ほう、血がたぎってきたわい」
念願と言っていた剣乙女との仕合の始まりが近いことを感じてか、ログライは力強く長剣を握りこむ。腕の筋肉の動きが、気合の入り様を物語っているようだ。
メリルは、そんなログライの炎のような闘志むき出しの雰囲気とは異なり、涼やかな様子で剣先を後方へと流す。同時に軽く半歩ほど片足を突き出すことで、半身になってログライと相対した。ログライほど全身に力を込めている感じは見受けられないが、その眼光は普段とは違う鋭利なものになっていた。
否応なしに、場の緊張感が高まる。ただの見学者の身分であるはずのオーレンの方が、その雰囲気に耐え切れず浮足立ってしまう。無意識にごくりと生唾を飲み込んだ。
どれほどの時間、にらみ合いが続いたであろうか。実際のところはほんの数十秒といったところなのであろう。だがそれが何倍にも長く感じられる。
そんな息の詰まるような状況は、不意に破られた。
「っ――」
今まで身じろぎすら見せなかったメリルが、まるで弾丸のように飛び出したのだ。身を屈め地を這うような高度で走り出した彼女は、一瞬のうちに十メートル以上はあったログライとの間合いを詰める。まさに瞬きする間の出来事だった。
「ほう!?」
だが驚きの声を上げつつも、ログライはしっかりと彼女の動きを捉えていた。肉薄する勢いのまま切り上げてくる刃を、まるで自身の手足の延長かのように長剣を素早く翻し、その一撃に応じる。直後、金属同士を勢いよくぶつけた鈍い音が鳴り響いた。途轍もない威力を証明するかのように、その音は離れたオーレンの耳を無遠慮に貫く。
「良い一撃だ! その細腕からは到底想像つかぬ剛撃、流石は剣乙女と言ったところか! 速さも申し分ない!」
細剣の勢いを完全に殺しきったログライは、身を断ち切らんと迫っていたメリルを嬉しそうに眺める。一方のメリルは、当然と言わんばかりに平然としていた。ギリギリと細剣を押さえ付けながら、ちらりとログライを見上げる。そして口元を皮肉気に小さく歪めた。
「これくらいで感心してもらっては、こちらとしては困るのだけれど。もっと手加減しないといけないかしら?」
「ほう、やはり今のはただの小手調べか! 良い、良いぞ! もっとワシを楽しませるがいい!」
彼女の言葉により一層喜びの表情を浮かべたログライ。彼はボコッと言う効果音が聞こえてきそうなほど肩から先の筋肉を盛り上がらせると、刃を合わせたメリルごと巻き込んで長剣を振り切った。長剣に引きずられて、メリルの体が宙を舞う。
「すごい馬鹿力ね」
しかしメリルは体を浮かされても全く動じた様子はなかった。空中でくるりと一回転すると、少し離れたところで音もなく着地。再びゆらりと細剣を構える。
「身体強化の魔法を使っているわけでもなさそうなのに。よくそこまで鍛え上げたものね。そこは素直に感心するわ」
人ひとりを平然と吹き飛ばすことのできる膂力に、オーレンは驚きを隠せなかった。だがそれはメリルも同じだったらしい。ちらりと自身のとんだ距離を測りながら、彼女は若干呆れたようにそう口にした。
その言葉に気をよくしたのか、再びメリルに剣先を向けたログライは、おもむろに剣から片手を外し二の腕あたりを軽く叩く。
「若い時分から体を鍛えるのは趣味でな。気が付いたらこの有様よ。どうだ? 男らしくて、女からすれば非常に魅力的であろう?」
「……そうね。私の趣味ではないけれど」
にやりと自信満々で叩いたログライの軽口を、メリルは一蹴する。それに彼は悲しそうに眉をゆがめた。
「それは残念だ。……だが、我が強さはそれだけではない。それをとくとその美しき眼に焼き付けるが良い」
だがすぐに気を取り直す。ログライはそう口にすると、構えを解き大きく頭上へ長剣を振りかぶった。メリルとの距離は引きはがした状態のままで、いくら人の背ほどもある長剣と言えども欠片も届くはずもない。にも拘らず、ログライは気合の声を上げながら勢いよく振り下ろした。
「おおおおおおおおおお!!」
ログライの剣は、そのまま地面を叩きつけられる。同時に、ドコンとまるで爆発でも起こったかのような轟音が鳴り響く。
刹那、その衝撃の余波なのか、メリルの足元の地面が勢いよく土を噴き出した。
これはさすがに予想外だったのか、メリルは若干ひるんだように半歩足を下げるそぶりを見せる。だが結局土を噴き出す地面をにらみつけると、最早オーレンではとらえきれない速度で剣を払う。
あまりの速さに周囲に風でも発生したのか、本来細剣では処理しきれないほどの土が、一斉に吹き飛ばされた。
「捉えたぞ!」
直後、メリルのすぐ正面からログライの声が響く。弾かれたように顔を上げたメリルが見たのは、彼女が土を処理している数瞬の間に近づいたログライが、今まさに剣を振り下ろそうとしているところだった。
しかし、彼女は一切動じることはない。
「甘いわね!」
メリルはすぐさま剣をひるがえすと、勢いよくログライの長剣の腹に叩きつけた。そして僅かにそれた軌道から外れるように、するりと体重移動をする。あの状態で完全に避けられるとは思っていなかったのか、ログライは顔に若干驚きの表情を浮かべたが、すぐに口元をゆがめた。その笑みに何か不審なものを感じたメリルが、一旦距離を取ろうという素振りを見せる。
だが、彼はそれを許さなかった。
「捉えたと、言ったであろう?」
いつの間にかログライは、片手を剣の柄から外していた。その空いた腕で、なんとメリルの胸倉を引っ掴んだのだ。
「なっ!?」
咄嗟のことで、メリルの反応が遅れる。そのわずかな間で十分だと言わんばかりに、ログライはぐっと腕に力を込めた。為す術なくメリルの姿勢が崩れる。
どうやら彼は、メリルを地面に叩きつけようとしているようだ。
それを察したのか、メリルが若干表情をゆがめる。しかし彼女はただ身を任せるような脆弱なことはしなかった。
「っ――」
彼女はぐっとログライの腕を掴むと、その場で勢いよく体をひねる。その力は存外強く、何倍も重量のありそうなログライの体が傾くほどであった。
「ぬぬ!?」
このまま深追いすれば自らも危うい。そう感じたログライは、メリルへの攻勢を諦めて受け身を取る姿勢へと切り替えた。
「げに恐ろしき体の柔軟性よ。まさかあそこからこのような切り返しを受けるとは」
「貴方こそ。手癖の悪さがひどすぎるわ」
同様にメリルも深追いをすることはなく、両者はそのまま対角に地を転がることで距離を開けた。再び、にらみ合いが始まる。
「…………」
その一部始終を外から眺めていたオーレン。このわずかな攻防だけ眺めたところで、彼の意見はひとつに収束し始めていた。
「…………これ、こんな超人戦闘から何を学べっていうの?」




