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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第九話

「ふぅー……」


石造りの浴槽に張られた湯に全身を浸しつつ、オーレンは気持ちよさげにため息を吐いた。

「なんか、すごい人が来ちゃったなぁ」

ぽつりとつぶやいたその言葉は浴室に反響した後、天井付近に設けられた排気口へと漏れていく。


メリルの家の離れに作られているこの風呂場は、基本彼女くらいしか使用者がいないはずなのに、かなり広々と作られていた。どうやらこだわりがあった様子。二人、三人くらいは余裕で寝そべることが出来そうな洗い場に、四人くらいは一度に入れそうな大きめの浴槽がある。浴槽の下には空気中の魔力を使って発熱する特殊な鉱石を設置していて、いつでも湯の温度を適切に保てるような工夫がされているらしい。

……ただ水については、自力で張る必要があるが。


けれど少しでも楽に運用できるように、近場に川の流れを引っ張ってきたと聞いた。確かにこの浴室のある小屋のすぐそばには小さな川が流れているのだが……引っ張ってきたと簡単に言うが、そんな気軽にできるようなものではないと思う。

内装も、彼女の好みできれいな白に統一されている。アメニティも大きな街でしか買えないようないいものを揃えているあたり、本当にこだわっているのだということがわかった。アメニティの良し悪しは、オーレンには分からないが。


それはそれとして。今オーレンが思い浮かべているのは、本日から少しの間同居することになった来訪者、ログライのことだった。


「あんな自由奔放を具現化したような人、初めて見たよ」


メリルがログライの滞在を許可した後。彼はメリル邸に招待されると、好き勝手に辺りを散策し始めた。流石にメリルが苦言を申し立てると渋々と言った様子で動きは大人しくなったが、今度は「対面を祝って酒を飲みかわそうではないか!」と豪語し始めた。呆れたことに、彼は酒を常備しているとのこと。まあ結局オーレンは未成年で飲めないと首を横に振り、メリルはそんな気分じゃないと断ったのだが。


オーレンは浴槽の縁に頭を乗せながら、ぼんやりと天井を眺める。どことなく悪い人ではないのではないかと感じているのだが。ちょっと接し辛そうだなと言うのが率直な感想であった。

そんな取り留めもないことを考えていると。不意に勢いよく扉を開ける音が浴室内に響いた。直後に聞こえる、声。



「おぉお! これは予想以上の浴室だな! 奴め、余程こだわりがあると見える」



今日一日で随分と耳にした野太い声である。声の主……ログライは、タオルを肩に掛けながら「邪魔するぞ、坊主」と腰に手を添えた。


「いやはや。改めて剣乙女殿を酒の席に誘ったのだがな、素気無く断られてしまった。止む無く坊主をと思ったのだが、酒は飲めないと言うからな。それならば、男同士裸の付き合いでも思った次第よ」

「石鹸はこれか。随分と良いものを使っておるのだなぁ」と相変わらず奔放に振舞うログライ。そんな彼の急な登場にあっけにとられたオーレンは、何か言おうとして言葉が出ず、結局口を半開きにしたままログライの背中を眺めた。


鍛え抜かれた筋肉でごつごつと隆起している様は、まるで岩肌のようだ。そこから伸びる腕も、まるでしめ縄のような図太さ。下手すればオーレンの太もも位あるのではないかと思ってしまう。


……大きさもすごいんだけど。それよりも目に付くのは、やっぱり――


背中、そしてそこだけではなく腕の方にまで点在する、大小さまざまな傷。恐らく傭兵として戦場に赴いた際にできたものなのだろう。切り傷のほかにも、火傷跡なども見受けられる。中には切り付けられた後に抉られたような痕跡もあった。差して庇う素振りを見せていないことから本人は気にしていないのだろうが、見ているこっちが痛々しくなる背中だ。


「……なんじゃ坊主。さっきから人のことをじろじろと。まさか男色の気があるのではあるまいな?」

向こうの世界のように水量を調節できるような便利なものではないが、この世界にも蛇口は存在している。出口が下に向くように折れ曲がった武骨なパイプの上部に、魔方陣が刻印されており、ここに手をかざせば水……ここではお湯だが……が出る仕組みだ。それをいじりつつ、下に置いた桶に湯をため込んでいるログライは、こちらに顔を向けることなくそう口にした。まさかまじまじと見ていたことに気が付かれていたとは思わなかったオーレンは、慌てて首を横に振った。見えているかどうかは分からないが。


「い、いやそんなわけないじゃないですか! 僕は普通に女の人が好きです! そ、そうじゃなくて……。なんというか、すごい傷だなぁって」

「ああ成程。そっちか」

その問答をする間に桶に湯がたまる。蛇口に手をかざし湯を止めたログライは、その後桶を引っ掴むと頭からかぶった。バシャンと小気味いい音を立てて、湯が彼の傷だらけの背中を伝っていく。


「この通り、今は特に痛むこともない。数々の戦場を渡り歩いて、意地汚く生き残った名残よ。勲章……と呼ぶにはいささか泥のかぶった代物だな。ふむ……まあ、強いて表すのであれば、形ある記憶、思い出といったところか」

「思い出……」

「ああそうだ」

おもむろにログライは、右の肩口あたりにある少し大きめの傷をさする。


「例えば、この傷だが。これは南部の民族の鎮圧に参加した時のものだ。少数民族でな、使用する武器も旧世代の代物であったため、暇つぶし程度にしかならんだろうと思っていた。だが、その中に滅法強い男が一人いてな。一両日中剣を交えあったものよ。生憎と言葉が通じなかったので殺し合うことしかできなんだが、あいつとは一度酒を飲みかわしたかった」

懐かしそうに語るログライは、続いて先ほどオーレンが気にした抉られた傷を背中越しに指さす。数ある傷の中で、最も目立つものだ。


「そしてやはり一番鮮烈な記憶としてあるのが、この抉られた傷よ。これはワシがまだ若かりし頃につけられたものでな。その時からワシは向かうところ敵なしで、それ故に慢心しておった。そしてこの傷をつけた男によって、その長くなった鼻っ柱を折られたのだ」

「いやはや、痛烈であった」とログライは嬉しそうに笑みを浮かべながら語る。


「その太刀筋は、大地をも抉る。それを体現したかのような剛剣の持ち主であった。そのくせ、狙いは的確かつ高速かつ容赦がない。ワシもこの傷だけでなく、何か所かはその時の傷が混じっている。そこでワシは初めて防戦一方と言う状況を知ったわ。いやはや、今でも生きているのが不思議なくらいだ」

ログライは両手を広げて、やれやれと肩をすぼめた。その後ちらりとこちらを振り返ると、苦笑いを浮かべる。

「だというのに。奴は当時ワシと同世代だというのだから、世界の広さを感じる一戦であったわい」


ログライは正面に向き直ると、再び桶に湯を張り始めた。湯がたまっていく様子を見ながら、さらに言葉を紡ぐ。よほど彼の中でその人物への印象が大きかったということなのだろう。

「その後奴は『国境解放戦線の鬼人』と称されたらしい。『鬼人』と言ってわかるか? 遥か東の民族に、『鬼』という化け物の言い伝えがあるようでな。人が対抗し得ない強きもの……地獄の権化ともあらわされるのだというぞ? それを聞いてワシは納得したわ。確かにあ奴の戦ぶりは、地獄そのものであった。ワシも含め、誰一人奴を止めることが出来なんだしな」


「そ、そんなすごい人がいたんですね」

オーレンがおずおずと相槌を返すと、彼はさも自分のことのように嬉しそうであった。

「おうとも。奴がまだ生きていれば……あの強さなら恐らくは生きていると思うが――」

とそこでログライがさっとこちらを振り向いてきた。


「……そういえば坊主はラニルアータから来たと申しておったな。もしかして何か奴の居所を知っていたりはせぬか? 国境解放戦線の鬼人、名をバイスと言うのだが」


「え!?」


まるで空想上の人物の話を聞いているかのような曖昧なイメージしか持てていなかったが。彼が不意に出した名前に、オーレンは驚きの声を上げた。


「バイスさん?」

「なんだ坊主、知っておるのか!」

オーレンのその様子に、ログライが食いつく。先ほどまでは肩越しに見るくらいだったのに、オーレンの反応を見るや体ごとこちらを振り返ってきた。見るとまさに分厚い板と言った感じの胸元にも無数の傷が見て取れる。そして息子は結構でかい。

いやそれはそれとして。


「バイスさんなら、今王都騎士団の騎士団長をやってますけど……」

「騎士団長! あ奴が」

オーレンが答えると、ログライは目を見張った。そしてその後納得気に大きく頷くと、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「そうか、あ奴が騎士団長か。騎士なぞ体裁ばかりを気にする集団だろうとも思っていたが……。あ奴が団長と言うのなら、王都のそれはさぞ精強なのであろうなぁ」

うんうんと嬉しそうに頷くログライ。だがそこには知人の行方が分かった嬉しさのほかにも、どことなく好戦的なものが浮かんでいるような気もする。戦ってみたら楽しそうだな、的な。


けど……まさかあんな落ち着いた感じのバイスさんが、昔そんな人だったなんてなぁ。


オーレンもオーレンで、ログライの話に驚きと言うか、感慨深いものを感じていた。

人に歴史あり、といったところだろうか。


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