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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第三話

「どう、驚いた?」


玄関を出てすぐのところで固まるオーレンの後ろから、メリルが小さく笑みを浮かべながら近づき、横に並ぶ。

「聞いたことがあるか分からないけれど。ここは『天空の仙境』って呼ばれるところよ。文字通り天井に浮かぶ秘境なの。本来なら、とある資格のある者しか結界を超えてくることはできないのだけれど……何分ふっるい術式らしいから、時折綻びが出来るの。普段なら、鳥とか空に住む魔物くらいしかその綻びを通らないのだけどね。人間が通ってきたのは、オーレン君が初めてよ」


「天空の仙境……」

メリルの発したその単語を自身の記憶に照らし合わせてみたが、さっぱり聞いたことがなかった。ここはダンジョンなのだろうか、はたまたメリルが住んでいるようだし町にあたるのだろうか……。もしかしたらジェリクなら何か知っているかもしれないが、生憎と今は通話どころか文章チャットすら使用できないため、連絡手段がなかった。


ま、まぁメリルさんがいてくれたのが、唯一の救いかな。流石にこんな訳の分からないところに一人はキツイよ。


元々集団で行動することの多かったオーレンだ。こんな知らない場所で一人でいると心細さが先行する。だが今回は、少し対応に困る部分はあるものの頼りになりそうなメリルがいてくれている。

オーレンは無意識に小さな安堵のため息を吐いた。気持ちが落ち着いたところで、先ほどの発言の中にふと疑問を覚えた。


「ここに来ることのできる『資格のある者』って、何の資格なんですか?」

もしかしてレベルだろうか、とふと思ったオーレンはすぐに違うだろうなと改めた。レベルという概念は、旅人の間だけの特殊なものだ。見たところメリルはこの世界の住人。自分たちと同じように、強さを数値で管理していることはないだろう。


じゃあ、一体なんだろ? それ以外は、あんまりピンとくるものがないなぁ。


オーレンが内心うんうんと悩んでいると、質問を受けたメリルが数歩前に出た。その端正な顔には、自信のある笑みが浮かんでいる。



「それはね……」



そうつぶやきつつ、メリルは不意に左手を腰のあたりに当てた。そして右手は、その左手の上に被せるような位置へ移動する。そのしぐさは、何かをほうふつとさせる。

それがいったい何なのか。オーレンがそのぼんやりと浮かんだイメージを掴み上げる前に。


突然メリルを中心に光を纏った強い風が吹き荒れた。



「うわっ」



ここ最近やけに風に縁があるなと不意に思いつつ、驚いてオーレンは一歩後ずさった。その彼をよそに、メリルを包む風と光は力強くあたりを威圧する。

風と共に舞っていた光は、やがて筋となってメリルへと舞い戻り始める。収束する先は、先ほどメリルが手を添えた左腰のあたり。光が集まるにつれて、彼女の腰元に特徴的な姿が浮かび上がり始める。

それがはっきりする直前。


メリルは右手でその光の束から一気に何かを引き抜いた。


刹那、今まで一番強い風と光が辺りを支配した。直視できるような光量ではない。思わずオーレンは目をつぶり顔を背ける。


強い光が放たれたのは一瞬だったようで、まぶたの先から漏れてくる光量はすぐに落ち着きを取り戻した。いつの間にか、風も止んでいる。恐る恐る、オーレンはまぶたを上げ前を向いた。

そして視界に入ってきた光景に、思わず息をのんだ。



先ほどまで何も持っていなかったメリル。

だがそんな彼女の右手に、美しい一振りの直剣が握られていた。



全体的に細身の剣である。だが、ひ弱さは一切感じられない。白銀の刀身からわずかに放たれる光の粒子が、剣の存在感を何倍にも膨らませているようだった。


右手に光り輝く美しい剣、左手にはその剣を守る意匠の凝らされた鞘……そしてそれを構えるメリルは、まるで絵画のような幻想的な存在に見えた。戦乙女……鎧の類は一切つけていないのに、その言葉が今の彼女に一番しっくりくる。


「これよ」

そんな美しい彼女が、オーレンに顔を向けて自信ありげに笑みを浮かべた。

「剣士としてある程度完成していること。それがこの仙境に招かれる条件なの」


そう言いつつ、メリルはなんとなくといった様子で宙に刀身を滑らせる。その軌跡には光の粒子が漂い、とても神秘的だ。剣と言う生命を刈り取る道具なはずなのだが、それ以外の意味を持っているかのような気さえしてくる。


「そんな剣を極めた者たちが、私の元にやってきてこの聖剣を求める。まあ、ここはそんな場所なわけ。だから、オーレン君のような弓兵が来ることなんてまずない……オーレン君?」

メリルが剣を鞘に仕舞うと、再び光の粒子となってそれらは消失した。


どうやら聖剣と言われるほどなので、普通の剣とは違うのだろう。なにか魔法的な施しがされているのだと思う。いや普通の剣があんな風に消えるはずがないので、絶対に施しはされているのだが。

余りの衝撃的な光景に、オーレンの思考がフリーズしていた。


「……どうしたの、オーレン君?」


固まったまま反応しない彼に疑問を覚えたメリルが、スタスタと目の前に歩を進める。そしておもむろにオーレンの顔の前で小さく手を振る。そこでようやっとオーレンは我に返った。びくっと、小さく体を震わせる。


「お、我に返ったわね。どうしたのかしら? まさか、見惚れてくれた?」


比較的近いところで、メリルが蠱惑的に笑みを浮かべる。本来だったら、そこで照れてしまいしどろもどろになるところだった。

しかし今のオーレンは、先ほどの光景が目に焼き付いていて、普段のような思考が出来ないでいた。




「……すごく、綺麗だと思いました」

ぽつりぽつりと、オーレンは口を開いた。




「剣もそうなんですけど。それを構えて、光を纏っていたメリルさんが……すごく綺麗で、まるで一枚の絵画みたいだなって思って――」


そこまで口にしたところで、オーレンはうつむいていた顔を振り上げた。そしてメリルの顔を見るや、見る見るうちに赤くなっていく。


「あ、す、すいません! な、何を言ってるのかな僕は!?」

まさかあれだけガチのトーンで口にしてしまうとは。自分でもびっくりのオーレン。一体どんな反応をされるのだろう……。ガキが何を粋がっているのだと、思われはしないだろうか……。


そんな心配を内心しながら、オーレンはメリルを眺める。当の彼女も、そこまで言われるとは思っていなかったのだろう。少し言葉を忘れたといった様子で、ぱちぱちとまばたきを幾らか繰り返す。



「……ふふ、ありがとう」



そしてその後、嬉しそうに笑みを浮かべた。その表情も綺麗だと思い、オーレンはさらに顔を赤くしてしまう。


「……さて。場所の確認もできたことだし、一度戻りましょうか。今後の話もしないといけないだろうけれど、取り敢えず食事を用意するわ。オーレン君は、さっきの部屋に戻っておいて頂戴。準備できたら声をかけるから」

「あ、は、はい!」


一区切りついたところで、メリルがそう口にした。それにオーレンは元気よく返事を返す。こんな見知らぬ土地に迷い込んでしまって自分はどうなるんだ。

……そんな不安感は、いつの間にかどこかに吹き飛んでしまっていた。






オーレンが客間へと戻ったことを確認したメリルは、取り敢えず着替えようと二階の自室へと足を運んだ。そして慎重に扉を閉める。階を隔てているだけあって、ここならオーレンのいる客間へ声が届くことはないだろう。

そう確信したメリルは、扉に背を預けてうずくまる。そして顔を両手で覆って――




「っはーーー! 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!!」

叫びだした。




「『綺麗』って、なに反則よあんなの!? あんな顔を赤くしてっ可愛すぎでしょ、オーレン君! いや、オーレンきゅん! もうだめ、可愛すぎてつらい。にやけが止まらないわ……おっと、鼻血が」


メリル……本名メリシュテル。

見た目こそ二十代の美しき女性の姿をしているが、聖剣の持ち主になったことで老化が止まっているだけで、かれこれ八十年ほど生きている。

過去の大戦で多大な功績を上げたことで『剣乙女』の異名を持つ彼女は、普段はクールな大人な女性である。だがそれだけではなく、戦闘時は鬼人のごとく振舞うこともある。大戦時、彼女の凶刃に命を奪われた人間は数知れず。『剣乙女』の異名は信仰を集めるだけでなく、その功績に恐怖の対象となることもゼロではない。


そんな二面性を持つ彼女だが、とある性癖を持ち合わせていた。


どんな性癖かというと。




こんな感じの、残念臭かおる無類の少年好きという性癖だった。


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