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非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
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第二話

……こ、この家の人かな?


突然の物音に驚いたオーレンは、じっと扉の方を見つめたまま硬直した。一体どうすればいいのか、何かしら行動を起こした方がいいのかどうかと、頭の中で考えはするが体が動かない。目覚めてからまだ何もしていないから、別にやましいことは一切ないのだが。それでも見知らぬ環境に、無意識に緊張してしまっていた。


先ほどのドアの開閉音の後、扉の向こうでは荷物でも整理しているのか物音が続く。やがてその音が落ち着いてくると、ついにオーレンのいる部屋をつなぐ扉がゆっくりと開かれた。



「……あら、起きてたのね」

ちらりと扉の隙間から金色の瞳をのぞかせたその人物は、オーレンを確認するとそう口にして扉を大きく開いた。



現れたのは、スラリと背の高い女性であった。年はミヤビと同じくらいだろうか。腰元までのびる金髪がきれいだと思いつつも、服の上からも分かる大きな胸に不意に目が行って――


「あらあら、初対面の女性の胸を凝視するなんて。良くないわよ?」


後ろ手に扉を閉めながら、不意に女性がそう口にした。図星すぎるその言葉に、オーレンは顔を赤くしつつ、首を痛めるのではないかという速度で顔を背けた。

実際ちょっと骨が鳴った。


「っご、ごめんなさい!」

「ふふっ、別に構わないわ。不躾な視線には慣れているし。それに体型にはそれなりに気を遣っているから、自分でも自信があるのよ。……どうだった?」

「え!? あ、えあの……」

「冗談よ、冗談。からかってごめんなさいね」

ふふ、と小さく笑みをこぼしつつ、女性はベッドのそばに置いてある腰ほどの高さの引き出しに緩くもたれかかった。


なかなかに蠱惑的な女性だ。今まで生きてきた中で、オーレンにとっては初めて対面するタイプである。そもそも異性と会話する機会すら、旅の仲間であるシシリーやミヤビ相手位しかないのに。そのどちらとも毛色が違うのだから、どのように接していいのか皆目見当がつかない。本音を言うと、誰か助けてほしい。


ふと、仲間のうちで一番話しやすいリィンベルの顔が浮かんだが、彼も女性経験は薄い人物でありこんな時はたぶん役に立たない。


いやまぁ……役に立たないって言っちゃうと、失礼だけどさ。


そうなると、やはりここは人生経験も豊富なギルバインだろうか。慣れていそうという観点からだと、ジェリクも良いかもしれない。取り敢えず、誰でもいいから対処法を教えてほしかった。


「言葉も通じそうだし、まず君のお名前から聞いてもいいかしら?」

オーレンが内心混乱していると。女性は目を向けてきながらそう口にした。その口調からは、こちらを労わるような雰囲気が感じられる。それをなんとなく感じ取ることが出来たオーレンは、多少緊張がほぐれたような気がした。


「あ、えっと。ぼ、僕の名前はオーレンです」

けれど、やはりそうは言っても見知らぬ大人の女性相手。口の動きは存外硬かった。そのうえ、なかなか女性の目を見ることが出来ない。名乗りも、目をそらしながらのものになってしまった。

「オーレン君ね。私の名前は……メリルよ」

一方金髪の女性……メリルは余裕の表情である。いかにも草食系な反応を示すオーレン相手に、欠片も緊張する要素がないのだろう。まあ当然と言えば当然なのだが。


「今朝ふらっと外へ出てみれば、オーレン君が近場で倒れているのを見かけてね。それで家まで運んだのだけど……君、何処から来たのかな?」

覗き込むようにオーレンの顔色を窺いつつ、メリルがそう問いかけてきた。その際に軽く足を交差させたが、ロングブーツとショートパンツの間に見える太腿が非常に目に毒だった。動いているものに反応してつい見てしまったオーレンは、再び顔を赤らめて目を泳がせる。


「あ、えっと。その……よくわからないんです。元々ラニルアータからちょっと行ったところにある平原にいたんだけど。なんか……急に体が浮く感じがして。次に気が付いたらここにいて……」

何となく目を合わせられない状態でシーツを見下ろしつつ、オーレンはそう答えた。正直これ以上の説明を要求されても、答えられない。彼自身もどうやってここに来たのか、分かっていないのだから。


「そう、ラニルアータから……」

オーレンの説明に、メリルはそう小さく漏らした後口を閉ざす。ちらりと彼女を見上げると、何やらラニルアータに思い入れがあるようなそぶりが見えた。どこか懐かしむような表情を浮かべつつ、明後日の方を向いている。


「あの……ここって、どこなんですか?」


オーレンはそれ以上自身のことを聞かれる前に、先に気になっていることを聞くことにした。不思議なことに、オーレンのこの質問はメリルにとって予想外であったようだ。少し目を見開いて、まじまじとオーレンを見つめ返してくる。

「……じゃあ、本当に偶然ここに流れ着いたのね」

「……ど、どういうことですか?」

メリルが自身を納得させるかのようにそうつぶやいた。しかしオーレンには言葉の意味がさっぱり分からなかった。おずおずと問い返してみると、彼女は口元に笑みを浮かべた。


「……それは自分で確認したほうが良いかもしれないわね。オーレン君、今動くことはできる?」

ゆったりとした動作で、もたれかかっていた引き出しから離れるメリル。オーレンは大きく二、三度頷くと、シーツから足を引っ張りだした。

「そうそう。申し訳ないけど、君の靴はちょっと汚れてたから玄関に置いてあるわ。代わりにそれを履いて頂戴ね。少し小さいかもだけれど」

いざベッドから降りようとしたところで、自身の靴がないことに気が付いたオーレン。きょろきょろと見回す彼の動きを察したメリルが、有難いことに近場にあったスリッパを指さしてそう言った。いそいそとスリッパに足を通し立ち上がる。

それを眺めていたメリルは「ついてきて」と言うなり、部屋の扉に手をかけた。


オーレンが寝かされていた部屋の外は、まるでログハウスのような装いだった。時期的に使われてないのか中身がないが、暖炉が非常に趣深い。まるで林間学校に来ているみたいで、内心オーレンのテンションが少し上がる。


「ごめんなさいね、少し散らかっているけれど」

「い、いえそんな! 僕の部屋の方がよっぽど汚いですよ」

置けるところに無造作に物を置くことの多いオーレンの部屋は、自分でも散らかっていると思っている。まあ、ここ二年程その光景も拝めていないのだが。


「取り敢えず片付けはまた今度しましょう。今は、オーレン君にここがどこなのか知ってもらう方が先だからね」

スタスタと部屋の中を歩くメリルの後についていくと。その行先はどうやら玄関らしき扉の前だった。

「ここがいったいどいう場所なのか。外の景色を見てもらえば、分かると思うわ。さあ、思い切って開けてみて」

そう言ってオーレンを前に通すように脇へ逃げるメリル。一体何を考えているのだろうか。その表情には薄く笑みが浮かんでいるだけで、心情は推しはかれない。


……これ、実は扉を開けたら目の前が崖で、突き落とされたりしないよね……?


ちらりとメリルを流し見ると、彼女は肩をすぼめるだけで動こうとしない。恐らく、オーレン自身が扉を開けないと、動きを見せることはなさそう。


…………。


ごくりと、オーレンは生唾を飲み込む。特に何もないのかもしれないが、ここまでお膳立てをされてしまうと、逆に何かあるのではと勘繰ってしまう。

「……あ、開けても大丈夫ですよね?」

「全然大丈夫よ。そんな怖がらなくても」

不安が払しょくできず、ついメリルの方を向きそう問いかけてしまったが。当の彼女は苦笑を漏らしながらそう答えるのみ。止む無くオーレンは、再び扉の方に向き直る。


……ええい、どうせ死んでも死に戻りするだけだ!


このままでは埒があかないと思ったオーレンは心の中でそう叫ぶと、がっとドアノブに手をかけた。


さあ、なんでもかかってくるといい!


そしてそのまま一気に扉を解放した。




「うわっ」




扉を開けた瞬間に感じたのは、眩しい光と強めの風だった。光に目が眩み、思わず目を背ける。慌てて視力を回復させようと瞬きを繰り返すが、その間に何事か起こることはなかった。ようやく視力が回復してきたところで、オーレンは恐る恐る正面に目を向けた。


「……え」


そして思わず呆けたような声を上げてしまった。


あれだけお膳立てされたので、何かとんでもないものでも待ち構えているのかと思ったのだが。しかしいざ目の前に広がっていたのは、何ともない豊かな平原であった。崖なんて野蛮なものはみられない。おまけに雲一つないのか、日差しも強く照り付けているが、少し眩しいだけで決して不快ではなかった。


……なんだ、完全に僕がビビりなだけだったんだ……。


特に危険がないと感じたオーレンは、取り敢えず大きく安堵の息を吐いた。そして改めて辺りを見回す。


雰囲気はライトニングボアと戦った平原に似ているだろうか。と言っても、生えている草もどこか違いそうだし、近くには海が見える。となるとここは海沿いの街なのだろうか。そう言えば東大陸に渡るときに、比較的大きな港に滞在したことがあったが――


「……あれ?」


ふと違和感を覚えたオーレンは、改めて海の方を眺めた。そしてはっと気が付く。



「……違う。あれはただの海じゃない。あれは…………もしかして、雲?」



ぱっと見海だと思っていたのだが。よくよく見てみると、その色は青ではなく真っ白であり波が寄せている様子も見られなかった。また、同じ形の凹凸が一定方向にゆっくりと流れている。

その様子は、海は海でも、今まで写真の向こう側でしか見たことがなかった雲の海そのものであった。



「じゃ、じゃあ……ここって、雲の上!?」



全く予想していなかった居場所に、オーレンは驚きの声を上げた。


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