第一話
このまるでゲームのような世界を旅し始めて丸二年。都合数百回の目覚めを経験している。
旅をしているだけあって、その目覚めた直後に視界に入ってくる天井の種類は実に様々だった。当初は知らないところで目が覚めるというのに、少なからず抵抗があった。だが今となっては非常に慣れたもの。余程の場所でない限り、取り乱すことはない。
「……どこだろう、ここ?」
オーレンがふと目を開けると、見覚えのない天井が視界に広がった。
「……?」
そのまま首を横に倒すと、自身が寝かされている空間についてもう少し情報量が増えた。
ぱっと見の第一印象は、小綺麗な部屋だろうか。全体的に白で統一された装いは、非常に清潔感がある。かといって物が少ないわけではなく、むしろ整頓されているだけで物は非常に多い。
「……葉っぱどころか幹まで白い植物なんて初めて見た」
近場に置かれていた観葉植物らしき代物に軽く手を伸ばしながら、オーレンは物珍しそうにつぶやいた。
「いやその前に!」
かと思えば、さっと手を引っ込めると勢いよく上半身を起こした。改めて周囲を見回す。
そして首を傾げた。
「いやほんとに……ここ、どこ?」
起き抜けでいまいちはっきりしない頭で、オーレンは頑張って記憶を掘り起こす。そうして思い浮かんできたのは、新人騎士たちの演習の最終日だった。
やっとの思いでライトニングボアを討伐したと思ったら、無慈悲にも第二陣が迫ってきた。だが、その危機を自身の覚えたての精霊魔法で薙ぎ払った記憶がある。その後、その魔法の余波で残り続けていた竜巻の中ドロップ品を確認しようと足を踏み入れたのだが。
……そういえば、その時不意に体が浮いたんだっけ。
意気揚々とウィンドウに表示されていたドロップ品を追いかけていた最中。突然の暴風に体が煽られ、耐え切れずにふらっと片足を横に出そうとした。それで体勢を立て直せるかと思いきや、あろうことか軸足のほうが滑り宙に放り投げられる感覚を味わったのだ。
その後ぐるぐると視界が回転したことは覚えているのだが、その途中から一切の記憶がない。気が付いたら、もうこの見たこともない部屋に寝かされていたという塩梅だ。
「……みんなはどこに行ったんだろ? この『ワールドが違います』とかいう表示も意味わかんないし」
オーレンはちらりと視界の端にあるパーティーメンバーのHPが表示されるあたりを見る。そこには、リィンベルとシシリーのHPバーが表示されるはずのエリアに初めて見る文言が書かれていた。
「……も、もしかして僕……死んじゃった?」
ワールドが違うなどという表現にふとそう漏らした彼は、すぐに首を横に振った。
実はこの世界に来てたった一度だけ、オーレンは死んだことがあった。HPが底をつくと、体が動かなくなり目の前に死んだことを教えてくれるシステムウィンドウが表示される。そこで味方の回復を待つか教会へ戻るかの選択を迫られ、その時オーレンは教会へ戻ることを選択した。教会へ戻りたいと念じたところ、ふわりと体が浮かび上がる不思議な感覚を味わった後、転移魔法を受けたかのような要領で一気に風景が変わったことを覚えている。その記憶はあるが、仲間のHPバーのところに『ワールドが違います』という言葉が表示された覚えはない。
今回の場合、ここで目を覚ます前の記憶が曖昧なので何とも言えないが、その過去の記憶と照らし合わせた結果多分死んではいない……と思う。そもそも死んだとしたら、目覚めるのは教会の祭壇の上のはずだ。いやでも、意識がない状態で死に戻りしたとしたら、そのあと運ばれて……ということも十分考えられる。それではここは教会の一室、ないしは教会傍の宿屋の一室か。それじゃあ、ワールドが違いますという言葉はどう言う意味が――
「と、取り敢えずみんなの居場所をみようっ」
徐々に焦燥感にかられたオーレンは、慌てて目の前に写したウィンドウを操作する。確認するのはフレンドリスト。相互にフレンド登録していると、ここでフレンドの居場所をある程度知ることが出来る。加えて、チャットを飛ばすことも可能だ。
「うわっ、ここもだ!」
しかし残念なことに、リストに表示されたフレンドの居場所欄には、軒並み『ワールドが違います』と表示されていた。それでも構わずリィンベルの名前のところに触れ表示されたサブウィンドウから、音声チャットを試みる。
「……あ、あれ?」
しかし通話開始を押して右耳に手をあてがっても、普段聞こえてくる独特な呼び出し音が聞こえてこない。不審に思ってサブウィンドウを見直してみると、通話開始のボタンがやけにグレー表示なことに気が付いた。再度押してみても、うんともすんとも言わない。通話は使えそうになかった。
「だ、だったら文章でもいいや!」
通話ウィンドウを乱暴な手つきで払ったオーレンは、続いて文章によるコミュニケーションを図った。しかしこれも、『ワールドが違うため、送信することが出来ません』という無慈悲な警告ウィンドウが表示されるのみであった。
「なんだよワールドが違いますって! どこなんだよここ!」
思わずそう吐き捨てながら、オーレンはマップを表示することにした。これを見れば、少なくとも自身の居場所は把握することはできる。そう思ったのだが……。
「……な、なんだよこれ」
システムウィンドウから周囲のマップを呼び出した彼は、思わずそう漏らした。
マップには、文字通り何も表示されていなかったのだ。
ぽつんと、中央に自身を示す青色に向きを示す矢印アイコンのセットがあるだけで、それ以外の情報は一切ない。マップ全体が灰色に塗りつぶされている。本来なら、この部屋の間取りくらいは表示されるはずなのだが。それに周囲マップのすぐ下に同じく表示される現在地の欄にも、『?』が並ぶだけでどこなのかさっぱり分からない。
「え……これは、どういうこと……」
立て続けに予想外のことが起こってしまい、オーレンの思考はフリーズしてしまった。呆けたように小さく口を開けたっきり、その口が閉じてくれない。
これは一体どういうことだろう。チャットも繋がらなければ、マップ情報すら正常に機能していない。そもそもワールドが違うということは、自分はどこか別の世界に飛ばされてしまったのだろうか。
どうやって?
あの龍が放った竜巻から?
しかしあれは、説明では術者には何の影響もないはず。事実、竜巻の最中にいてもすぐには吹き飛ばされることはなかった。それじゃあ、別の要因が何かあるのか。
それは一体――
ぐるぐると思考がまとまらず渦を巻いていた、そんな時。
不意にこの部屋の向こうで、扉を開閉する音が鳴り響いた。




