表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非現実の現実で僕らは戦う  作者: 沖野 深津
第三章 界繋
73/110

序章

第三章 界繋かいつなぎのはじまりです。よろしくお願いします。

扉を開けた瞬間に漂ってきた少し埃っぽい匂いに、鼻がムズかゆくなる。

「あーこの匂い……久々だなぁ」

後ろ手に扉を閉めながら、ライオットは改めて辺りを見回した。


三階まで吹き抜けという大胆な構造をしている大きな空間。しかしあまり開放的な印象は覚えない。その理由は、壁一面、そしてそれだけで飽き足らず所狭しと置かれた棚……そこを埋め尽くしている書籍が、まるで来るものを押しつぶさんとするかのような存在感を示しているからだ。


ここは城内の一角にある大図書館。

国内外のあらゆる書籍の原本または写本が蔵書されており、その数は何十人もの一生を費やしても到底読破できないとされるほど。


「さってっと……」

ライオットは入り口付近に設置されている館内のレイアウトを確認する。その後お目当てのエリアに目星を付けると、おもむろに図書館内を進み始めた。

まるで雑木林のように連なる本棚の間を歩き続けてしばらく。彼がたどり着いたのは、歴史や伝承が記された書籍が並ぶエリアだった。


「……おん?」


この図書館は利用者が集まるエリアというのがある程度決まっている。ライオットが目当てとしていたこのエリアは、普段ほとんど人が集まらないところだった。だが、そんな場所に先客がいることに、彼は気が付いた。彼が気付くと同時に、先客も同様に顔を上げる。

先客は、ライオットのよく知る人物であった。


「まさかこんなところで会うとは思わなかったっすよ、エリス近衛騎士筆頭」

「それはこちらも同様だ、ライオット隊長」


先に空きスペースに置かれた椅子に腰かけて本を読んでいたのは、エリスであった。

普段着こんでいる鎧は今はなく、動きやすそうな私服に身を包んだエリス。彼女は少しの間ライオットを眺めると、その後小さく笑みを浮かべた。


「……久々に本の虫が疼いたのか、ライ兄?」

「……おいおい。本の虫が疼いたら、こんなところじゃなくて魔術書があるところに行ってるわ」

唐突に昔の呼び方で呼ばれたライオットは、大きく肩をすぼめた。その後投げやりにそう答えながら、近場に会った椅子を引きずってエリスの正面に陣取る。

「ふふふ、そうだったな」

エリスは嬉しそうに笑みを浮かべた。そこには普段の凛々しくもどこか常人離れした雰囲気をもった騎士の姿はなく、柔和で少しいたずら気な……昔の可愛い妹弟子のまま育った女性の姿があった。


「で? お前は何してたんだ?」

ちらりとエリスの手中にある本を眺めながら、ライオットが問いかける。すると彼女は何気なく近場の本棚へと視線を泳がせた。

「それは、きっとライ兄と同じだ。過去、人が突然行方不明になったという言い伝えがないか……場所によっては神隠しとも言われるらしいが、それを調べに来た」

「ライ兄も同じだろう?」とエリスが自信ありげに問い返してくる。確かに彼女の言う通り、ライオットも神隠しについて調べにわざわざ来たのだが。それを素直に認めるのもどこか癪に障るので、彼は「さぁてね」と言葉を濁す。


「突然この国の歴史に夜も眠れなくなるほど興味が湧いたって可能性も、あると思わないか?」

「そんな繊細な心根の持ち主だったか?」

「しっつれいな。俺ほど撃たれ弱い青年もいないでしょうに」

「……確かに、木の上に登らされたあと降りられなくなって恐怖で漏らし――」

「はいそこ人の過去の汚点を掘り返すのはやめい」

「ふふ、でもあの時のライ兄はちょっと可愛かったぞ?」

「嬉しくねーよ、漏らしたところを可愛いとか言われてもよ!」

「自分で暴露してるじゃないか」


ふふふとエリスが上品に笑う。その所作は流石姫の側近を務めているだけあって、どこか品がある。昔の元気のいい笑いとは少し毛色が違った。あんなお転婆娘がここまで上品に育つとはと、幼少を知るライオットはしみじみ思ってしまう。

昔の溌溂さも惜しい気もするが、これが今の彼女の魅力だろうとライオットは考えていた。


「まあ、俺のことはいいんだよ別に。……お前の言う通り、俺も神隠しについて調べに来たんだ。まさかあの日、あんなことになるとは思わなかったからな」

ライオットは大きくため息をつくと、そう口にしながら天を仰いだ。


彼が思い描いているあの日。それは新人騎士たちが初めて長期で遠征をおこなった一週間……その最終日のことである。

最終日のメニューは、遠征先の平原主の討伐。多少強個体に出くわした不運はあったが、一応例年通り討伐を果たすことはできた。だが、まさかその後間髪を入れず第二陣が迫りくるということは、ライオット自身も予想していなかった。

幸いなことに、今回は強力な魔法を使える旅人が同行していたおかげで事なきを得たのだが……。


「あれだけど派手な風の魔法だ。その影響を受けて竜巻が自然発生してもおかしくないとは思ったし、それに巻き込まれるかもしれねえと考えはしたけどもよ。まさか行方不明になるなんてなぁ……」

風魔法による竜巻を引き起こしたを行使した旅人の少年……オーレンは、自身が生み出したものならば影響を受けないと言った。

しかしその言葉を残した彼は、発生させた竜巻の元へ足を運んだきり……戻ってこなかった。


「あれだけ見晴らしのいい平原だ。仮に吹き飛ばされたとしても、見つかるとは思うんだが……。ほんと、見つからない訳が分からん。オーレンの仲間たちが、遠いのに毎日確認しに行ってるのが、監督者の一人として本当に申し訳なくていたたまれないわ……」

ライオットはやれやれと言った様子で両手を広げた。彼の言葉に、エリスも同意するように頷く。


「ああ。それは私もだ。……それに姫様もひどく気にしていてな。なんとかとどまっておられるように言いつけているのだが、いつ勝手に抜け出すか気が気じゃない」

「ははぁん。お前も大変だな。それでせこせこ情報を探してたわけだ」

ライオットの場合、罪悪感がありこうして調べものに足を運んでいるわけだが。エリスの場合、そこに姫様の暴走という危機感が上乗せされているというのだ。それは空き時間を使ってでも調べものを優先するであろう。



「んで? 何かお目当ての情報はありましたかね?」


ぼんやりとエリスの手元にある書籍を眺めながら、ライオットは問いかける。するとエリスは持っていた書籍のページを数枚戻すと、おもむろにライオットのほうへ差し出してきた。それを片眉をひそめながら受け取ると、黙って視線を下ろす。


手渡された書籍は、それなりに昔の物であるようだった。管理しやすいように外側こそ頑丈な厚紙で補修されているが、中身は今どき使わないような荒の目立つ紙を使用している。文の作り方も現代とは少し違っていそう。

要するに、非常に読みづらい。



「……『剣極めし者が誘われる天空の仙境』?」


辛うじてライオットの知識でも読めるものであったため、ゆっくりとだが開かれたページを流し見る。そうして分かったのは、このページは先ほど彼が漏らした事柄について説明しているということだった。ただその説明はかなり抽象的なもので、口伝や言い伝えをまとめたような印象がある。あまり信ぴょう性が高いとは思えなかった。


「旅人というのは、離れていても仲間の生死がわかると言っていた。仲間の話では、彼は此処ではないどこか遠くで生きているらしい。だが、本来どこにいても通じる念話が届かないと聞いた。それほど遠いか、或いはかなり特殊な場所に迷い込んだ可能性があると」

「……それを踏まえて、これなんじゃねえかと思ったわけか」

エリスが口にする情報を咀嚼したのち、ライオットは手元の書籍を軽く小突きながらそうつぶやいた。


「まあ確かに、上空に飛ばされたのは確かだろうけどなぁ。この仙境とやらに行けるかは分からねえが。そーもそも、あるかどうかも眉唾だし。……それにここ、仮にあったとしても、剣を極めし者とやらが招かれるところらしいぞ。魔法使いのオーレンが招かれる要素は、欠片もなくね?」

「…………それだけ文句を言うのなら、ライ兄も自分で探せばいい。ここまでこぎつけるのだって、苦労したんだぞ私は」


無遠慮に思ったことを口にしたライオット。するとエリスはむっと表情をこわばらせると、乱暴に彼に渡した書籍を奪い取りそっぽを向いてしまった。書籍を奪われたまま動きを止めたライオットは、少しの間呆けたようにエリスの横顔を眺める。やがて小さくため息を吐くと、彼はやれやれと軽く両手を広げた。


「……まぁ、そうだなぁ」


よっこらせとライオットは椅子から腰を上げて、近くの本棚へと目を向けた。

「剣士向けの仙境があるのなら。魔法使い向けの場所があってもおかしかないかもな」

そうさり気なくフォローを入れながら、彼は手近なところに陳列されていた本へと手を伸ばした。


オーレンが失踪した騎士団の新人演習の最終日。


あの日から、何の進展がないまま。



既に十日の歳月が経っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ