第四十話
「……おいおい。敵の数を減らしてくれって頼んだけどよ……まさか一掃するとは思わなかったなぁ」
ライオットが茫然とオーレンの背中を眺めながら、苦笑いを浮かべた。
「おっそろしいねぇ、旅人ってのは……。あんなことできるのがゴロゴロいんの、おたくらは?」
「え、えぇまあ……」
圧倒的なように見えるオーレンの魔法だが、これでも旅人の中では中堅どころである。それに彼が特別なわけではなく、レベル差に物を言わせてごり押ししただけだ。恐らくオーレンと同程度かそれ以上のレベルを有する魔法職ならば、同じように一掃することが出来るだろう。
オレが言いにくそうに肩をすぼめると、ライオットは「怖い怖い」とあきれた様子で両手を広げた。
「初めて見る精霊魔法でしたね」
ふと横からシシリーがぽつりとつぶやいた。オレもその言葉に小さく頷く。
基本的にオレたちのパーティで範囲攻撃を持っているのは、オーレンだけだ。下位の攻撃魔法ならミヤビも使えるようだが、オーレンの比ではない。オーレンが後衛の要であり、切り札となることも多い。そのためどのような攻撃が出来るのか、オーレンの魔法に関してはパーティ内で情報を共有していたのだが。
「……いつの間にあんなもの覚えてたんだろうな」
「この遠征中に覚えたんでしょうか?」
「うーん。それか、以前行った遺跡攻略の時に覚えていたのを言っていなかったか、かな。あれ以来雑魚相手しか戦ってないし、そんな大層な魔法使う機会なかったしな」
ふと思い返してみると。今回の大捕りもの以前にパーティレベルにあった戦闘をしたのは、オレとシシリーが上位職を得たあの遺跡までさかのぼる。それ以後は自分たちのレベル上げに勤しんでいた。オーレンの魔法が必要になる機会がなかったのは確かだ。
オレの思案気に呟いた言葉に、シシリーが頷く。
「そういえばそうですよね。あの時は、リンさん……リカさん? の件で頭がいっぱいでしたし」
「……まぁ、どっちでもいいけど。あそこでの出来事に関しては今でも半信半疑というか、信じられないけどな」
オレは自身の発育途上の体を見下ろす。
大平原な胸元は、首元に巻いたマフラー程度の障害で容易に視界から隠れてしまう。せっかくセルフで至高の感触を味わえるチャンスが……と思わなくもないが、絶対に口には出さない。
なんたって、紳士ですから。
「どう、リカさん! 一掃したよ一掃!」
そんなどうでもいいことを思い浮かべていると。オーレンが声を弾ませながら、意気揚々とオレたちの元へと戻ってきた。あれだけの大技を見せつければ、誰もオーレンのことをやる気なしでサボったと非難しないだろう。それほどまでに、彼の力は圧倒的の一言だ。本人も汚名返上が出来て満足もひとしおの様子。
「すごいじゃないか少年! こんな力隠してやがったのか」
戻ってきたオーレンをオレより先に歓迎したのは、ライオットであった。バンバンと背中を叩きつつライオットが褒めると、オーレンは身を縮めつつも嬉し気に口を開いた。
「そうなんですよ。だから今までサボってたわけじゃないんです!」
「そりゃそうだわなぁ。あんなの毎回使われてたら、新人共の訓練にならないからな。力抑えててもらわないと敵わない」
オーレンの主張に、ライオットがはははと笑う。その後「いやぁ、でも」と彼は背中に伸ばしていた手を、今度はオーレンの頭に持ってきた。
「今回は本当に助かった。まともに戦ってたら、恐らく無傷じゃ済まなかったはずだ。最悪何人かは死ぬんじゃないかと、正直腹をくくっていた。それが蓋を開けてみればこの状況だ。絶望から一転、新人共もいい土産話が出来たと思う。ありがとな、オーレン」
優し気に礼を述べながら、ライオットが軽くオーレンの頭を撫でる。それに照れてしまったのか、オーレンは何か口を開きかけたが、結局恥ずかし気に頬を掻いただけだった。
「……よし。それじゃあ俺は部隊指揮の方に戻るわ。急に魔物たちが来たから、結局まだ全体の状況が把握できていなくてな。確認出来たら、後は帰るだけだ。まあそれまで少し待っていてくれ」
そう言い残すと、ライオットはひらひらと手を振りながら隊長が集まっている場所へと去っていった。残されたオレたちはお互いを見回し、小さく笑みを浮かべる。
「それにしてもオーレン。いつの間にあんな魔法覚えたんだ?」
一息ついたところで、オレはかねてから持っていた疑問を口にした。すると彼は「実は……」と苦笑いを浮かべながら答える。
「覚えたの、ついさっきなんだよね。実は前の遺跡の攻略で、もうあとほんの少しでレベルアップ……ってところまでたまってたんだ。でもここら辺の敵でレベルアップはできないだろうなーって思ってたんだけど。ついさっき上がって、それでポンと」
「まじか……。よくもまああんな危ない状況でそれをチョイスしたな……」
本人曰く、説明文には範囲があって且つ周囲に影響の少ない風系統であるということだが。それにしたって初めての魔法をあんな土壇場で使う度胸に、オレは目を白黒させる。
「まあ、そんな感じなんだけどさ。ねえ、ドロップ確認しに行ってもいい?」
基本的に魔物は死ぬと黒い霧へと変化して、その場に亡骸すら残ることはない。だがこちらの世界の住人にはそう見えてしまっても、旅人の場合はそうではない。時々だが、魔物がいた場所に袋状のアイコンが残ることがある。これをオレたちはドロップ品と呼んでいて、触れれば何かしらのアイテムが得られるのだ。
しかしこのドロップのシステム……オレたち旅人は見えているものを触りに行っているわけだが、こちらの住人からは何もないところに手をかざしているように見えるのだという。謎の動きをした後一喜一憂する姿は、さぞ気味が悪かろう。
……一応この遠征に参加している騎士たちには、死んでも復活するというものと同じで旅人の特殊なところの一つだと説明はしてあるが。果たしてどのように納得されているかは未知数。
ヤバいやつらとか思われていないといいなぁ。
それはそれとして、事のあらましを説明した後。
オーレンが不意に先ほどまで魔物がいたであろう辺りを指さしてそう口にした。つられてオレも目を向けたが……。
「……あの中か?」
オーレンが指さした先には、未だに召喚した精霊が発生させた竜巻が複数個渦巻いていた。魔物から出た霧がいまだに残っているのか、黒く淀んだ色の竜巻が地面をえぐり土や草を巻き上げている。赴いたが最後、五体満足では戻ってこれそうもない程荒ぶりようだ。
少なくとも、オレは頼まれても行きたくない。
だが当のオーレンは自信ありげに両手を広げて問題ないと主張した。
「あのブレスで発生した竜巻は、術者には効かないらしいんだ。視界は悪いらしいけど」
「……まぁ、そこまで言うんだったら。ライオットさんには言伝ておくから、行ってきな」
「ありがとうリカさん! それじゃ行ってくる」
あれだけの数の魔物を殲滅したのだ。相当数のドロップ品が存在するだろう。中にはレアものがあるかもしれない。
礼を口にした後、オーレンはそそくさと竜巻の方へ向けて駆けて行った。その様子を見ていたシシリーが、ぽつりとつぶやく。
「……だ、大丈夫なのかな」
「……まぁ、本人が大丈夫って言ってるからダメージ自体はないんだろうけど。あれだけ土煙が巻き上がってたら、帰ってくるころには埃まみれだろうな……」
オレはこのあと戻ってくるであろうオーレンの姿を想像しながら、肩をすぼめた。しかしもう彼は声の届かないところまで行ってしまっている。呼び戻すことはできそうにない。仕方なくオレたちは、少し出発を待ってもらうべくライオットの元へと赴いた。
「……はぁ、戦利品の確認ねぇ。そりゃまぁどのみちすぐには出発できないから、全然してもらっても構わないんだがね」
何やら隊長たちと言葉を交わしていたライオットのものとへ行きオーレンのことを離すと、彼は呆れたように未だ残る竜巻の方に目を向けた。
「何もあんな中でやらなくてもよくない? いくら被害がないといっても、あれじゃさっぱり視界効かないでしょうよ」
「まぁ、本人もいつあれが消えるのか分からないという話なので。待たせるのは悪いって思ったんでしょうね」
「その心意気は嬉しいけどな」
オレの言葉にライオットは苦笑いを浮かべつつそう漏らす。
実際は思った以上に新人たちの疲弊が大きく少し休憩をはさむことになったので、そこまで急ぐ必要はなくなっていた。完全にオーレンの勇み足になっているのだから、彼の気遣いもなかなか両手を広げて受け取りにくい。
「しかし、休憩できるかどうかっていうのは……ちと不安もあるんだけどな」
「……不安、ですか?」
苦笑を浮かべていたライオットは、しかしそうつぶやくときには少し表情を硬くした。オレがオウム返しで聞き返すと、彼は小さく頷きつつ周囲を見回す。
「ああ。実はこの平原、稀にだが自然に竜巻が発生することがあるんだ。特に風の強い日とかに起きるんだが……あの作り上げたやつが影響して発生しないかどうかが、ちょいと分からないもんでね」
「それは……」
そう言われると、オレも不安が募ってくる。恐らく自然発生したものだと、普通にダメージが通ってしまうはずだ。しかしあんな似たようなものがたくさんある空間だと、どれが対象の物なのか分からないだろう。
「あの……もし竜巻に巻き込まれたら、どうなるんですか?」
おずおずとシシリーがライオットへと問いかける。それに対し彼は「そうだなぁ……」とあごに手を当てなら、思案気に視点を泳がせた。
「まあ、ここには飛んでくるような大きなものなんてないからそういう点じゃ大丈夫なんだろうが。ただ高く巻き上げられたりしたら、高度によっちゃ墜落で相当痛手を負うだろうな」
「……死にませんよね?」
「……よっぽどの高さまで飛び上がらない限りは、大丈夫じゃないかな? 後衛とは言え腐ってもレベル五十代のステータスだし。スタンはするかもしれないけどな」
不安げな表情を浮かべるシシリーに向けて、オレは小さく唸った後そう自身の考えを述べた。でも、確信はないが死ぬことはないだろうという思いはあった。HPが相当削れているのなら話は別だったが、幸い彼は全くHPの減りはないはずだ。なにせここらの魔物で受けるダメージは微々たるものだろうし、加えて彼は後衛だからそもそも被弾する機会もなかったはず。
なんなら、実際にHPを見ればいっか。
オレはちらりと視界の端にある自身のHPバーのすぐ下に意識を向けた。そこには現在パーティを組んでいるメンバーのHPが表示されるようになっている。オレのHPバーのすぐ下にあるのは、まずシシリーのそれだ。彼女のHPは、満タンではないにしろ八割は健在であることがわかる。
一方その下にあるオーレンのHPバーはというと。
やっぱり、満タンだ。そりゃそうだわな。
オーレンのHPバーは灰色の部分が一切なく、煌々と緑色の光を発していた。こう言っては何だが、今までまともに戦っていないのだから当然ともいえる。
「取り敢えず、オーレンのHPに気を遣っておこうか。もし本当に自然発生の竜巻に巻き込まれたら減るはずだから」
オレはシシリーに向けてそう言いつつ、仲間のHPバーが表示されているであろう部分を指さす。すると彼女は頷いて、ちらちらと視界の端を気にし始めた。
「……なんだい? 君ら旅人は、お仲間の状態も確認できるん?」
オレたちの会話に興味を覚えたのか。ライオットがオレの指さした辺りに視線を向けつつ、そう口にした。オレはオーレンのHPバーから目を離し、ちらりとライオットを見上げる。
「はい、そうなんです。こう、体力が数値化されて見えてるんですよ、私たちは。味方も、魔物も」
そう答えると、ライオットは感心半分呆れ半分といった表情を浮かべた。
「……ほんと、旅人っていうのは俺たちとは違う存在だねぇ。噂じゃここ数年で突然現れたっていうし、一体君らはどこからやってきたんだ?」
「うーん……。『異世界』から……かな?」
「……まぁた胡散臭い単語が出てきたもんだ。でも、そう言われても不思議じゃないところが、ほんとあんたらは底知れないね」
「あはは……」
正直旅人って何とか、どうしてこの世界に来たんだ等と言った質問をされても、オレは答えられない。恐らく、今旅人として活躍している者すべてが、そんな感じだろう。皆気が付いたらこの世界にいて旅人になっていたのだから。
まあもう最近は、理由はどうあれ旅そのものを楽しんでいる感じもあるけどな。
いずれはこの世界から戻らなければならないかもしれないし、そうでないかもしれない。けれど今は取り敢えず、誰もがこの非現実を現実のものとして生きている。この生活が終わるのが考えられないくらいには――
「あっ!?」
そんな詮無い思考を巡らせていると。不意にシシリーが鋭い声を上げた。
「どうした?」
内心驚きつつ、オレはシシリーの方を振り向いた。彼女は少しの間困惑気に一点を凝視していたが、やがてゆっくりとこちらを振り返った。
そして口を開く。
「お、オーレンが……」
その言葉に、オレは反射的に彼のHPバーを確認する。まさか本当に竜巻に巻き込まれ、ダメージを負ったのか。そうだとしたら、どれほど体力が削られているのか。
それを確認しようと目を向けたのだが……。
「……な、なんだこれ」
オレは片眉をひそめ、困惑気にそう漏らした。
オーレンの状態を確認しようと仲間のHPバーが表示される領域に目を向けたオレが見たものは。
オーレンのHPバーの表示が一切なくなり、元々バーがあった領域に『ワールドが違います』という、この二年間で一度も見たことのないテキストが張り付いている光景であった。
これにて第二章は終わりです。
第三章は少々お待ちください。




